隊長
多くの衛兵が片手ひとりに足止めされていた。
下手に動くと狙われることが分かった衛兵たちは、身動きも取れず、後ずさりするように少しずつ片手からの距離を取るしかなかった。
片手は衛兵たちの動きを読み、先回りしながらじりじりと間合いを詰めていく。やがて刃の欠けた剣を一閃。その一撃で確実に衛兵のひとりを仕留める。
勝利か死か、いずれかしか片手の頭には無かった。
さほど離れていないところから怒りの叫びが、そのすぐ後に怯えたような泣き声が聞こえてきた。
一瞬、そちらを確認する。
元剣士たちの一隊が腑抜けた動きで逃げ出そうとしていた。
喝を入れようとした片手は、声を飲み込んだ。
他の衛兵たちとは明らかに違う派手な衣装をまとった衛兵が、背中を見せて逃げていく元剣士たちに見向きもせず、こちらに向かってくるのが見えた。
片手は姿勢を立て直し、悠然と近づいてくるその派手な衛兵を待った。
片手の圧力から逃れた衛兵たちが歓声を上げた。
「隊長!」
派手な衣装を着けていたのは衛兵隊長だった。
「これは驚いた。生きていたんですね」
衛兵隊長は片手に向かって気軽に声をかけた。
「貴様は……」
片手は吐き気を伴う猛烈な頭痛に襲われていた。
目の前の男、隊長と呼ばれる男、確かに見たことがある。しかし、隊長という言葉とこの男が結びつかない。隊長という言葉にはもっと特別な意味がある。
「そんな剣でも衛兵たちを仕留める。さすがですよ、隊長」
隊長が片手に言った。
「隊長?」
「今は私ですが、前はあなたですよ。もしかして覚えていらっしゃらない?」
片手は返事をしなかった。
何も覚えていなかった。
いや、少しずつ思い出している。
闘技場で苦しい闘いを繰り広げた。相手のギリギリの攻撃をかわした時、わずかに指に傷がついた。そこから滴る血で手が滑った。剣を持ち替えようとして隙が生まれた。下から上に向かって薙ぎ払うように繰り出された剣を避けるために姿勢を崩した。倒れる身体をかばうために伸ばした腕を狙われた。
「貴様ァッ」
「思い出しましたか?」
片手の返事は目にもとまらぬ速さの鋭い突きだった。
確かに貫いた、と思ったのは、衣装の肩から下げられた赤いマントだった。
下から剣が飛んできた。
辛うじて避けた。
向きを変えた剣が足を狙ってきた。
足を守るために剣をぶつけていく。
激しい音を立てる剣と剣。
しかし、持ち上げた片手の剣はもろくも折れた。
次の一撃は首筋を狙って横から飛んできた。
短く折れた剣でなんとか受け流す。
火花が散った。
周囲の連中が縮み上がるほどの咆哮とともに渾身の力を込め折れた剣を突き出す。
「届きませんよ」
間合いの先で隊長が笑った。
すぐに胸を突くようにまっすぐ剣が伸びてくる。
また、折れた剣を当ててかわす。
脇腹を狙われた。
それも、折れた剣でかわした。
「さすが」
そう言いながらも隊長は余裕の表情だった。
「剣、誰かのをお貸ししましょうか?」
「要らん。貴様にはこの折れた剣で充分だ」
片手は一気に間合いを詰めた。折れた剣でも充分に届く距離で、脇を狙って剣を振り回した。
地面に剣とそれを握りしめた手が落ち、鈍い音を立てた。
片手は両膝を地面についた。手首から先が無くなった手から血が噴き出していた。
「殺せ」
片手は隊長を睨みつけていた。
「名誉ある死をお望みですか? あなたには似合いませんよ」
隊長は剣を振り、血を払った。
振り向く隊長の背中を見ていた。
片手ははっきりと思い出していた。
闘技場での時も、名誉ある死は与えられなかった。
あの時と同じことの繰り返しだ。
天を見上げた片手に、先ほどまで遠巻きで見ていた衛兵たちが一斉に襲いかかった。
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