誰か

 山羊女は表情を変えなかった。

「どういうこと?」

 けれど、口調に疑いが、わずかににじみ出ていた。

「ボクには分かったんだ。考えたんだ。思い出したんじゃない。何もかも。考えた。考えて、分かった」

 自分が何を言おうとしているのか、少年自身も分かっていなかった。

「世界は滅亡したんじゃない。地上の世界は、必ずある。理由が見つかったんだ。おじさんは世界が滅亡したのは人口の爆発だって、食料の不足だって言った。でも、それなら、なんで地下のこの世界に食料が充分に供給され続けてるっていうの。ここで食料が足りなくなることが無いんだったら、おじさんの言う地上の世界だってなんとか食糧不足になんてならなかったんじゃないの。それにさあ、そもそも食料の供給がこの世界だけで閉じてるってこと、考えるとおかしいよ。この、地下の世界の生態系は閉じちゃいない。どこかが補ってるんだ。それが地上だって……」

「ちょっと待って。なに言ってるの?」

 山羊女がさえぎった。

「あなたは何を知っていて何を知らないの? 分かる?」

 山羊女が落ち着いた声で聞いた。

「ボクは、ボクは……」

 少年は動揺していた。

「文字は読めるのよね。図書館で本を読んでるのは分かった。でも、何をどこまで読んでるの? それと、文字を読むのは思い出したんじゃないの? どういうこと?」

 問い詰めようという口調ではなかった。山羊女はどこかからまた自問しているようだった。

「おじさんって……、誰?」

「おじさんは……」

 そんなことは考えてみたこともなかった。

 おじさんは誰なんだろう。

「いいわ。そう、前は沢山いたのよね、読めるヒト。ここ最近は見かけなくなったけど、まだいたのよね、きっと」

 口ごもる少年に山羊女はそれ以上は聞かなかった。

「私の知ってる話をしておくわね。ああ、その前に。コーヒー、まだ飲む?」

「お願いします」

「遠慮しないで」

 山羊女は少しだけ笑いながらポットを持ち上げ、少年のカップに熱いコーヒーを注いだ。

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