分裂
学校の一室にガキどもに支えられた太めと、それに向かうように立つ炎、炎の背後の片手が集まっていた。
焦点の合わない目をひっくり返しながら、ガキどもの手で太めはようやく立っていた。
「ひどいね」
炎がせせら笑った。
太めは返事の代わりに強烈な匂いのゲップをぶちかました。
炎は思わず顔をしかめ、そむけた。
「用はなんだ」
太めの目は血走っていた。
「酔ってんの?」
炎が聞いた。
「悪いか?」
「いや、別に。でも、もう頼めないよ、なんにも」
炎はあざ笑うかのような、蔑むような、そんな調子で言った。
「うっせ」
太めは気にしていなかった。
ガキが持っていたコップを奪うように受け取るとその中身を流し込む。喉が、大きく音を立てた。
「袋の中身、全然ダメだったよ。あれじゃ蒸留しても意味ないから。しょうがないから儀式で配っちゃったけど」
「知らねえよ。おまえが運んで来いって言ったんだろうが」
「中身がちゃんと発酵してるかどうか確認してからねって言ったよね」
「んなもん、どれでも一緒だろうが」
「全然違うよ。分かってない。滑車の時もそうだったよね。重要なとこちゃんと理解してないうえに言われたとおりにもできないんだよ。剣の時もそう。それじゃ頼めない」
炎はうんざりとでもいった感じで肩をすくめた。
「ちゃんと作るのがダメでもさあ、儀式の時の音楽ぐらいはきちんとやろうよ。この前の儀式の時のあれ、なに?」
「なんだと、あれのどこが悪いんだ」
太めの口から唾が飛んだ。こめかみには太い血管が浮かんでいた。
炎の背後の片手がゆっくりと腰の剣に手をかけた。
炎がその動きを制した。
「今度はちゃんとやってね」
「うるせえ。もうオレはやらねえ。オマエのためになんとかってのはもう沢山だ。オレんとこのガキどもも、もうこれからはオマエの儀式なんか手伝わねえ」
太めは横を向き、床に唾を吐いた。
「そういうことなら、もういいよ」
炎はやれやれといった具合に手を広げた。
「役立たずのキサマらなどいなくても問題はない」
片手が低い声で言った。
「なんだと、こら」
太めが動き出そうとするのをガキどもが両側から抱きかかえるようにして止めた。無言で、必死で、止めていた。
「オマエら、あいつが帰ってくるまで文字教えんの、どうすんだよ」
太めが言った。
「ボクだって待ってる。でも、もう戻ってこないかもしれない。今までこんなに長いこといなくなったことある? ないよね。もう戻ってこないんだったら、ボクらが代わりに堀を埋めて地上を目指さないでどうすんの」
炎は真剣だった。
「あいつを待てよ。帰ってくる。オレたちにはあいつが必要なんだ」
太めの目は泳いでいなかった。太めも真剣だった。
「ボクらは充分に待ったよ。待った。ボクらが代わりに行動すべき時なんだ」
「オマエにそんなことが分かんのかよ」
「じゃ、聞くけど、あんたには分かるの?」
炎は怒りを含んだ目で太めを見据えた。
「オレには分からない。でも、あいつのことは信頼してる」
太めは頭を押さえた。
「茶色が消えた時、オレは、鋭い目も、あいつを信用できなかった。それは間違ってたんだ。今なら分かる。茶色はあいつを信用してた。オレも鋭い目も、あいつを信じるべきだったんだ」
太めはもう濁った目をしていなかった。その代わりに、表情は苦痛に歪んでいた。頭の中が内側から膨らんでくるような、そんな痛みになんとか耐えていた。
「また昔の話かよ」
炎は冷たく言い放った。
「なんだよ、思い出した? なんだっけ、ボクの知らないヒト」
「茶色だ。茶色のことは名前で呼べ」
「でも、忘れたんでしょ?」
「忘れたんじゃない。思い出せないんだ」
「なんだよ、それ」
炎はせせら笑った。
「もういいよ。とにかく、もうなにもしなくていいよ。頼んでもちゃんとできないからね」
「うるさい」
太めは淀んだ目で言った。
「言ってなよ」
炎は相手にしなかった。
片手が炎を押しのけ、太めの前に立ち、ゆっくりと剣を持ち上げた。
太めを支えるガキどもは緊張していた。怯えながらも、太めを守るように身体を抱きかかえた。
「貴様程度に本気は出さない」
片手はそう言いながら剣を太めの前に突き出した。
「貴様の作ったこの程度の剣でもいざなれば少しは役には立つ」
太めは忌々しげに片手を見つめた。太めを抱えるガキどもは目を閉じ、無言で、必死で、太めにしがみついていた。
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