眠り
少年は眠気を感じていた。足元がふらつく。繰り返す微かな音のせいなのか、それとも赤い光か。見たこともない光景、考えたこともない事実。限界まで緊張しているはずだった。確かに身体はこわばっている。それなのに、眠気がどんどん強くなっていく。
「大丈夫?」
山羊女は少年の変化に明らかに気づいていた。
少年の目が揺れた。山羊女の姿が赤い光の中で何重にもぶれて見える。
「なんで……」
少年は眠気に負けぬよう気力を振り絞っていた。
「なんで?」
山羊女が聞き返した。
目の前の光景が歪み始めていた。視線が彷徨い、音が、細かい音が、遠くで聞こえる些細な音まではっきりと聞こえてくる。その中に何か混ざっている。声だった。何の声なのか。誰の声なのか。分からない。本当に声なのか、それも分からない。
「大丈夫?」
山羊女が少年に顔を近づけてきた。その表情も溶けるように歪んでいく。
「眠いの? それなら眠るといいわ」
山羊女の声だけが聞こえた。声が頭の中に直接響いてくる。猛烈に眠かった。もう立っていられないほどの眠さだった。
いつの間にか、横になっていた。
頭の上に何かが覆いかぶさっていた。足元も身体の横も覆われている。狭い筒のような、そんな中にいる。青白い光を感じる。熱は感じなかった。むしろ心地よさだけがあった。
「ここならゆっくり眠れるわ」
姿の見えない山羊女の声がどこかから聞こえた。
匂いを、山羊女の匂いを感じた。近くにいるはずだった。触れようとした。手が持ち上がらなかった。カダラが動かない。
さっきまで聞こえていたほとんどの音が消えていく。細かくチリチリと繰り返す小さな音だけが身体を覆う狭い空間を満たしている。
目を閉じるとまぶたの裏が赤く光った。
「おやすみなさい」
山羊女の声が聞こえた。
間もなく闇が押し寄せてきた。
少年は深い眠りに落ちた。
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