ガキども

 学校の中を所狭しと走り回るガキどもを、少年は呆然と見ていた。

 茶色が引き連れてきた見知らぬガキども。大声を上げ手を振り回しながら意味もなく走り回るだけの連中。些細なことですぐにケンカを始め、わけの分からないことを言い出しまともに話も通じない。群れを作らなければ生きていけない弱い生き物のくせに態度だけはでかい。そして怖いもの知らず。

 茶色がそんな連中に慕われていることにも我慢がならなかった。

「どうして……」

 茶色に詰め寄った。

「慣れるよ」

 茶色は少年の当惑をこれっぽっちも相手にしなかった。

「でも」

 どうしても連中には我慢できなかった。

「なあ、こいつらでも文字が読めるようになると思うか」

 茶色が気軽だ。

「そんなに簡単にはいかないんじゃないかな」

 憮然とした表情で言う。

「オレも全然読めなかった」

「それは……、そうだけど」

 違う。茶色はぜんぜん違う。この世界の誰とも違う。

「どうだ、こいつらに文字、教えてみないか」

 そのつもりでガキどもを連れてきたことは分かっている。それでも少年は返事をしなかった。茶色と目を合わせようともしなかった。目を合わせたら説得されてしまう。茶色に正面から頼まれると断れない。そんな自分が嫌だった。

「何がしたいの?」

 逆に聞いてみた。目を合わさずに。

「オレは、この世界を知りたい。こいつらも、そう思うかも知れない」

 茶色には迷いがない。

 少年は声を失っていた。

 茶色が本を読みたいと思う理由は、おじさんが本を読み続ける理由と同じだ。そんなことがあるのか。

 その意志を確かめようと目を見てしまった。

 強い思いが込められている。もう、逆らえない。

「わかったよ。教える。でも、どうやって」

「待ってろ」

 茶色は少年を待たずに窓から飛び降りた。

「こっちだ」

 外から声が聞こえてくる。

 ガキどもが呼びかけに応じて学校のあちこちの窓から身を乗り出す。

 茶色は学校の横の開けた場所に立ち、大騒ぎするガキどもと少年を見上げていた。

「見てろ」

 片足を地面の上で引きずりながら歩き出す。

 何をやっているか分からないガキどもは騒ぎを止めない。

 少年には茶色が何をしようとしているのか分かった。少年がたったひとりで茶色に対してやったことを、茶色は一度に全員のガキどもに対してやろうとしている。

 地面の上に足を引きずった跡が少しずつ残っていく。

 少年は茶色のいる場所をめざして部屋を出る。廊下を走り、階段を駆け下りる。

 駆けつけた少年に気がつくと、茶色は笑いながらこぶしを突き上げた。闘う男たちに声援を送る時にやる仕草だ。

 茶色がつけている地面の跡を確認した。一旦離れたところまで駆けていく。そこから、少しずつ近づきながら、同じように足で地面に跡をつけていく。

 二人が背中をぶつけあったところで、茶色はようやく動きを止めた。両手を広げ、学校の窓を見上げる。ガキどもが一斉に手を振った。

「なあ、奴らにこうやって教えるのはどうだ」

 茶色がすぐ隣の少年に言った。

「いいけど、大変だね」

 少年は肩で息をしていた。地面に文字を書くという思いつきに付き合うのは予想以上に大変だった。

「そうだな。もっとうまい方法を探そう」

 茶色が笑った。

「そのほうがいいね」

 身体を前かがみにして両膝を押さえた少年は、大きく息を吐き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る