世界の鍵
扉の隙間から本の匂いがした。その向こうに、本棚が見えた。
「図書館だ」
おじさんが言った。
一歩足を踏み入れた少年は思わず息を呑んだ。
本、本、本。見渡す限りの空間に本棚が並んでいる。本棚があるのではなく、本棚の間に通路がある。本棚によって縦に細長く切り取られた空間の底を、どこまでもまっすぐ通路が続いている。本棚の大きさと比べて自分が小さく思える。最上段を見上げるためには後ろに倒れるぐらい身体を反らさないと無理だ。何段あるのかも分からない。遥か上方の棚にはどんな本が入っているのだろうか。棚に本が入っているのかいないのか、それすら見えない。上から下までびっしりと詰め込まれた本がどれぐらいの数なのか、想像することもできない。
本の数に頭が痺れてきた。
ゆっくりと、恐る恐る、棚と棚の間の細い通路を歩く。
棚を越えるとまた通路が現れる。次も。その次も。どこまで行っても本棚が続いている。
頭が痺れてくるように思えるのは本の数だけではなく静けさもだった。フードをかぶっていないのに、ここではまったく音がしない。床は、赤い床には、柔らかい布が張ってある。ふかふかとした布に物音は吸収されている。歩いても、音はしない。
少年は棚の本に手を伸ばそうとして止めた。部屋の本棚に入っている本と同じものなのだろうか。触れるのが少しだけ恐ろしかった。
急に不安になって振り返る。
細い通路に立つおじさんが、すぐそこにいるはずなのに、とても小さく、遠く見える。
「これが世界だ」
おじさんは少年を見ていなかった。おじさんは目を細め、本棚を見上げていた。
少年は胸を大きく弾ませていた。
おじさんの言っていることはここでもよくわからない。
「この本の中に世界がある」
おじさんは少年に向かい、両側に聳え立つ本棚に向けて大きく手を広げた。
「世界を解く鍵は文字だ」
少年はまた汗をかいていた。
「世界は全てここにある」
床の赤い布がおじさんの声を吸い込む。声は、近くなのに小さくしか聞こえない。
「世界だ」
これが、世界。
本棚に並んだ本ではなく、そこに書かれた文字の量がどれほど膨大なものなのか、どれだけのことがそこに書かれているのか。
「世界を読む鍵が、文字だ」
少年は震えた。
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