柔らかい床

 扉の向こうの暗闇におじさんはためらいもなく滑り込む。少年も後に続く。

 明かりが灯った。

 目の前の空間の広大さに少年は思わず息を飲んだ。

 高い天井から降り注ぐまばゆい光、複雑な形をした濃い茶色の壁のところどころに丸い穴。同じような壁は見たことが無い。不思議なのは床だ。艶やかに輝く明るい茶色の床は、居住区でよく見かける灰色の床とまったく別物だ。細かい細い線がまっすぐに無数に走り、どこも滑らかで美しく。

 この場所は美しい。こんなに美しい場所は見たことが無い。

高い天井から降り注ぐ光は、居住区でよくみかける青白い光ではなく、柔らかく黄色みを帯びている。先を歩くおじさんのマントは、この空間の中では違和感が無かった。むしろ馴染んで見える。

 一歩踏み出した少年は床の感触にさらに驚いていた。

 弾力がある。踏み込むたびに、体がゆるやかに跳ね返される。膝が心地よい。歩くことが、床を踏むことが、それだけで充分に楽しい。

 床の感触を確かめながら歩き続けているうちに、広い空間の真ん中にたどりついていた。立ち止まり天井を見上げる。幾つもの輝く照明が並んでいた。目を閉じると降り注ぐ柔らかい光に包まれるような気がする。

 おじさんからの声で少年は我に返った。

 ここにずっといられるわけではない。

 おじさんが別の扉の前で手招きしていた。

 黒い、床とも壁とも違う深い光沢を持つ扉は、明るい色の枠で囲まれていた。複雑な曲線で飾られた光り輝く取っ手を、おじさんはゆっくりと押した。

 次はあの扉を抜けていくのか。

 少年は名残惜しげに床の感触を味わいながら弾むように駆け出した。

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