エピローグ

 電話を切ると、大きく息を吐いた。

 年度末の新宿・歌舞伎町は、ものすごい人ゴミだ。

 人をかき分けながら、ナカキヨに電話をかけた。

「もしもーし」

 二回目のコールでナカキヨが出た。

「今、時間、大丈夫?」

「大丈夫だよ」

「まぁ、オレから電話がかかってきたということは……」

「良い話じゃないよね、そりゃ」

 ナカキヨは、ほとんど諦めたような声を出した。

 最近はメールでやり取りすることが多いので、電話をする事はほとんどない。

 オレたちの電話が鳴るときは、メールでは伝えきれないバッドニュースがほとんどだ。

「フリッカーズ、解散するってよ」

「やっぱり……」

 年明けぐらいから、解散という選択肢もあるだろうなと覚悟はしていた。

 人が少ない裏道のガードレールに腰かけた。夕方に降った雨のせいで、お尻が少し濡れた。さっきまで、三人と電話で話していた内容をかいつまんで伝えた。

「……ったく、しょうがないわね、あの子たちは」 

 話を聞き終えたナカキヨは呆れた声で言った。この十年、このセリフを何十回聞いたかわからない。

 フリッカーズは、何十回の危機を超え、何十回も奇跡を起こしてきた。

 危機と同じ回数の『あいつら、しょうがねぇな』と、奇跡と同じ回数の『あいつら、すげーな』を周りに呟かせてきた。

「ところで、ヨロズは何してるの?」

「あぁ、うちの宿六(やどろく)は、インフルエンザで倒れてるよ。もうすぐ四月だってのに」

「ははは、ヨロズらしいね。あいつには、治るまで教えなくていいよ」

「全員で深刻になっても仕方ないしね。それじゃあ、なんか進展があったら教えてね」

 そういうと、ナカキヨは電話を切った。時計を見るともうすぐ終電だった。

 急いで駅まで駆けて行き、改札を駆け抜けて、電車に駆け込む。

 ギリギリ間に合って、ドアが閉まる。満員電車の中で呼吸を整えた。隣のおっさんから白い目で見られている。けど、どうでも良かった。

 この電車の中でフリッカーズの解散を知っているのは、きっとオレだけ。でも、それは他のほとんどの人にとって、どうでも良いことなんだろう。

 この白い目のおっさんが、フリッカーズの解散を知ったとしても、おっさんの人生は何も変わらない。逆にオレがおっさんの不幸を知っても、オレはおっさんほどは悲しまない。

 おっさんとオレは別人で、よくよく考えたら、フリッカーズの三人とオレも別人だ。

 結局、どれだけ頑張ったところで、悲しみや苦しみを本当の意味で共有することなんか出来やしない。

 電車は律儀に、各駅で止まっていく。できることならどこにも止まらずに、どこか知らない所へ連れていってほしかった。

 もう少しだけ長く、夢を見ていたかった気もする。

 もう少しだけ早く、夢から覚めた方が良かったのかもしれない。

 正解は誰にも分からないけど、とにかく三人はここまでよく頑張ったと思う。

 

 フリッカーズの解散が公表された。

 オレは風呂場でぎっくり腰になり、救急車で病院へ搬送された。

 MRIの画像を見ながら、医者が言った。

「椎間板ヘルニアによる座骨神経痛だね、こりゃ」

「原因は、何ですかね?」

 不安定な腰で、不安定な丸い椅子に座って、大量の脂汗をかきながら聞いた。

「直接の原因はぎっくり腰だろうけど、ここまでひどくなるってことは、かなり前から悪くなっていたんだろね」

「……誰かの呪いですかね?」

「呪いで椎間板ヘルニアにはならないよ。心当たりがあるの?」

「いや、ないです。ってか、すみません。ちょっと横になっていいですか?」

「あぁ、ごめんごめん、そこに横になっていいよ」

 痛みに耐えられなくなり、隣にあったベッドに横になった。口の中が乾ききって、鉄みたいな味がする。

「これ、どのぐらいで治りますか?」

 病院の天井を睨みながら、オレは聞いた。

「ここまでひどいと、そんなに簡単には治らないよ。まずは、痛み止めと炎症止めで数日様子をみて、ダメなら仙骨ブロック注射をして、それでもダメなら神経根ブロック注射だな。それでも治らなかったら手術もあるけど、九割以上は手術をしなくても治るよ。時間はかかるけど。もしあれだったら……」

 あまりの痛みで、先生の言葉は途中から耳に入ってこなかった。こりゃ、きっとフリッカーズの呪いだな。

「ったく、あいつらは……」

「ん? なんか言った?」

 パソコンにキーボードで何かを入力しながら、薬の説明をしていた先生が振り返った。

「いや、なんでもないです」

 ベッドの上で、力なく笑った。不気味に笑うオレを見て、先生は不思議そうな顔をしながら薬の説明を続けた。

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