第9話 LAICA

 フリッカーズは何とか元サヤに収まって順調にライブを続けていたが、オレのレコーディングの忙しさは加速していった。

 電話が鳴った。安島からだ。

「近藤さんですか? ジャムのイベントで一緒だったコークヘッズ、マジで半端なかったですよ! すげぇ、カッコよかったです!」

 アルバム十二曲のアレンジを固めていくのには、膨大な時間がかかっていた。毎日深夜まで続いていたプリプロ作業は、深夜を超えて明け方まで突入するようになってきた。

 電話が鳴った。ヨロズからだ。

「セイジくん、フリッカーズの新曲の『LAICA』聴いた? マジで半端ないよ。早く録音しようよ」

 明け方までプリプロ作業をするようになったら、バイトに遅刻するようになった。遅刻しないように、バイト先に寝袋を持ち込んで寝るようになった。

 電話が鳴った。祥太郎からだ。

「近藤さん。俺も曲を書いたんですよ。『No.9』っていいます! レコーディングしませんか?」

 正月に二日間だけ実家に帰った。

 電話が鳴った。美希子さんからだ。

「近藤さん。わたし、決めました。会社、辞めます!」

 実家から帰ってきたら、風邪を引いた。と思ったら、インフルエンザだった。オレのアパートは隔離された。部屋で一人、朦朧となりながらプリプロの音源をミックスしていた。

 電話が鳴った。本吉からだ。

「近藤さん。ヨロズさんから、『苗字と名前の間に顔文字入れたらどう?』って言われたんで、今後は『本吉・(^^)・弘樹』(もとよし・ニコ・ひろき)にします。今日から、ニコって呼んでください」

 プリプロが完成して、インフルエンザも治ってきた。久しぶりに外に出て、コンビニへ向かった。途中、不意にくしゃみをしたら、ぎっくり腰になった。明日から本番のレコーディングなのに。

 電話が鳴った。ナカキヨからだ。

「あ、ごめん。間違えた」

 長きに渡ったレコーディングが終わり、三か月ぶりにスタジオに行くとロビーでみんなが盛り上がっていた。

「CD聴いた?」

「聴いたよ! ホントにいいよね」

「特に『最終回』が良いよね」

「どうしたの?」

 オレが聞くと、安島が振り返った。

「この前、対バンした『スパイパス』ってバンドが本当にカッコ良くて、みんなで物販のCDを買い占めたんですよ」

「へぇ、そうなんだ」

「ところで、LAICA、聴いてもらえますか?」

 もちろん、そのつもりできているので、何も言わずに頷いた。

「よし。みんな、スタジオ入ろうぜ!」

 安島がいうと、みんなは楽器を持ってスタジオに入っていった。バンドの雰囲気は、以前と同じに戻ってるようだった。まぁ、とにかくよかった。

「オッケー、やろう」

 安島がそういうと、本吉がフロアタムを使ったテンポの早いエイトビートを叩き始めた。祥太郎の歪んだベースがダウンピッキングで入ってくる。安島がナイフで金属をこするような音でギターを叩いて、そこへ迷いのない音で美希子さんのギターが重なった。

 こりゃ、たしかに良い曲だ。そして、明らかに演奏も上手くなっていた。

 曲のタイプとしては、Supernovaと同じ系列。勢いのあるマイナー調の曲である。

 祥太郎はギリギリのピッチで叫んだ。

  スプートニック スピード上げて

  その中にひとりぼっち

  宇宙船は加速して その犬は死んだ

  死んでしまったよ

 歌詞の内容は、ロシアの宇宙船・スプートニク号に乗せられたライカ犬のことを歌っていた。

 サビに入ると、フロント三人で合唱した。

  ライ ライ ライ ライ ライカ

  ライ ライ ライ ライ ライカ

 なんでこの歌詞でカッコよくなるかなぁ。フリッカーズには、なぜだかわからないことが多い。普通の音楽理論や理屈では割り切れないけれど、結果としては良くなっていることがいっぱいあった。

 出会ってから一年経つが、確実に成長している。バンドとして、必死で次のステージへ這い上がろうとしている。

「いやぁ、すごいよ。カッコいいよ。ヨロズが騒いでいたワケもわかったよ」

 曲が終わったら、思わず拍手をしてしまった。

「今度ね、本吉の通っている専門学校でレコーディングスタジオを使わせてもらえることになったんですよ」

 安島がいった。

「そうなの? やったじゃん。無料?」

「無料です」

「僕が授業料払ってるんだから、無料じゃないですよ」

 無料と言い切った安島に本吉がツッコんだ。

「そこでLAICAとbeachと、もう一曲、新曲作ってレコーディングしようと思っています」

「今日はその前に、一回録音しておきたいってことね」

 レコーディング用の機材を、バッグから出しながらいった。

「はい。お願いします!」

「今回は本番と同じ、別録りで録ろう」

「はい!」

「じゃあ、まずは……」

 四人はやる気満々の顔でこっちを見た。

「レコーディングの準備をするから、いったん休憩だ!」

 そういうと、本吉が立ち上がった。

「からの……?」

「からの、はない! 準備ができるまで、邪魔だからロビーで待ってろ!」

 フリッカーズをスタジオから追い出すと、ドラムセットの周りにマイクをセッティングし始めた。最近なんか、ずっとレコーディングをしている気がする。

 こうして、フリッカーズとブリンキンの二年目は幕を開けた。

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