第6話 beach

「ええやん、ええやん。フリッカーズ! カッコええやん!」

 新宿ジャムの事務所で、店長の石塚さんはまくしたてた。

「ホントですか?」

 安島が答えた。特訓の成果が出た。低いレベルだけど演奏は安定して、素直にバンドの良さが感じられるライブだった。

「どんどんライブやっていこうや。でも、君な……」

「はい!」

「飛んでもいいけど、マイク倒しちゃダメやで。マイク、ライブハウスの備品やからな」

「了解です! わかりました! 気を付けます!」

 絶対にわかっていないテンションで、安島は返事をした。

「次のライブはどうしようかね?」

 石塚さんはブッキング帳をペラペラとめくりながらいった。

「十月か十一月ぐらいで良いのないですかね?」

 オレがいうと、石塚さんの手が止まった。

「これは、どうかなぁ。かなりスペシャルやで」

「何ですか?」

「クラブ・クロールってライブハウスとの共同企画で、『THE COKEHEADS』(ザ・コークヘッズ)と『東京ビートボックス倶楽部』が出るイベントがあるんよ。それは、どう?」

「いいですね。東京ビートボックス倶楽部の尾本くんは友達ですよ」

「そうなんや! 世間は狭いなぁ。んじゃ、その日にしよう」

 次のライブが決まると、急いで事務所の外に出た。

「おい!」

 祥太郎が振り返った。

「受かったね!」

「やりましたね!」

「次はイベントだってよ! それも東京ビートボックス倶楽部とだよ。ヒャッホー」

 美希子さんと本吉も喜びを爆発させた。安島は近くにあった金網をよじ登っていた。

 フリッカーズにとって、初めてのわかりやすい成功だった。

「なんだか、わたしも嬉しいよ」

 ナカキヨも感動して、うっすら涙目になっていた。

 午後四時を過ぎ、暑さ少し和らいできていた。

「打ち上げいこう、打ち上げ!」

 安島がいった。

「どこにする?」

「こんなこともあろうかと……」

 美希子さんはギターケースから、ごそごそと何かを取り出した。

「じゃじゃーん! トランプ持ってきたよ」

「さすがだよ。美希子さん」

 祥太郎は、そう言いながら嬉しそうに拍手をした。

「じゃあ、カラオケかファミレスで大富豪だな」

 打ち上げ場所が決まったようだ。美希子さんがこちらを向いた。

「近藤さんたちも行きませんか?」

「……、用事があるからやめておくよ」

 嘘の用事をでっちあげて、ブリンキンの三人は近くの居酒屋に行き、ビールで祝杯をあげた。

 翌週、土曜日の深夜。スタジオに行くと、ロビーのソファーに座って安島がギターを弾いていた。

「それ、どうしたの?」

 安島は金髪になっていた。

「あ、こんちわ。ヨロズさんに、『安島くんは金髪似合うと思う』って言われたから、やってみました」

「まぁ、確かに似合ってるけど。他のメンバーは?」

「あいつらはまだです」

 そういうと、またギターを弾き始めた。聴いたことのない曲だった。

「なにそれ?」

「新曲です」

 アンプを通してないので、音もペケペケ鳴っている。曲の全体像はつかめない。

「どんな感じの曲?」

「直球でロックですよ。この曲、次のガレージでやりたいんです」

 下北沢ガレージのオーディションライブまで、今日を入れて三回しかスタジオ練習がない。今から新曲をバンドアレンジで完成させる時間と、ライブセットを変更する時間はない。

 それに、オーディションに受かるのが目的なので、新宿ジャムで成功したライブセットをやるのが定石だ。

「時間がないから、やめておいた方が良いと思うよ」

「でも、どうしてもやりたいんです。あとで一回聴いてもらってもいいですか?」

「いいよ。他のメンバーの意見もあるだろうし」

 すると、祥太郎がロビーに入ってきた。

「うわっ! アジ、それどうしたの?」

 祥太郎は金髪に驚いた。

「シャンプー変えたらね、色が抜けちゃったんだよ」

「なるほど、それならありうるね」

 ソファーに座ると、缶コーヒーを一口飲んだ。それでいいのか!

 そのあと来た、美希子さんも本吉も同じように驚いた。そのたびに、安島は適当なことをいった。

 全員そろったので、安島の弾き語りで新曲を聴くことになった。

「いいですか?」

 誰ともなくうなずくと、安島が歌い始めた。

  海に溶け太陽 オレンジジュース

  ビーチの彼女を照らしてた

  穴の向こうまで突き抜けて

  世界の終わりを映していた

  境界線を踏み越えて

  奴らは殺し始めたんだ

  彼女はそっと涙を拭いて

  壊れたギターにキスをしてた

  紫色の空を見て

  流れ星が流れたんだ

  僕の側に座った犬

  涎(よだれ)を垂らさないように

  パーティの夜は家に帰ろう

  パーティの夜は家に帰ろう

  パーティの夜は家に帰ろう

 夏が終わった感じがした。

 具体的なことは何一つ歌われていなかったけど、この曲は今年の夏を歌っているのだろう。

 一つ、なにか決意のようなものを見たような気がした。

 そして、細かいことは抜きにして良い曲だった。

「『beach』って曲です」

 歌い終わると、安島が曲名をいった。

「近藤さん……」

 祥太郎がこっちを向いた。

「これ、やるしかないでしょ!」

「あぁ、そうだね」

 オーディションに受かるのが目的、とか考えていた自分を恥じた。音楽ってのはそんなもんじゃないということを、目の前で体現された気がした。

「リードギターのイメージはあるから、美希子さんにコードを弾いて欲しいんだよね。コードは簡単で、こうで、これで、こう。この三つしか使ってないから。祥太郎は歌詞これね。ベースはギターに合わせて適当に弾いて。サビは三人で歌おうと思ってるんだ」

 安島が曲の説明を一気にした。みんな集中している。

「安島さん!」

 本吉が立ち上がった。

「僕はどうすればいいですか?」

「いつもの通りのエイトビートで」

「了解です。あと……、僕はサビ、歌わなくても良いですか?」

「三人いれば大丈夫だから、歌わなくていいよ。ドラムに集中して」

「了解です……」

 寂しそうな顔をして、本吉はドラムセットの椅子に座った。

 安島の指示で曲は固まっていった。夜が明ける頃には新曲beachは完成した。

 下北沢ガレージでのライブを終えて、楽屋で呼び出されるのを待っていた。

 ヨロズと本吉と祥太郎はソファーに座って、ずっとドラゴンボールの話をしている。ナカキヨと美希子さんと安島は、パイプ椅子に座って恋バナをしていた。オレはそんなみんなを眺めながら、少し離れたところに座って缶ビールを飲んでいた。他の席には、対バンのメンバーが座っている。

 楽屋はライブハウスの二階にあり、事務所が併設されている。八人ぐらい座れるソファーがあり、パイプ椅子も十個ぐらいある。 都内のライブハウスにしては、かなり大きい楽屋だ。

「フリッカーズいますか?」

 事務所から名前が呼ばれた。

 受付テーブルの向こう側には、ブッキング担当の若林さんが立っていた。

 こちらはフリッカーズ四人が前に、後ろにはブリンキンの三人、合計七人が並んだ。

 若林さんは一瞬、後ろのやつら、誰? って顔をしていた。が、そのまま話を続けた。

「ライブ、悪くはなかったよ」

 良かったわけではないのね。全員に緊張が走った。

「もう少し練習しようね。サビに入る前で演奏がガタガタする所が多かったし、歌のピッチも外れている所が多かった。それに、コーラスが全部合唱だよね。せっかくみんなで歌うなら、ハモッた方がいいんじゃないかな」

 指摘は的確だった。いつか改善しなければいけないと思っていたことをいわれた。

「でも、曲と声はいいよね。特に最後の曲は、サビがキャッチーで良かったよ」

 最後の曲はbeachだった。やっぱり、入れて良かった。

「お客さんもけっこう呼んでくれてるし、今後に期待ということで、合格です」

「ありがとうございます!」

 四人は頭を下げた。俺たちも頭を下げた。何とかギリギリで合格といった感じだった。

 ライブハウスを出ると、みんなで駅前のマクドナルドへ行った。

「とりあえず、合格ということで……」

 ヨロズがそういうと、コーラやウーロン茶、ジンジャエールやアイスコーヒーが頭上に掲げられた。

「かんぱーい!」

 ハンバーガーとポテトを食べながら、みんなでオーディションの合格を喜んだ。

 ホームページは無事に開設して、出演できるライブハウスも決まった。ステッカーもできたし、Tシャツもできた。

 目標としていたことは、なんとか達成できた。

 秋の気配が、徐々に近づいてきていた。

 フリッカーズはようやく『普通なバンド』として歩み始めた。

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