第4話 Tokyo Blues
ファースト・シングルのレコ発ライブは、三軒茶屋ヘブンス・ドアーだった。オレはバンドのリハで行けなかったけど、深夜に安島から電話があった。
「どうだった?」
「neonrocks(ネオン・ロックス)っていう、すげぇカッコいいバンドが出てたんですよ」
「そんで?」
「こっちのCDを渡したら、むこうのCDを貰えました。めちゃラッキーですね!」
そういうことを聞いたんじゃないけど、まぁ、いいや。
夏の間にフリッカーズを、底上げしなければならない。そのためにやることは、とにかくたくさんある。
オレとヨロズは、深夜のジョナサンでミーティングを開いた。ナカキヨは、『夜更かしは美容の敵』という古典的な理由で欠席していた。
「まずは環境面からだよね」
メロンソーダをストローでジルジル飲みながらヨロズがいった。
「急務はホームページだろ。パソコン用と携帯用」
打ち合わせ内容をメモしながら、野菜&果汁ミックスをチビチビ飲んだ。
「ホームページのデザインは僕が考えるから、作るのはセイジ君やってくれる?」
「いいよ。あと、定期的に出られるライブハウスを探さないとな」
「どこが良いのかな」
「バンドのカラーからいうと、下北沢か新宿か渋谷でしょ」
「フリッカーズに出たいところがあるか、聞いてみようか」
「そうだね。ちょうど土曜日だし、今からスタジオに行こうぜ」
「あ、ちょっと待って!」
立ち上がろうとするオレを、ヨロズが静止した。
「小腹が空いたから、フライドポテトもう一つ頼んでもいい?」
「……まぁ、いいよ」
オレはしぶしぶ座りなおした。
「出たいライブハウスですか?」
祥太郎は考えているフリをしている。最近、ほとんどがフリであることがわかってきた。
「恵比寿のリキッドルームって所はどうですか? 名前を聞いたことありますよ!」
「バカ! そんなところ出れるわけないだろ」
本吉を一喝した。リキッドルームは千八百人ぐらい収容できるデカ箱だ。まともに演奏できないバンドが出られる所ではない。まともに演奏できたとして、集客がなければ出られない。
「下北沢ガレージとか、どうですかね?」
「いいんじゃないの」
安島からまともな意見が出た。
下北沢ガレージはACIDMAN、Base Ball Bear、LUNKHEADなどを輩出してきたブランド力のあるライブハウスだ。キャパは二百人ぐらいだが、挑戦してみるのも悪くない。
「どうすれば出られるんですか? ぼくら、今まで友達に誘われたライブしか出たことないんですよ」
安島が聞いてきた。
「まずはデモ音源を持って行って、オーディションライブに出演する。合格なら定期的にライブに出られるようになる、って感じかな」
「オーディション!」
四人の声がハモッた。
「そんなに大したもんじゃないよ。普通に演奏できれば大丈夫」
「それじゃあ、俺たち、ダメじゃないですか?」
祥太郎が久しぶりにまともな事をいった。たしかに、今のままのじゃ危ないかも。
「演奏については,ライブまでに特訓しよう。他に出たいところある?」
「新宿ジャムどうですか?」
美希子さんが提案した新宿ジャムは、東京でも最古に近い老舗ライブハウスである。古くはブルーハーツ、スピッツ、エレファント・カシマシなども輩出している。
「ジャムもイイと思うよ。でも……」
少し前に、スタッフが根こそぎ辞めたって噂を聞いたんだよな。そのせいで、今まで出演していたバンドがほとんど出なくなっているという話も聞いている。
「ダメですかね?」
考え込んでいるオレの顔を、美希子さんが覗き込んだ。
「いや、いいよ。オレ、昔ジャムに出てたことあるから、一回CD持って話に行ってくるよ」
新宿ジャムには色々と思い出もあるし、今どんな状況になっているかも気になる。
「ガレージはフリッカーズに任せるよ。電話して、ライブに出たいことを伝えて、CDを持っていけば大丈夫だから。あとさ、ヨロズ、オレの名刺作っておいてくれない?」
「いいけど、何に使うの?」
「いいから、いいから。とりあえず作っておいてよ。カッコいいやつ」
「オッケー。カッコいいやつね」
安請け合いするところが、ヨロズの良いところでもある。
三日後、ヨロズが作った洒落た名刺を持って、新宿ジャムの入り口に立っていた。
夕方なのに三十度を超えていた。ライブハウスの入口に掛けてあるホワイトボードには、聞いたことのないバンド名が五つ書かれていた。なんだ、バンドいっぱい出てるじゃん。
尾本くんから聞いた話だと、今年の春ごろに新宿ジャムの店長が変わったらしい。
そのせいかわからないが、閑古鳥が鳴いているとの噂だった。
事務所の扉を開くと、スタジオの受付がある。新宿ジャムはライブハウスと一緒にスタジオも経営している。
「店長さんいますか?」
受付の男の子に聞くと、男の子はダルそうにいった。
「石塚さーん、お客さんですよ」
「はいはーい。こっち来てええよ」
奥のライブハウス用の事務所に入ると、三十過ぎのハンチングを被ったおっさんがいた。
「先ほどお電話した、フリッカーズってバンドのマネージャーをしています。近藤です」
名刺を渡すと、ハンチングのおっさんはうやうやしく名刺を受け取った。
「これは、これは。ご丁寧にどうも」
「フリッカーズを新宿ジャムに出演させていただきたいのですが……」
「それじゃあ、とりあえずオーディションからやな」
石塚さんは、いかがわしい関西弁で即答した。
「まだ、オーディションやってるんですか?」
「やってるよぉ、なにゆうてんの、きみ」
「いや、ジャムは閑古鳥が鳴いているって噂をきいたので」
あえて、聞きづらいことを直球で聞いてみた。
「だれや、そんなことゆうの! 営業妨害やで、それ」
「まぁ、噂ですよ。あくまで」
「たしかに俺がきた四月ぐらいは閑古鳥が鳴いとったけど、今は立て直したんや!」
「……どうしても、オーディションでなきゃダメですか? マネージャーもついているバンドですよ」
できればオーディションライブを回避したい。オーディションライブなんて、やらなくて済むならやらない方がいい。
石塚さんは、マジマジとオレを見ながらいった。
「君みたいなうさんくさいマネージャがついとるバンドこそ、キチンとオーディションせなあかんよ!」
「……たしかに」
オレがそういうと、石塚さんは笑いった。
「なんや、面白いやないか、キミ。名前はなんだっけ?」
胸ポケットの名刺を取り出した。
「近藤君な。覚えとくわ。君んところのバンド、八月最終週の土曜日の昼のオーディションでどうや?」
「『君んところバンド』じゃなくて、フリッカーズです。じゃあ、その日程でお願いします」
スタジオに戻ると、受付の男の子が話しかけてきた。
「お兄さん、どっかの事務所のマネージャーさんですか?」
「そうだよ」
厳密にいうと違うが、説明するのが面倒なのでマネージャーってことにした。
「おれ、オーバードーズってバンドやってる沼田って言います。こんど良かったら、ライブ観に来てくださいよ」
「あぁ、機会があったら。フリッカーズがジャムに出るようになって、対バンで一緒になるかもね」
突然声をかけられて、見ず知らずのバンドを見に行くほどヒマではない。
外に出ると、一か月後に新宿ジャムのオーディションの日程が決まったことをみんなにメールした。
翌日、下北沢ガレージのオーディション日程も決まったと、祥太郎からメールが来た。
下北沢ガレージは二か月後の九月後半だった。もう八月の予定は空いてないそうだ。
その情報だけでも、下北沢ガレージの方が新宿ジャムよりも格上な気がした。
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