例えばこんな…
脳みそに直接衝撃をうけるような、そんな痺れがまだ残っている。
ゆっくりと微笑んだルシアやけに大人びて見える。もはやその姿は悟りを開いた菩薩のようですらあった。
ごくり、生唾を胃に下した。
「え、いや…そんな。そんなのダメに決まってんだろっ…。」
「ダメって、なんでですか?」
「そ、れは…。」
もごもごと口ごもる。
言いたいことが多すぎてなにから先に言ったらいいのか整理がつかないのだ。
何がダメって、アレをおまえがああしてこうしてどうすることがダメだってことで。
どうしてダメって、アレをおまえがああしてこうしてどうすると俺がああなってこうなってどうなるからで…。
「私とじゃいやですか?」
「おまえとが嫌なんじゃない、女とやるのが嫌なんだ。」
わざとぶっきらぼうにそう言って顔を背けて、朱色の乗った顔を隠す。
問われても全部アルコールのせいにしてしまえばいいのだけど…。
見た目は幾ばくか年下なのだ。こんな馬鹿みたいな誘いに反応してるとか悟られるのは、恥ずかしくて耐えられない。
しかし、そんな俺の意に反してするり俺の膝に指を這わせたルシアが、図星を突きつけながら顔を近づけてくる。
「そんな事言って、洋介さんったら実はちょっと、期待してるんでしょう?」
「そんな事ないッ! 全然ないッ! 触手プレイみたいで興奮するとか思ってない!」
そう必死に否定をするも、ルシアの余裕の表情は崩れず仕舞いだ。
微笑を貼り付けたままじりじりと距離を詰めてくる。
気圧されて身を引くもルシアは詰めて詰めて、果てには鼻先の触れ合う場所まで。
ルシアと俺の目が至近距離でかち合う。
「またまたァ、強がらないでくださいよぉ〜。かわいいお顔が真っ赤です。」
「うるさいうるさいうるさいうるさい‼︎」
アルコールのくだりなんか頭の中から出て行ったままとんと帰って来やしない。
半端やけくそのようになりながらルシアのほうを睨んだ。
何もかも混ぜこぜになって茹で蛸のような俺とは違い、ルシアの頰はほんのり薄紅を差しているだけ。
それが一層に胸をかき乱す。
頭のどこかの線が風船のように膨れてはちきれそうなほど張り詰めている。そんな感覚。
こちらだけがしっちゃかめっちゃかにされるのは気に食わない。年上の沽券とか矜持とかそういうのを気にして譲る精神は無いのか。
というか、よく考えると滑稽すぎる絵面だな。
見た目高校生ぐらいの女の子に三十代のおっさんが責められてる姿とか、想像しただけでぞっとしない。なんだこれ、コントじゃないんだぞ。
なんとか、なんとかしないと。
「くっ、ていうかお前女だし。それだけで俺のは萎えるから…。」
だから俺はこいつの弱点をつくことにした
そう、こいつにも変えられないことで攻めればいい。
それは性別だ!
いつも通り、その部分をついて逃げる切る算段である。
予想通り、しばし言葉に詰まるルシア。
その隙に距離を取るためソファーから腰を浮かせて立ち上がる。
さっさと退散したいところだが、どうにもこうにも、ヤケ酒のせいかどこか覚束ない足取りだ。
転げないようにと気を使うと床とかかとを擦り合わせるように後退することしかできない。
しかしまぁ、あとは適当に口でこの場をなあなあにできればいいか。
眠いからとか言って寝室に逃げ込もう。そうして鍵を締めれば、ほら完璧だろ?
ここで変なスイッチ押されるわけにいかないのだ。
俺にもいろいろ「維持」したい「意地」とかあるからさっ。なんつって☆
…つまんねーこと言ってる場合じゃねえや。
俺が足に力を込めるのとルシアの声はほぼ同時だった。
「なら、」
大股に一歩、踏み出したルシアに開いた距離を再び詰められる。
ついっと手が伸びてきて、咄嗟に足を後ろに引いた。
空を切った指、それを見咎めてルシアはもう一歩足を進めてくる。
そこで身を翻して寝室に逃げ込めなかったのは…、彼女の目がやけに真剣だったから。
ルシアが微笑んだ。
「なら洋介さんが後ろを向いて、ってどうですか?」
ルシアの言葉に一瞬体が固まる。
小さく跳ねた肩と、それと同時に背中に触れた固い感触。
どうやら早くも壁際まで追い詰められてしまったようだ。
もう後ろには引けない、その事実が無性に俺を焦らせた。
彼女の言葉のせいか無意識に呼吸が温度上げている。喉の焼けるような熱さがそのことに気づかせた。
ジワリと不随意に官能的な汗が額に滲んで、頰へと伝う。
背中に当たる壁紙に沿ってずるずると崩れ落ちると、ルシアの方も俺の目線まで降りてきた。
ようやく狙いを捕らえた長い指が俺の頰をなぞる。
柔らかでひどく優しく触れた指なのに、俺は鋭い牙をもつ猛獣に舌で嬲られて味見されているようだと思った。
「私もやりやすいですしぃ、いい案だと思いますよ?」
にっこりと
どうして今日のルシアはこうも俺の心を的確に抉ってくるんだろう。
折角欲望に蓋をして閉じ込めているというのに、もう入れ物が崩れそうなほどにボロボロにされている。
胸が焦げ付くようだ。掻きむしりたいのに、そこは皮膚の内側でどうしようもない。
だからせめて熱だけは取り去ろうと温度の高い呼吸を繰り返す。
溢れ出てくるそれをどうにかすることに躍起になっていると。
……ふいに俺の肩に温もりが押し付けられた。
自分の熱を落ち着けることに必死になってたせいで全く状況が掴めず困惑する。
下に視線をおろせば、ルシアが俺の肩に額を寄せているようだった。
「お、おい…?」
急に力を失って寄りかかってきた彼女に戸惑って、体が強張る。
俺の二の腕を掴む手が、わずかに震えている。それはもう、すぐにでも嗚咽が聞こえてきそうなぐらいに。
どうしたんだと声にしたくて口を開くけど、それはルシア本人に遮られた。
「私…、」
吐き出しかけてた息をぐっと飲み込む。
何も言ってはいけない。
今は、口を挟んだら駄目だ。脳みそではなく心臓がそう告げていたから。
ルシアは少し波打つ声でこう告げた。
「私、洋介さんを笑顔にしたいってずぅっと思ってたんです。」
「…?」
「あなたを楽しませたくて、喜ばせてみせたくて、ずっとずっと…。」
そう言って俺の肩に縋る。
力のこもる手の中に収まりきらない腕が、締め付けられてキリキリと痛んだ。
どうして、この子は…。
こんなに俺に全身全霊を尽くすんだろうか。
確かに命惜しさに家に入れてやって、その日からもうだいぶ経つ。
ルシアの奇妙な行動、まぁ大体が色仕掛けだが…それに対して俺が複雑な気持ちになる毎日だ。
でもルシアは俺が仕事に行ってる間、家を必要以上にきちんと切り盛りしているし。
むしろ面倒を見られているのはこっちの方だと思ってしまうぐらい。
その盲目的なほどに一途な想いはどこから来るんだろう。
再びこちらに顔を向けたルシアは、口を一文字に引き結び、目尻に雫を溜めている。
長く伸びた
「私自身を…愛してくれなくてもいいんです。だから…、今は…、」
大きく揺れる声が、かたかたとわずかに震える小さな肩が、どうしようもないほどにか弱く頼りないように見えた。
俺は、彼女に何を返せただろうか。
あげられるものなんて一つも持ってないのに。
ルシアが望むものなんて、なんにも寄越せない。
だって俺は…彼女を愛する日なんてこないから。
ああ、それなのに…
「私の尾で……、
思う存分、ドロドロのぐっちょんぐっちょんになってくださいっ!」
そんな、一言で。
ぱちんと頭の中でギリギリを保っていたものがはじけた。
一際大きな鼓動の音が耳の奥で鳴り響く。
それと皮切りにぶくぶくと煮えたつ血液が濁流の様に体を駆け巡る。
甘い電流に神経を断ち切られて、痺れてしまった手が震えてた。
うるさいほど存在を主張する
そんな俺をルシアが顔を赤くして、それでも懸命に見上げていた。
いつになく真剣な顔だ。
こんなルシアに、返せるほどのものを俺はなに一つ……、
「私の尾で快楽に溺れてください、この尾無しでは生きられなくなってください。」
「る、ルシア…。」
なに一つ持っていなくて……、
「何でもいいんです。まずはカラダの関係から始めましょう!」
「っ…、でもそんな…。」
ああ、でもこんなにも……、
欠けらばかし残った理性でそんな言葉を吐くけれど。
なんの意味も成してないだろう。
男の体ってのは実に正直だ。
熱を持っているのはもちろん、もう抵抗なんてする気のない筋肉が弛緩して力は抜けきっている。
期待と羞恥と欲がどろりと溶け出して、大きく一度揺れた腰。
もうダメだ、俺にはこれに抗う力なんてない。
だってこんなにも………、
「大丈夫です、洋介さんは私に身を任せていればいいのです!」
「あ、ああ…、あああ…。」
俺は今彼女の……
「洋介さん! さあこの手を取って!」
「あああああああああああああああっ。」
彼女、の……、
酔っ払っているせいか、うまく頭が回らない。
ルシアのセリフ一つ一つに反応して、体のとある一部が疼くのだ。
一色に染められていく脳内とうまく回らない呂律に焦って、戸惑って、考えがまとまらない。
どうやって切り抜けたらいいのかわからない。
喉が乾く、異様に乾く…。
欲しい、頭のどこかがうめき出す。
ほしい、ほしい、何が? 水が? …いや、違う。
俺は…、
「私はあなたに…っ。」
「もういい、ルシア。わかったから…。」
気持ちばかりに微笑んで、更に言い募ろうとするルシアの髪を撫でた。
伸びてきた手にびくっと大きく体を跳ねさせたルシア。
しかし、撫でられていることに気づいたのか力を抜き、瞬きを繰り返すと不思議そうな目でこちらをみた。
お前の気持ちは分かったよ。
そんな意味を込めてもう一度藍色の髪を梳く。
目を見張って固まる、藍色の影。
ああ、だって俺はこんなにも、
俺は今、こんなにも彼女の『尾』が与える『快楽』を求めているのだ。
俺は彼女にゆっくりと微笑む。
「えっと…すこし待っててくれ。準備とか、あるからさ。」
ごくり息を嚥下する、ルシアの細く白い喉。
気恥ずかしくなって顔を逸らした。
おっさんにこんなこと言わすなよ、全く。
そう毒づきつつ、自分の頭を乱暴に掻き回す。
それにしてもまた妙なアタラシイトビラに手をかけたもんだ…。
全く三十過ぎといて救えねえ。
脳みその冷静な部分がそういうけれど、黙殺する。
残念ながらこの半生でこの部分が本能に勝てたことなど一度もないのだ。
そうそう、だからこれはしょうがないこと…。
トイレに向かうため、立ち上がろうと千鳥を踊る足に力を入れる。
フラフラと壁を支えにしつつ中腰になった俺の袖を、何かが引いた。
見れば、俺のワイシャツの袖口に絡んだルシアの細い指。
僅かに潤んだ目が、驚いて動きを止めた俺を見上げている。
不安そうな霧はすっかり晴れた、何かを振り切った表情だ。
ルシアはその美貌に涙で濡れた笑顔を浮かべた。
「必要…、ありません。全て私にお任せを。」
「え?」
その言葉に戸惑う俺だったが、ルシアが言い終わるか終わらないかのうちに、あの夜みたいに下半身が一つにまとめられていく。
溶け合って一直線になったそこが、綺麗な鱗に覆われ始める。
青い装束も跡形なく吸い込まれ、つるり濡れたような体の一つとなった。
ルシアの腰から下に生えたそれが大きくなっていく。
その姿は、どこかの神話にあった怪物。ラミアを思わせた。
綺麗に歪んだ唇。
そこから息を吐き出すたび、毒でも持っていそうなぐらい赤い舌が覗いて、目が奪われる。
ちろちろと煽情的に踊る赤が視界を、意識を丸呑みする。
蕩けてきえてしまうと錯覚するほどの熱量が体を這い回り、思考回路を焼き切った。
逸らせない、視界の中央で。
上半身だけそのままの彼女は、自らに生えた尻尾の先をくねらせた。
そのあと、くるりと器用に回してみせる。
「私の尻尾は自由自在、ですので。」
俺の首ぐらいはありそうなそれを…。
ずるりと目の前に出てきたそれに驚愕する。
音もなく滑らかに虚空を泳ぐ、鱗に覆われたつややかな尾。
先の尖った形をしているが、鋭角のように見えるが、ど迫力の太さである。
「え、先っぽ太くない?」
「太くないですー全然入りますってー、入りますよぉ。」
「ねえ、棒読みすんのやめよう? ちゃんと俺の目をみて話そう?」
「ダイジョーブダイジョーブ、アナタナラデキマス。」
「カタコト怖いっ‼︎」
すんと急にトーンを落として喋り始めるルシアだ。
唐突に冷めた思考に着々と寄せる不安の波…。
目を白黒させて、今見える現実を否定するけれど、否定しきれない存在が目の前にあるのだった。
大丈夫って言うけどさ。
…入るか? これ。
頑張れるか? 俺。
恐る恐る手を伸ばしてみる。
もしかしてアレか?遠近法とか言うやつ。近いから大きく見えるだけ? うん多分きっとそう。めちゃくちゃ近くにあるからデカイだけだって。
あ、さわれた。うん、鱗が硬いね。あとちょー冷たい。さすが低温動物ってカンジ。
細さ? そりゃあもう大根でも握ってる気分だよ…。うんうん、余裕余裕。
えっとなんだっけ? 頑張れるか頑張れないか?
そんなのきまってる。
「無理無理無理無理無理無理無理!生理とか関係なく物理的に無理だから!」
「そんなツレないこと言わないでください。さっきまではあんなにノリノリだったじゃないですかぁ。」
ふにゃりと柔らかく笑うルシアだが、そんな可愛い顔が似合わないくらいに事は深刻だしえげつないのだった。
ていうか、さっきまでの泣きそうな顔どこ行った⁉︎
なんか目えうるうるさせてなかった?狼に狙われてるうさぎみたいにさぁ⁈
それが今はどうだ? にこにこと擦り寄る彼女は先ほどの影を微塵にも匂わせない。
…さては貴様、
「そんな鈍角だなんて聞いてねえから!死ぬから!ケツ壊れる‼︎」
「先っちょだけ、先っちょだけですよぉ〜。」
「その先っぽでさえ太えんだよ‼︎」
だって総体的にみて細いだけだもん! 1番細い部分だって俺の腕ぐらいあるもん。
わきわきと妙な動きをして伸びて来る指。
俺はもちろん全力でその手を振り払う。
恐怖と余りの身の危険を感知したためか完全に復帰した足で立ち上がり、脱兎ごとく逃げ出した。
しかし、音もなく伸びてきた長い尾足を取られすっ転ぶ。
勢いよく床に体を叩きつけて呻く俺。
そこに一度狙った獲物は逃がさない強欲の
「いーじゃないですかぁ〜、他に相手がいるわけでもあるまいし。」
「うるせえよ!そんなえげつない腹上死するぐらいなら 一人寂しいソロプレイのがマシ!」
んなもん入れたら本気でケツに穴開くわッ!
もともとあるって? 知るかよ、そういう目と鼻が顔についてます系のツッコミは求めてねえよッ。
こっちは冗談じゃねえのっ!死ぬ予感しかしねえからそれぇっ!
大体失礼なこと言うなルシア。 悪いが俺にだって相手ぐらいいるぜ?
いつの間にかおれの体はルシアの長い下半身に巻きつかれてもはや身動きもできなくなっている。
必死に身をよじって逃げようとするけれど…。
ルシアがうっそりとした笑みを浮かべている。
絶対絶命、そんな言葉が頭をかすめた。
ああ、やっぱり…。
「だあーいじょーぶですって。…洋介さん、私が良くしてあげます。」
「あー!やっぱりオンナなんてー‼︎ オンナなんてぇーええええええ‼︎」
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