4話 今は無性にほしいから

母と電話とアルコール





「あーもー本当にさぁ…、やってられねーよ畜生ぉ。」


「…。」



 情けなく震えた声でそう言って、缶の中に入ったままのビールを煽る。



 そこら中に好き勝手転がった空の缶やつまみの空袋。

 タバコは何本吸ったか覚えていない。吸い殻ばかりが灰皿に溜まっていく。

 そんな紫煙とアルコールとが混じり合って篭った様な臭気が部屋の中を満たしていた。



 部屋の隅、ベランダにつながる窓の前に設置した寝転がれるほど広いソファー。

 少し弄ればベットにも形を帰るそれの上には口の開いた柿ピーなんかの袋が放り出されて中身をブチまけていた。



 俺はといえば、スーツ姿のままそんなちらかったソファーの背もたれにしなだれかかっている。

 ずるずると鼻をすすって、次から次へと安っぽい缶の酒を開けていくのだ。。



 ルシアが困っておろおろとしているけれど、構ってやれる余裕はない。少なくとも、今の俺には。



 明日は久しぶりの休日で、今の俺を邪魔する理性などカケラだって残ってはいないのだ。

 当然同居人を気遣う良心だって残ってない。



 喉を豪快に鳴らしながらビール煽る。



 炭酸の泡が喉を痛いほど焼いたが、構うものか。

 飲み干した空の缶を低いサイドテープルに勢いよく叩きつけた。



「洋介さん、落ち着いて…。」


「うるせえ! これが飲まずにいられるかってんだ!」



 先に言っておこう。俺がこうも腐っているのには理由がある。

 何も休みがあるたびにこんな荒れた夜を過ごしているわけではないし、そもそもここまで酔うまで呑む事なんて珍しいぐらいだ。



 なにしろ普段は二日酔いを気にして存分に飲めやしない。仕事から解放された時ほど、無駄に尻込みする要領の悪いチキン社畜だからな。



 では、何故今日に限ってこんなに潰れるほど呑んでいるのか…。

 鼻と目から垂れてくる汁を、拭うこともせずダラダラ滴らせながら泣上戸を決めているのか…。



 俺は酔っ払った舌足らずな口でこう叫ぶ。



「どーせ俺は親不孝ものだよ!」



 それはほんの数十分まえに掛かってきた電話にあった。



 久々に聞く、母の声だった。

 実家を出てからだいぶ長いこと経つが、変わらない明るく元気なそれに、ほっと胸を撫で下ろした。



 元気にしてる? 仕事の調子はどう? ちゃんとご飯食べてる?



 他愛のない、そんな会話。

 なんとなく、嫌な予感はしてたんだ。その質問が来るのは恒例みたいなものだったから。

 俺じゃなくてもテレビのドラマとかそういうので母親役にこう聞かれるそいつらを見たことがあったから。



 受話器の向こうで母の声がする。



『お嫁さんは貰わないの? そろそろ私も孫の顔が見たいわぁ…。』



 ああ、そんな残酷なセリフ。




「俺だって… 頑張ってんだぁああ! 」



 ちゃんと仕送りはしてるし、忙しくても長期休みがあれば実家に顔出すし。

 孫の顔は見せられないけどちゃんと親孝行はしてるのだ。



 母のその質問にろくな答えも返せずに、笑っておどけて、ごまかした。

 まるでピエロの様に、おかしくもないことを大袈裟に笑ってみせて。



 最後の母の寂しそうな声が耳に灼きついている。




 孫ができない理由なんて一つしかないが…。

 それを打ち明けたことがあるのは以前いた恋人(男)とルシアぐらいのものである。

 だから尚更、言えるわけない! 実の親に! 俺は子供ができないんですなんて! 男が好きですなんて!



 大体なぁ!



「俺はなぁ!ネコなんだよッ!」


「猫…?」


「ちがぁう‼︎ そういうんじゃない!」



 ルシアが眉をひそめて小首を傾げる。

 長い藍色がゆらりと動きに合わせて揺れた。

 まさに何を言ってるのかがわからないといった顔。



 まぁ、わかんないよな。当たり前だ。

 わかるようなら何を見て誰に教わってそれを知ったのか問い詰めてるところだ。

 教える奴がいるなら、変なものに染まる前に引き離してやらないとと謎の使命感が湧く。



 まぁ、今から俺がそいつになるんだけどさ。



「え、じゃあ何なんですか?」


「抱くか抱かれるかだったら抱かれる方なの!わかりやすく言うならゲイの中の女役ってこと!」



 そう、つまりはそう言うことだ。



 せめて突っ込む側ならなんとかなったかもしれないけども。愛はなくても子供ぐらい作れたかもしれない。



 しかし、俺はいわば突っ込まれる側なのだ。

 抱かれたいのッ! 組み敷かれたいのッ! ぶち込まれたいし責められたいのッ! 前より後ろのが好きだし、 むしろもうそっちオンリーな感じだしッ!



 三十過ぎて何言ってんだって?

 俺が1番わかっとるわボケェ! これがどれだけ笑えない話かってことぐらい!



「な、なるほど。私が洋介さんを抱けばいいんですね!」


「そーいうんじゃない!」



 ズレたことを抜かすルシアに頭のどこかの回線がぶつりと切れた。

 お前はなぁ、今まで何を聞いてたんだ?

 抱くより抱かれる側、その意味をなぜ理解できない。



 ありったけの力を込めて叫んだ。











「そもそもお前には突っ込む棒がないだろ!」














 そして、



 次に彼女が吐いた言葉に天啓を受けるのだ。



























「棒は無くても私には尻尾があります!」





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