第7話 夢の少女

 気がつくと、見たことのない天井が出迎えてくれた。

 青さの残る暗闇のなかで、ベッドに横たわっていた。対角線上にあるドアから、明かりがうっすらと漏れていた。真横にはタンス機能をかね備えたテーブルと、カード式のテレビ。その向こう側には簡素な洗面台がちらりと見えていた。

 かすかに漂う薬品のにおい。どうやら病院の個室らしい。

「あだっ!」

 上半身だけ起こそうとしたら、身体に痛みが走った。胸のあたりを見ると、パジャマの隙間から包帯が見えていた。顔を触るとガーゼが貼ってある。かなりひどい火傷をしたのだ。そう思った途端に、全身からずきずきとした痛みが湧き上がってくる。

 ……俺、いつになったら退院できんだろう。

 そんなことを考えてみたが、まず歩くことすら難しいようだった。足を吊り上げられてはいないので、歩くことは原理的に可能だろう。しかし、足に力を入れると皮膚がちぎれるような痛みが襲ってくる。安静にしなくちゃいけないのは、医者に言われるまでもなく明白だった。

 それにしても、どうしてこんなケガをしてしまったのだろう。

 考えても思い当たる出来事が見つからない。一番最後に記憶しているのは、自室で本を読んで、夏休みの課題を少しだけやって、風呂に入ったり歯を磨いたり……いや、家に女の子がきたんだっけ? でも女友達なんて僕には一人もいなかったはずだが……。

 どれだけ考えても、わからないものはわからないので、僕は推理をやめた。どうせ医者なり親が説明してくれるだろうから。とはいえ、他にやることもないので退屈だった。本でもあれば別なのだが、それらしきものは見当たらない。

 しかし、テーブルの上に、スーパーのレジ袋があるのを見つけた。手を伸ばすと、ぎりぎり取れた。袋の表にはノートの切れ端がセロハンテープが貼りつけられている。

〈早く元気になってね。母より〉

 袋の中身はリンゴのドライフルーツだった。りんごは好物だから嬉しいが、それなら本も一緒に入れてほしかった。気が利くようでいて、気が利かない親だ。まぁ、気遣ってくれるだけでもありがたいということにしよう。

 レじ袋からドライフルーツを取り出し、パッケージを開ける。

 甘酸っぱい匂いが、鼻腔を刺激した。

「真守君」

 声が聞こえた。

 ベッドの真横には、少女が座っていた。

「こんなところで会うなんて、奇遇ですね」

 僕はリンゴの匂いを嗅ぐたびに、少女を視るようになった。

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ライター少女 クロスグリ @crosgre

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