第二話 夢占い部の伝統

 そうしてあの日はやってきた。まず僕が始めたのは事実確認からだった。

「きみ、どこからきたの」

 何者なのか、身元不明のこの少女になにから質問すればよかったのか僕にはわからない。よく見ればパジャマ姿の、ピンク髪の少女といういで立ちに現実感がなかったのもあるかもしれない。とりあえず、近所のこどもがなぜか迷い込んでしまったというオチが一番ありがたい。

「どこってここだよ」

 少女は僕の頭を指さし小突く。冗談なら勘弁してくれ。

 見た目から年齢を推測して、中学生ぐらいだろうか。不思議な言動が少女を幼く見せる。いや、尋ねたほうが手っ取り早いか。

「きみ、いくつなの」

「はじまったばかりだよ」

 どういうつもりなのか。答えになっていない。

 考えてみれば、なにか目的があって僕の部屋に忍び込んだかもしれない、いってしまえばグレーな人間なのだから質問にまともに答えない可能性もある。しかし、それにしては受け身な姿勢で、なにかを要求するわけでもなく、少女の様子はといえばなんとなく部屋をぼんやり眺めるばかりだ。

「…名前は?」

 いつまでも少女ではなんと呼べばいいのか。この際偽名でもいいだろうと、質問する。

「えー! なづけおやがわすれるのはひどーい!」

 この言葉に面食らう。赤の他人だと思っていた相手と、僕には接点があるのか?

「ゆめだよー! もうかえられないからね!」

 そうだ。ゆめ。気が動転していた時にこぼれた言葉を、名前をもらったとゆめは誤解したんだった。

 

 手をこまねいているうちに時刻は朝の4時。母親が朝食の準備をするのに起きだすのが6時ごろ。親にはばれたくない。この調子のゆめと親を合わせた時、僕がどう思われるのか、…誘拐とか。少し怖かったからだ。このままではただ時間だけが過ぎていく。

「…なにが目的なんだ?」

 ゆめに直球の質問をぶつける。

「はっちーにこっちでもあいたいなーっておもって…みたいな?」

「きちゃった♥」

 一瞬思考が止まる。予想外。…ゆめは僕に好意を持っているということか? いやいや、そんな話を間にうけてはいけない。それより重要なのは

「僕の名前を知っているんだな…」

 ゆめが僕の名前ハチを親しみをこめた形で呼んだことだ。その場合僕のことを調べた上での潜入ということになり、計画性があることになる。

 やはり危険な相手なのかもしれない。性別や容姿で判断すると危ないかも。

「ゆめは はっちーのゆめなんだからはっちーのあたりまえならわかるよ?」

 ゆめがしゃべるたびに僕は混乱している気がする。なんといった? 理解が追い付かない。

「もー! だからー ゆめはゆめのひとなんだよー」

 わかってくれとゆめは主張するが、そう夢を連呼されると否が応でもわざと無視している昨日のことを思い出してしまうではないか。

 ―夢占い部。

 関係があるはずもないのに、そこでフードの先輩から言われたことを思い出してしまう。


「私どもを、頼ってくださいね」


 ばかげているとは思う。しかし、一人ではこの状況を打破できないのも事実で僕はその時誰かに頼りたかったのだろう。それにこの不思議な状況を、あの先輩ならいらぬ疑いを持たずに解決する力になってくれると思ったのだ。

 学生鞄から、部活紹介のチラシを取り出す。

「なになにー」

 ゆめが後ろから覗きこんでくる。…甘い良い香りがする。

 いやダメだ。集中しなくては!


 チラシはいつ紛れこんだのか、受け取った記憶のない夢占い部のものだ。

 そこには文化系で、それも占いの部活には似つかわしくない朝練の文字が記されていた。

「朝練って…なにすんだよ」

 部活棟二階203 7時 朝練。書いてあるのはそれだけ。7時なら今からでも十分に間に合う。

 しかし見知らぬ少女を連れて、校門をくぐれるのか。うちの学校は有名だから、正門には警備員がいる。それをどうかいくぐる? また運よく入れても、在校生徒に一切見られずに部活棟の部室までたどり着くのは不可能だ。そうなると僕のよくない噂が流れるかもしれない。それは避けたい。

「まいった…」

 打開策を考え出すと、現実が見えてきて、見ず知らずの少女を学校にまず連れていくことの異常性に気付いてしまう。うだうだいわず警察に届けるべきなのだ。誘拐、そう思われない保証はないが未成年の僕ならまだ大丈夫――

「なにがまいるのー?」

 そこでゆめに思考を中断される。

「お前をどうやって隠すかってこと」

 自分で言っておいて、なかなか危ない発言だと思う。

 ゆめはそこには触れずあっけからんという。

「ならゆめ きえられるからへいきだよ?」

 ……ん?…なんだって?

「だからー ゆめ おきてるひとにはきづかれないんだよ」

 ここにきて、このゆめがなにかの漫画を信じ切ったただの痛いファンなのではないかと思い出す。そうなら関わりのない所でやってほしい。僕を巻き込んでほしくない。

 そう思うのは容易だが、実際にゆめに伝えるのははばかられる。中二病は卒業しろとはいいづらい。

 僕が思春期の少女はどうすれば傷つけずにすむか考えていると、僕の目の前でゆめはその姿を消した。

「あっ!」

 一瞬のことだった。ゆめはなにかをする予備動作すら見せずに、僕の前からいなくなったのだ。

 消えたというよりか、僕のみた白昼夢だと考えたほうがまだリアリティがあるが、しかしそれは、すぐにまた現れたことでありえない仮定になる。

「どうなってるんだ…!?」

 朝から、いや正確には昨日から僕の周りで突然おかしなことが起きている。

 僕は頭がおかしくなったのか?


 ぎゅっと、ぬくもりと甘くて優しい香りに突然包まれる。ゆめに抱きしめられたのだ。

「ちょ…っと!? なに!」

 慌てる僕の背中を、ゆめはぽんぽんと叩く。

「はっちー あってからずーっとふあんそうにしてるの」

 誰のせいだ。といは言えなかった。ゆめのぬくもりは、僕の心を落ち着かせるのに十分な効果を発揮した。

「そんなのいやだな… だいじょーぶだよ…?」

 僕はちょろいやつなんだろうか。そう言うゆめからは敵意は感じなかった。むしろ…

 警戒心はいつの間にか氷解して、ゆめに対する僕のスタンスは半信半疑ということにした。

 つまり、頭ごなしに信じることも疑うこともしない。


 今はそういうことにしておく。とりあえずは。


 朝はいつもより早く家を出た。両親には不思議がられ、部活の朝練だと言うと、なんの部活に入ったのかと聞かれ、慌てて飛び出したのだ。

「きもちーねー」

 朝の清涼感のことだろう。ゆめは姿を消しているが、声だけはする。どうなっているんだか。

「声は周りに聞こえないのか?」

「うん。 わたしがみえないのは はっちーがおきてるからだもん」

 よくわからない。それならゆめを見ていた時、僕は寝ていたのか?

「うーん。ちがう。ねたひとにはかくせないんだけどおきてるひとならえらべるの」

 寝ていない人には、姿や声を見せるかどうか自由に選べるということなのだろうか。しかし、

「ねたひとがおまえを必ずみることができるっていうのもよくわかんないな。ねたことないやつなんかいないだろ」

「え~? いっぱいいるよ?」

 

 学校にいくまでの間、僕はずいぶん不審だっただろう。なにせずっと独り言をつぶやいているようにみえただろうから。

 ゆめと話してわかったことは、ゆめは僕の見た夢の住人で、現れた目的は正直自分でもわからず、姿や声をみせる聞かせる相手を自由に操作できる。ただし、ゆめがいうにはおきているひとだけとのこと。

 このおきているひととはどういう意味なのだろうか。

 反対にねたひとからは、ゆめの姿は隠せないのだそうだ。これも、言葉通りの意味ではないのだろう。普通に受け取れば、ゆめが姿を僕に隠せる訳がない。

「僕はどっちなんだ?」

「えーと、ねたのにおきてるひと?」

 なぜ疑問系。ますますわからない。

 僕の幻覚でなければ、こんな超非日常を、高校の部活が解決できるわけがない。

 と考えていた所で、丁度正門が見えてきた。

「おっきー! わたしもセーラーきたいなー」

 ゆめは、校舎をみて興奮し僕の前をいく女子生徒を見て、うらやましそうにいう。

「よくわかんないけど、服は変えられないのか? その、夢の住人なんだろ?」

「えー? がくせいにならないときてもだめだよー」

 どういう理屈なんだろう。ただ、否定しなかったので変えられるのだろうか。そうならば…どういう理屈なんだろう。

「…いまから会うのは夢占い部っていう部活の人で、まあ、お前を紹介する」

 ゆめには事前に説明したほうがいいだろう。なんといっていいのか困りものだが。

「なんてしょうかいしてくれるのー? うんめい? たいせつなひと!?」

 一人で興奮しないでほしい。…ゆめのひとだろうか。

「ひねりがない!」

 そういわれても。僕自身ゆめのことは謎なのだ。


 部室棟は、校舎を丸々部室に充てられている。初めて足を運ぶ場所だが、なんとなくその景観には見覚えがあったので、なんなくたどり着いた。

 すれちがう他の生徒が、ゆめにきづく素振りはない。安心しつつ、やっぱりこれは僕の妄想なのでは、ついそう考えてしまう。

「ここなのー?」

 そう思いつつも、夢占い部 203の前まできてしまった。ゆめには黙っていてもらう。ごくりと生唾を飲み込む。少し落ち着きたい。

 頭の中で、シュミレーションはしたつもりだ。しかしうまく説明できるか。

 土壇場でそんな逡巡してまう僕を、女性の声が一喝した。

「邪魔です。そこに立たれると」

 ゆめの声ではない。ゆめはもっとひらがなな感じだ。では…

「え」 

 その人物は、考えてみれば当然の相手で、あの後入部を決めたのだろう、一年の代表を務めたあの彼女だ。流石にもう胸に花はさしていない。

「どうしたんですか? 用事があるんでしょう」

 ドアを開いて、先に入るよう促される。

 もう、引き返せない。


 夢占い部の部室は、スカスカの本棚と雑然と長机の上にある書類の山以外にめずらしいもののない、平凡なものだった。

 もっと、よくわからないお香がたかれているとか、カーテンをしめきって怪しげな蛍光灯に照らされて…みたいなイメージをもっていたのに、現実は窓を開けて換気をしている。

「どうも、きました、ね」

 書類の山の向こうに、ローブ姿の先輩が見える。忙しそうだ。

「待ち構えていたみたいに聞こえるんですが」

 ローブの先輩は、今日はフードを被っていない。なんだか自信のなさそうな顔で、髪型は適当に後ろで結ってある。小柄な人だ。

「ええ、じつは、まってました」

「………」

 答えに窮していると、空いている席に座るよう促される。そこで、適当な所に座ると意を決し

「あの、急にこんな話、たぶんなにそれって思うと――」

 そこで言葉が途切れる。目の前に湯呑がおかれたからだ。

「あっどうも」

「まだ、あったかいので、どうぞ」

 お言葉に甘えて、一口すする。この部屋は窓を開け放っているのでじっといていると少々寒い。

「落ち着き、ましたか?まずは軽い、自己紹介でも…」

 確かに、僕たちはお互いのことをよく知らない。そんな相手に頼ろうとするなんて、僕もよっぽどだな…。

「天野ハチ…。自己紹介ではよく名前をネタにしてるんですけど。ほら、ハチってあの犬の。そこからとってるんです。辛抱強いところが長所ですかね?」

 定番の自己紹介をする。反応はあまりよくなかった。

「はぁ。そうですか、私は佐々良めぐみです、よろしく」

 ローブの佐々良さんは僕に…たぶん笑いかけてくれたんだろう、ぎこちなかったが。

「高木まくらです…よろしく」

 後ろからも自己紹介、というより名乗りがあった。代表の女子だ。

「…まくら?」

 聞き間違いだろうか。そう聞こえた。

「まくらで間違いはありません。…なにか?」

 有無を言わせない迫力があった。思わずいやっと口ごもる。

「まあまあ、本題に、入りましょう」

 佐々良さんが話を本筋に戻す。

「夢の、件で、お話があるんでしょう?」

 どきりとした。ゆめの名前が紛らわしいのだ。夢占い部なのだから、夢について聞いてくるに決まっている。

「あの、夢の内容が現実にもおこると思います?」

 とりあえずは探りをいれるみたいな話し方になる。

「正夢って、こと、ですか?」

 ああ、それだ! まさしくその夢だ。なんで思いつかなかったんだろう。

「ええ、そうです! そのことで…」

「違います」

 はい? 高木さんが急に横槍を入れてきた。なんだというのか。

「貴方の悩みは正夢ではありません」

「なんで、高木さんにそんなことがわかるんですか…」

 不可解だ。疑問に思う僕を高木さんは面倒くさそうに

「まわりくどいのはやめましょう。後ろの少女についてでしょう?」

 と言い当てた。思わず、高木さんの示したほうを見る。ゆめのやつ、かくれてないのか!? しかし、部室にはゆめの姿はない。

「なんで…? 高木さんは ねたひと…?」

 ゆめの説明が正しければそういうことになる。

「なんですかそれは。とにかくこの部は…いえ、出すぎましたね。すみません。先輩どうぞ」

 と佐々良さんに発言を譲る。

「まくらちゃん、気を遣うことは、ないんですよ。…おほん」

 咳払いをして佐々良さんはローブのフードを被る。彼女なりに気合を入れたのか。

「ハチくんが体験したのは夢占い部での仕事と関係することでして。ハチくんは正夢だと言われてそうだってなったと思いますが少し違っていまして。信じられない話だと思うのですがその時は自分の体験したことを思い出してください。腑に落ちるはずです」

 一気にまくしたてられる。さっきまでのとぎれとぎれに話していた佐々良さんとは思えない。いつか見た興奮状態だろうか。

「ハチくんが体験したのはムゲ。漢字に書くと、夢の現。見た夢が現実になる、そういう現象です」

 ムゲ。聞いたことがない。

「夢現が正夢と違うのは、初めて見た夢現とは、永遠に現実として残る。つきあっていかなくてはならない所です」

「え、えいえん?」

「そうです。死ぬまで」

 ゆめと、一生? このまま? 僕の混乱は無視され話は続く。

「人によって様々なタイプに分かれるんですが、ハチくんのような夢の住人が現実になる夢現はめずらしいんですよ」

 タイプ? 夢見た内容がそっくりそのまま現実になるのではないのか。

「例えば私の夢現は、予知。予知夢をみたんですね。それが現実になり予知の力を手にいれた。しかし場合によっては予知ではなく、予知した夢の内容が力になる人もいるし夢の登場人物が現実になる人もいます。同じ夢を見たとしても同じ力を手にするとは限らない。なぜなのかはいまだ謎でして」

 なるほど。ならもしかしていままでのことも

「ええ、夢現に悩む二人の男女を予知したんです」

「それならそうと、いってくださいよ…」 

 考えてみれば、勧誘には興味を持たれないようにして部外者との接点を少なくして、僕だけを呼び止めたのは予知であらかじめわかっていたからと考えると合点がいく。

今日の混乱は話してくれていれば、いくらかましになったかもしれない。

「体験しないことには信じてもらえないものでして」

 それは一理あるが…。

「そんなわけで判明していないことがまだたくさんある夢現ですがその特別な事件を解決するのがこの部なのです。夢占い部は仮の姿なのですね」

 その割には夢占いに熱が入っていたように思えるが、余計なことはいわないことにした。それよりも、ひとまずは安心した。夢現のスペシャリストのようだからだ。

「それよりなぜ彼女はいまだにしゃべらないの? 見えているのだから無意味だわ」

 高木さんがひと段落したところで当然の疑問を尋ねる。 隠れているようにいっていたっけか。

「た、たしかに。おーいゆめ! もう隠れなくてもいいんだぞ!」

言い終わるのとほぼ同時に、あの特徴的なピンク髪が部室の真ん中に現れた。

 …そこにいたのか。

「あたしは ゆめっていいます! しんちょうはわかんなくて たいじゅうはないとおもいます! としはきょうからかぞえでいっさい すきなものはこれからさがしていくとおもいます! じこしょうかいはしたいけど あんまりはなせることがありません!  …!! あっ すきなものはありました! それはですね! はっちーです たぶんどんどんすきになるよていです! じこしょうかい おわります!」


 怒涛の攻勢だ。部室は静まり返った。誰もなにもいわない。黙り込んでいた間、自己紹介を考えていたのか…。僕はただただ恥ずかしさからうつむいていた。

 

 僕は夢現の、ほんのさわりを佐々良さんから教えてもらった。もっと知りたければ是非手を貸して欲しいとのことだ。困ったことがあったら助け合いだとも。


 僕はすぐには了承できなかった。夢現によってどんなひどい目にあうのかわからないからだ。そんな僕を、佐々良さんはゆっくりきめていいといってくれたし、高木さんは冷たい視線を送ってくれた。ゆめはというと夢占いの本を熱心に読み始めていた。


 僕の夢現は片付いた。そう思っていた。でも、僕はすぐに別の夢現に巻き込まれることになる――

 


 


 

 


 

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