第一話 夢現

 僕の名前は天野ハチ。この名前はあの犬の名前からとっている。辛抱強い子どもになるようにという親の願いが込められているそうだが、15年間この名前に耐えている僕は、その願いに応えられているだろうか。みたいな自己紹介をする。

 憂鬱な入学式も終わり、次に待っているcクラスのミーティングでのことだ。

 クラス担任の道村先生はなんだか生徒受けが良さそうな人で、今回は当たりを引いたようで一安心だ。

 皆が軽い自己紹介を終えると、後はもう解散ということになった。

「帰ろーぜー」

 多摩カズが鞄片手にやってくる。

「お前、部活は?」

 てっきりすぐさま入部手続きをするものだと思っていたが、申請書類は見当たらない。

「野球は三年やったしもういいや。そんで天野は?」

「僕は四年目も帰宅部だよ」

「むり」

 なにいってんだこいつ。

「天野知らない系ー? 高校からは部活強制だぜー?」

 そういえばそうだった。なんだかそんなことをミーティングで聞いた記憶がある。

「ひとごとじゃないだろ。じゃあカズはどうすんだよ」

 カズは肩をすくめた。

「絵を描く」

 いや、それはどうやらカズなりの絵を描くポーズだったらしい。

「なんだ、もう決まってるのか。ならさっさと申請済ませれば?」 

 今度こそカズは肩をすくめた。

「おいおい、ウチの部活の多さはんぱねえだろ。絵にもいろいろ種類あるだろ」

 それはその通りなのだが、カズに言われるとむかつく。

「勧誘合戦してるだろうし、その中で一番イイ絵を描くところに決める」

 部の勧誘に用いるだろう宣伝看板やチラシで判断するということを言っているのだろう。たぶん。

「なら、僕も見て回ろうかな」

 

 そういう訳で、僕たちは部活動の勧誘合戦の真っただ中へ乗り込んだ。

 まずこんなにも部活があるのだと驚いた。ここで勧誘している部活ですべてな訳ではないことを考えると、計り知れない数になる。

 なるほどな。やんわり強烈な勧誘アタックをかわしながら思う。

いくら、ウチが部活動に力を入れているといっても、きっと全体で使える部費はこのすべての部活を満足させる金額ではないだろう。その上人数の多い部活や、輝かしい結果を残した部に、部費の割合が大きくなることを考えると、拡声器にビラマキ、よくわからない定期券を押し付けられたり、それらでわちゃわちゃしたこの空間に多少は納得がいく。

 立ち止まるとキツイ勧誘が待っているのでグルグルと辺りを周りながら、部活の物色をする。すると、カズが足を止める。

「なんだ、決まったのか?」

 カズの方を見ると、立ち止まっているのは山岳部の前だった。コロコロ意見が変わるやつだ。あきれながら声をかける。

「お前、絵はどうしたんだよ」

「いや、この山の絵、いいなあって」

 絵であるといえなくもないが、それは正しくは写真だ。部員らが装備を固めて、標高なんメートルだか書かれている木の杭ようなものの横で笑顔の写真だ。

「どうせ、登る前に飽きるだろ」

 カズは飽きやすい。どうも野球を三年続けられたのも、カズの話によると無理やり続けさせられたそうだ。厳しい教員によって。

 初期費用がずいぶんお高そうな山岳部へは、さすがに警告してやるのが友の優しさだろう。

「おう!」

 元気よく返事をしながら、カズは山岳部への申請書類に名前を書いた。

 こいつめ。


 カズのことは見捨てて、僕はなんとなくぶらぶら辺りを見て回った。

同じ部活にすればいいやなんて考えていたが、興味のない山登りに高い金を出すのには抵抗がある。詳しくはないが、絵なら備品を使えばいいし、きっと高くはないだろう。そういう腹づもりだったのだ。

 しかし参った。絵といってもこれだけ部があると決められない。なんとなく文化系の部の辺りをウロウロしながら考える。スポーツには自信がない。

「すいません」

 声をかけられた。なんの不思議もない、この状況だ。勧誘されたのだ。ただ、その声があまりにか細いものだったから、それがこの空間に似つかわしくなく意外だったから思わず足を止めた。

 相手はなぜかローブのフードを被っていて、口元以外の表情はわからない。ちらちら見える制服から女子でセーラー服のスカーフから二年生であることだけがわかった。他の部活と違って主張する看板も、そもそも部の名前すら見当たらないのでなんの部活なのかわからない。少々不気味で相手の出方をうかがっていると、もごもごとその女子はしゃべる。

「どぅですか…? 私どもの部活…」

 そう言われても。なんの部活なんだかわからない。

 あっそうでしたとおずおずとその女子は頭を下げる。腰の低い先輩だ。

「私どもの部はですね…夢占い部なんです」

 夢占い。失礼を承知でいうが三年やるのは退屈そうな部だなと思った。

「当たるんですか? それって」

 適当に話してから断ろうと、軽口をたたいてしまった。結果、ローブの先輩は興奮しだす。

「当たりますとも! なにせ夢ほど確かな判断材料って占いの中でありますか!?

私、タロットとか、手相とか、そんなものが判断材料にはならないって思うんで す! だって夢だけはその人の体験の延長だから!夢占いは占い界唯一の希望なんです!!」

 占いの中でどうだろうと、占い事態胡散臭いと思う僕からすると大して違いはない話だ。そんな僕の考えが表情にでたからか興奮して気が大きくなったらしいローブ先輩が、

「じゃあ、あのっ、占います!」

 と、提案してきた。まあ、歩き疲れたし座れるのなら休憩がてら占ってもらうか。と僕はそれを承諾した。

「まずっ、最近見た夢を、教えてください」

 当然、僕が見た夢の話をする必要があるわけだが、最近記憶に残っている夢が思いつかない。大体すぐに忘れてしまう。うむむと考えていると、僕は驚くものをみた。

 各部は、横に長い折りたためる机と、椅子を規模に合わせて配置しているが、夢占い部の机には、入学式のあのときの一年代表の女の子が座っていた。

 気づかなかったのは、彼女が身を丸めるようにしてなにやら書類に書き込んでいたため、顔と胸の花が見えなかったからだ。それを同じ机に座ることで気づいた。

 入学式のこともあって気まずい。まだ、相手は気づいていないようだがあの書類を書き終えると、顔を上げることだろう。すぐに退散してしまおうか。

が、しかし遅かった。彼女は顔を上げてしまった。じっと見つめあってしまう。

 あの時は寝ぼけていて気づかなかったが、彼女は平凡な言い方で恐縮だが美人だった。

 さらさらと黒いロングヘアは、手入れが行き届いていて、若干キツイ目つきとよく似合う。一年の代表だったことから賢いのだろう。

 焦る、彼女のほうはなにを考えているのかわからない、表情からは読み取れない。あっさり彼女は僕から目線を外すと、ローブの先輩に

「お話中、すみません。先輩、書類書き終わりました。この後は?」

「あぁ、ちょっと、待ってね。占いすんだら部室いこっ」

 なんたることか。彼女の前で占いは続行された。

「それで、思いだせた、かな?」

「はい…」

 今さっきのことなのに、もうあの夢を忘れかけていた。代表の女子を見て思い出した。

「一番新しいやつがいいんですよね?」

 ローブ先輩に確認する。すると、代表女子はなるほどといった声を漏らした。

 あの時のことかと思い当たったようだ。非常に肩身が狭い。

「はい。やっぱりパーソナルな部分って変化していくと思うんです!変わらないところもありますけどそれはたくさんお話きかなくちゃわからないことで…」

 どうも、また興奮させてしまったらしい。ローブ先輩の声質で早口で言われるとよく聞き取れない。

「じゃあ、夢っていえるのかわからないですけど。今日…その…みた夢で」

 そこでみたピンク色の話をする。鮮やかな色彩と甘い香り。語りかけてくる声。話はじめる時にはなんとも思わなかったけれど、これってその、暗喩というか、色々な受け取り方をされてしまうのではないかと思い出した。……性的な。

 しかし、ローブ先輩は首をかしげ、判断に困っているようだ。だから

「いや、やっぱり夢というよりあの子の花が印象に残って寝ぼけた頭がなんとなく受け取ったってだけの話ですよ!」

 なんだか必死になって、変に受け取られない様よくわからない弁解をしてしまっている。

「それって夢だと思う」

 意外なことに、代表女子が話に加わってきた。

「あなたの話ではピンクを私の胸の花から連想したんだってことだけど、それって変よ」

 なにが、といいかけた所で気づく。その花は正面からはピンクだが、その花弁の裏、つまり横からみるとその色は白にみえるのだ。

「答辞を読んでいるときあなたには私の背中しか映らないし、横に座ってからもピンクに見えることはない。第一造花で匂いなんてしないし」

 それに、

「わたし、あなたに声をかけたのは一度だけ」

 

 なんなんだいったい。占いから、一転怪談じみた話になってきた。いや、これが夢の出来事ならその限りではない!

「あの、まあなんとなく、占いました」

 ローブ先輩は一人考えていたらしい。どうやら占いは終わったようだ。

「こんな情報量で、わかることなんてあるんですか?」

 ローブ先輩は少々残念そうにいう。

「だれが、悪いというわけでもなく。この夢には続きが、あるんです」

 そう断言する。なにか根拠のある話なんだろうか。

「続きを、みたら慌てずに私どもを、頼ってくださいね」

 これまたよくわからない話だ。怪談を続けようというのか。

「終わりですね。先輩、部室にいきましょう」

 すっと立って代表女子が切り出す。早く部室に行きたいがため、協力的だったのかと思えてしまう言動だ。

「やっぱ女子って占い‟なんか”に興味があるんだ?」

 ついやりこめたくなって、いやみな言い回しになってしまう。

 それに彼女は答えない。

「そう、ですね。じゃあ、部室にいきましょうか」

 ローブ先輩は立ち上がると、てきぱきと机を片付け始めた。

「いや、勧誘もうやめるんですか?」

 思わず口をついてでてしまう。時刻でいえば、まだまだ粘れる時間帯だ。

「いいん、ですよ。2人だけ、という予定でしたから」

 どういう意味なのか計りかねていると、代表女子の手伝いあってかあっという間に受付の一式は片付けられ、二人は部室のある校舎のほうへ消えていった。

「なんなんだよ…」


 結局、その日は部活を決めることはできなかった。帰り道でも、つい夢占い部のことを考えてしまう。

 いかんいかん。これで夢占い部に興味をもって、しまいには入部するなんてことになったら、新興宗教に騙される信者も同然だ。

 あの二人は変人で、少々その毒気にあてられただけだと考えることにした。

 そのうちに、明日から始まる学校生活に思いをはせたり、お気に入りのドラマを見たりしているうちに、眠るころにはそんなことはすっかり忘れていた。


 ベッドにもぐりこみ、スマホをなんとなく見つめる。カズから写真が届いていた。色々あってすっかりカズのことを忘れていた。写真にはカズが上級生と肩を組み、ピースサインをしている姿が写っている。もう山岳部に打ち解けているようだ。あいつの飽きっぽさが露呈しないうちは仲良くやっていけるだろう。

 なにか返信しようとして眠気が襲ってきた。明日話せばいいかと目をつむった。




  ぴんく?


 そうだピンク色だ。一面ピンク。既視感があるが、はっきりとしない。目の前にあるそれがなんなのかわからない。それが、ゆらゆらと揺れると甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 目をこらす。――それは、髪だった。


「わたしをみて」


 はっきりと聞こえる。なんだか前に聞いたことのあるような声だ。

 髪の毛が邪魔だ。これをかき分けないと。そうしてかきわけつづけると声がよりはっきり聞こえてくる。


「なまえをつけて」


 名前がないのか? しかし顔を見ないことにはつけようが。そこで手が止まる。

 かわいらしい顔がこちらをみていた。瞳が少女漫画みたいで、宝石のようだった。 目が離せない。彼女も目を離さない。そして、ゆっくりと僕の首へと腕を回す。自然と距離が近づいていく。唇がゆっくりと動く。なにかしゃべるつもりなのか、それとも――


 僕は悲鳴をあげて彼女を突き飛ばす。その反動で僕は

 ベッドから落ちた。


「いてて…」

 夢か。あれ、夢みてたんだっけ。どんな夢だったか。ピンクの女の子がでてきた! そして―それからのことを思い出そうとするが、判然としない。


 ベッドから落ちて目を覚ますだなんて初めてだ。寝ぼけまなこでベッドに這い上がった僕は、そこで目にしたもので悲鳴をもらした。

 暗闇の中、ベッドの上にだれかが座り込んでいたからだ。


「あ! えへへ。もぅ。なまえはー?」


 僕にきづいて笑いかけてくる。そしてなにやら抗議してくる。

 誰だ。しかし気が動転していて声がでない。ただ、事態が呑み込めず呆然とするばかりだ。

 僕が無反応なのに業を煮やしたのか、むこうから近づいてくる。

 暗闇のせいでその姿はわからない。あどけなさの残る声から少女だということしかわからない。

 

「ねーなまえはー?」

 甘い香りがした。こんな状況なのに嗅いだだけで心が休まるような、そんな香りだ。

「…ゆめ」

 それは僕の本音がこぼれた一言だった。この状況を現実として受け入れられなかったのだ。似通った夢をみたせいもあるかもしれない。

 それを少女は勘違いしたらしい。

「ゆめかー。しんぷるいずべすと だね」


 目的のわからない不気味な存在のはずなのに、話を聞いていると少女からは恐ろしさを感じなくなっていく。


 一度冷静になろう。寝起きの頭では事態を整理できない。とりあえず部屋の明かりだ。相手の姿も見えないのでは始まらない。


 明かりのスイッチに手を伸ばし、少し躊躇ちゅうちょする。

 もし、その姿が恐ろしい怪物だったら。

 なぜそんなことを考えてしまうのか、自分でも苦笑する。

 とにかく明かりだ。部屋のLEDはぱっと暗闇を掃った。

 少女はまぶしそうに目を細める。


        ―ぴんくだ。


 髪の色だ。まずそれが目についた。染めないとありえない色が、少女には違和感なく自然で、似合っている。長いピンク髪で服装はわからないが、足はちゃんとある。

 ピンク髪の少女は暗闇で今まで見えなかったのだろう部屋の全容をきょろきょろと楽し気に眺めている。


 僕はどうすればいいのだろう。少しずつこれが現実だと認識していくのと同時に、かなり厄介なことになってしまったんだと、僕は理解した。

 



 これが僕の、長く付き合っていくことになる夢現むげという現象との最初の夜だった。













 


 

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