muge_夢現~夢見た少女じゃいられない~

@akasatana11

プロローグ 夢うつつ

 夢について、真剣に考えたことはなかった。この場合の夢は、眠りについたときのものだ。荒唐無稽で、現実感のないもの。そこで殺されようがきっと僕は悩んだりすることはない。だって目覚めて、朝食をとるころには忘れているものだからだ。

 

 とりとめのないもの。夢の内容で大騒ぎするのはバカバカしい。

そう思っていた。あの日までは―


 あの日について語るために、少し前の出来事から話すことにする。

 四月の入学式、高校の進学にあまり感慨はなかった。なにせ僕の場合はエスカレータ式というやつに乗っかっていて、受験勉強なんて遠い記憶の底、お受験って言ってたっけ。あの頃にまでさかのぼらないといけなくなる。

 無論名の知れた学校になるのだが、編入組と比べて僕たちエスカレータ組は、のほほんとしていた。中学生から高校生になることに、制服だとか校舎だとかが変わることには色めきだっていたが、高校生になることへの自意識みたいなものは、明らかに劣っている気がした。

 

「うぉーい! 天野」

 校門の辺りで元気一杯に声をかけてきたのは同じくエスカレータ組の多摩カズ。

「朝から元気なのはいつものことだけど、どこからでてきてんだよ」

 カズは校門から現れた。待ち伏せしていたことになる。

「おんなじクラスだったぜ! 今年もよろしくな」

 そう。こいつは自分のことでいっぱいいっぱいなやつなのだ。決して無視されたわけではない。同じクラスになった喜びを伝えたかっただけなのだ。

「とりあえず一年よろしく」

「いやーっ三年仲良くいっしょだろ!」

 カズはそういって元気に笑う。

 毎年行われるクラス分けは、生徒には分からない基準が多いが、基準の大部分に成績が影響することは周知の事実だ。そういった皮肉のつもりでいったことにカズは気づいていなさそうだ。

「文系・理系で別れるだろ?」

 理由はまだある。当然僕は理系でカズは文系だろう。

「あーそれな! クラスはc組だったわ!」

 なにがそれなのか。カズの、このコロコロ話題が変わる所は相変わらずだ。しかしそのおかげであの掲示板前の人だまりに、クラス確認をしにいかなくて済むことを考えると、まあいいかという気持ちにもなった。


 式を執り行う体育館につくまでに、カズと他愛ない会話をした。

 今年の桜がどうとか、編入組についてだとか。周りの騒がしさに比例して、カズが大声で話すものだから少し速足になっていたかもしれない。

 体育館につけば、カズとはしばしの別れだ。出席番号順に座ることになるからだ。


 そして式は何事もなく進行していった。視線は気がつけば時計やら、なぜか空席の左の席にいってしまう。僕が出席番号では一番のはずなのだけれど。

 退屈だ。このあとはなにが残っていたか。一年の代表がなにか答辞を言って、生徒会長がそれに応えてさらに校長が話して―。およそ15分、いやこの予想は僕の希望が入りすぎているだろうか。その倍はかかるだろうと思ったところでどういうわけか眠たくなってしまった。

 本格的に眠りこけてしまうと後でこっぴどく怒られる。そこで自分なりの抵抗は試みたのだが、かえってこのうたた寝の様な状態は気持ちがいい。

 景色はぼやけ、視界に映るものの形が失われていく。色だけが残ったときに、違和感を覚えた。


              あれ、ぴんく?


 変だな。親御さんの服の色か? いや、席は僕の後ろ側になるからそれはありえない。寝ぼけていて、僕はそんなどうでもいいことを思案し始めた。

 桜。いや、小窓からそれは見えなかった。

 そもそもピンクではない。いや、確かにピンクだ。

 

 目を覚ませばいいものを、このふわふわとした気持ちよさを手放したくなくて、時間もつぶせるからと言い訳して考えていると、徐々に眠気が押し寄せてきた。

 目をつぶれば、色は失われるはずだ。ところが色は鮮やかに、匂いまで湧き立ってきたと感じるのだ。

 いままでに感じたことのない感覚に、戸惑いはなかった。もう眠くてまともに考えられない。

 鮮やかなピンクと、なんだか春を感じさせる甘い匂い、次に―


「ねえ、わ□×を△て」

 

 ―声? 僕に話しかけている。何度も。しかし聞き取れない。私語厳禁の式で、話しかけてくる人がいるだろうか。なら、僕は夢を見ているのか。いや、だいぶ前から夢だったのではないか。しかし、夢の中で平時のようにものを考えることができたのは初めてだ。

 その声に耳をすまそうとして、ピンクは突然失われた。


 左肩に手。どうやらゆさぶられたようだ。それはいるはずのない隣に座る女子によるものの様だ。

 おかしいな。僕の出席番号は一番で、二年の生徒は前列だ。つまり、僕の左隣に誰かがいるはずはない。空席のままのはずだ。


「悪いけど、起きて」

 さっきの声は彼女のものだったのか? 違和感を覚えつつも、そう納得することにした。

「いや、ごめん。僕が悪かった」

 小声で謝る。寝ている所を先生に見られたら、僕は勿論、それを注意しなかった隣の彼女も怒られる可能性はある。

「いえ、私が悪かったのよ。退屈な話を聞かせたのも原因だろうし」

 彼女はなにを言っているんだ? まじまじと彼女を見つめる。

「ごめん、なに話しかけてくれたんだっけ?」

 その時の僕は寝ぼけていたことを強調しておく。

「!」

 明らかに彼女はむっとしたことがわかった。それまではどちらかというと自嘲気味だったのが、サッと目つきが変わる。

 そこで僕はようやく気がついた。彼女の胸にピンで止めてある花は、一年の代表者の証だ。つまり―

「…よかったと思うよ。答辞」

 後の祭りでそのうえ墓穴を掘ったようで、彼女は鋭い目つきのまま、式が終わるまで口を開くことはなかった。

そして後になって知ったのだが、どうやら一年の代表は答辞を読み上げるまでは教職員なんかの特別席でスタンバイして、読み終わった後はなぜか一年の席に戻るそうだ。その際スムーズに着席できるよう一番端に座るのだとか。隣の空いていた席の意味が分かった。


 そして、ピンクの正体は―なんてことはない。彼女の胸に差してある花びらだ。

 きっとどこか目の端にでも映ったのが印象に残って、夢に反映されたんだろう。

時間が合わない気もするが、そこは寝ぼけていたことで説明がつく。


 ただ一点、あの甘い香りはその胸の花からはしてこなかった。


 










 

 


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