第13話
河原はススキに覆われて、すっかり秋の気配になっていた。オレはセイタカアワダチソウに向かって虚空三段蹴りをやってみたが、体勢を崩して派手に転んだ。
「バカだなぁ、ギブス取れてからやりなよ」
キハチはオレを見て笑った。
「おかしいなぁ。あの時はできたんだけどなぁ」
オレは起き上がりながら、頭をかいた。
あれから二週間。キハチの捻挫は完治したが、オレは右腕骨折、全治六週間でギブスをしている。
あの後、虚空三段蹴りを食らってのびていた社長は、キハチとみさが呼んだ警察によって現行犯逮捕となった。罪状は殺人未遂だそうだ。
あの日社長は、ずっと部屋の中から外を監視をしてた。オレがマンションを出たのをみた社長は、覆面と金属バットを持ってあとを追った。そして、トンネルに入ったのを確認して、襲い掛かってきたのだ。
オレが目を開いたときには、社長は倒れていた。虚空三段蹴りの感触が右足には残っていた。
あとで師匠が白状したけど、虚空三段蹴りってのは『空手バカ一代』に載っている漫画の技だった。師匠は成功どころか、試したこともなかったらしい。ということは、現在、オレは世界で唯一の虚空三段蹴り使いということになる。
事件が終わってからオレたちは忙しかった。地下アイドルの自殺原因が、事務所社長との色恋情事となれば、そりゃワイドショーが黙っていない。警察の事情聴取の合間に、テレビ、新聞、雑誌の取材。オレたちはメディアから少年少女探偵的な扱いを受けた。
オレはそれなりに面白かった。キハチ曰く、有頂天になっていたそうだ。だけどみさの提案で、できるだけ早く沈静化するように、メディア出演はできる限り断ろうと決まった。世間が絵美のことで騒いでいるのを見るのは、確かに辛いものがあった。そうこうして二週間もしたら、誰も絵美のことを話題にする人はいなくなった。薄情なもんだ。
「でも、ネコちゃん。ほんとにどこに行ったんだろうね」
みさはススキを猫じゃらしのように揺らしながら言った。
社長を倒した後、すぐにライオネスを探したんだけど、どこにもいなかった。あれだけ金属バットで殴られたんだから、出血ぐらいしていてもよさそうだったが、トンネルの周りにライオネスの痕跡はなかった。もしかして、本当に妖怪だったのか。あいつ。
スマホが鳴った。お母さんから、夕飯のメールだった。
『今日はカレーに油揚げを入れてみました』
文字の後に、インド人の絵文字が使われていた。インド人は、カレーに油揚げ、入れないと思う。
あれから、オレは玄関から家に帰っている。骨折していると、ブロック塀を登って二階から入るの無理だしね。
下り坂の急カーブを抜けると、向川団地が見えてきた。色々と一段落したから、絵美に報告もかねて事故現場に花を供えにいくことにした。
団地の裏に行くと、まだ大量に献花してある場所があった。
「絵美、ここで」
そこまで言うと、みさは献花の場所から目を逸らして涙を浮かべた。キハチはみさの肩に手を置いた。いざ、現場に来てみると、やっぱり重苦しい気持ちになる。
結局いろいろあったけど、オレたちは絵美に対して何もできなかった。オレたちの気持ちは多少済んだかもしれないけど、絵美を助けられなかったのは変わらない。
---お前たちも仲間ならば、助けてやれんかったのか。
ライオネスが言った言葉を思い出す。
あの時からすでに、何をやっても遅かったのかもしれない。
泣き止んだみさは絵美に話しかけた。
「絵美。ごめんね。もっと気づいてあげられることが、いっぱいあったと思うの。でも、もっと信じて、わたしにも話してほしかったな」
それから、みさはあの三日間のこと、キハチが轢かれたこと、占い師のこと、クルミの実のこと、オレが社長に虚空三段蹴りを食らわせたことを話した。
「そうそう、あとね、不思議なネコちゃんがいて、人間の言葉を話せるんだけどね、絵美の遺書を届けてくれたの。ネコちゃんがいなかったら、きっと社長に仕返しできてなかったね」
---そうじゃろう、吾輩のおかげじゃぞ
「えっ!」
三人が振り返ると、そこには黒白の、タキシードを着たような柄のハチワリ猫が座っていた。
「ライオネス!」
「ライオネスさん!」
「ネコちゃん!」
驚くオレたちをしり目に、ライオネスは立ち上がると、着いて来い、といった感じで歩き始めた。
「おい、ライオネス。どこ行ってたんだよ、心配してたんだぞ」
ライオネスは答えずに、ずんずんと団地の奥の方へ歩いて行く。迷路みたいな団地を抜けると、目の前にススキ野原が広がった。
「きれい」
みさがつぶやいた。
夕暮れに照らされたススキは金色に光り、秋風に揺れている。茜色の空には、細い月が薄く光っていた。
「すげぇな、これ」
今まで何度もこの団地に来ているけど、こんなところがあるなんて知らなかった。
「なんか色々大変だったけど、僕たちよくやったよね。絵美も少しは、良かったと思ってくれたかな」
夕日と細い月を見ながら、キハチは言った。
「たぶんね。な、そうだろ、ライオネス」
ライオネスはニヤリと笑って、こう答えた。
「にゃあ」
「ライオネス?」
そういうとライオネスは、金色のススキ野原へ走って消えた。
それから、オレたちがライオネスに会うことはなかった。
今宵の月は ネコの爪痕 近藤 セイジ @seiji-kondo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます