第11話

 次の日、学校が終わるとみさと一緒にキハチの病院へ向かった。

 キハチの怪我は全治二週間で、念のため明後日まで入院するとのことだった。

 今日は病院に集まって、昨日起こった事を三人でまとめることにした。

「本当に、ネコちゃんを事務所においてきちゃったの?」

 病院に向かって歩きながら、みさは信じられないといった表情でオレを見た。

「大丈夫さ。ライオネスは妖怪だから」

「妖怪相手でも、やっていい事とわるい事があるんです」

 その後、病院に着くまで、みさにはライオネスの件でグチグチ言われる事になった。そんなに悪い事をした気はないのに。

「ほれ、買ってきてやったぞ」

「ありがとう」

 病室につくとキハチに頼まれていたハンバーガーセットを渡した。

「病院食じゃ全然足りないんだよね。こんな時こそ、ハンバーガーを食べなければいけないよ、人類は」

 なんでいきなり人類の話なったのかわからんが、キハチはすごい勢いでハンバーガーを食べ始めた。部屋中がハンバーガーのにおいに包まれた。病室が個室でよかったよ。オレとみさもポテトをつまみながら、昨日の起こったことを三人でまとめた。

 みさは昨日、スイポテで絵美と一番仲の良かったメンバーと連絡が取れて話をした。スイポテの練習は月、水、金の週に三回だったが、絵美は自殺した先週の金曜日、練習に来なかった。その子は絵美にメールを送ったけど返信はなかった。絵美が練習を休んだのはその時が初めてだったそうだ。

 社長に関しては、あんまり評判が良くないようで、所属タレントに対して手を出すという噂があるらしい。過去にスイポテをやめたメンバーの中でも、社長との関係が原因で卒業という名の強制引退をさせられた子がいたとか、いなかったとか。

 キハチは事務所に行って、疑惑の社長に遺書のことを話した。社長は三十代中頃で長身のそこそこイケメンだった。遺書のことを伝えても、普通にびっくりしていただけで、変わったところはないもなかったそうだ。遺書を見たがったが、今は手元にないと伝えると、よかったら明日もってきてくれないか、と頼まれた。昨日の明日なので、今日ってことだ。

 オレも昨日起こったことをざっと話した。絵美のおばさんについては、話をだいぶ端折って伝えた。傘で殴りかかられて、正当防衛とはいえ反撃したとなると、色々面倒くさいことになりそうだし。

「それで、ライオネスさんを本当に置いてきたのか?」

 ライオネスを事務所の窓に押し込んできたことを話したら、キハチは呆れ果てた。

「まあな。何の収穫もなく帰るのは癪だし、あいつは妖怪だから大丈夫だろうと思ってさ」

「それはライオネスさんが、どの程度の妖怪かにもよるだろうし」

「ライオネスぐらいの妖怪なら、大丈夫だよ。昨日、ネットで調べたら、猫又ってウィキペディアあったぞ!」

「ぜんぜん、大丈夫ではないぞ!」

「ライオネス!」

 いつの間に入ってきたのか、キハチのベッドの上にライオネスが飛び乗った。

「よくここまで帰って来れたな。電車で四駅もあるのに」

「貴様に復讐しなければならぬの一念で何とか帰ってきたのじゃよ」

 ライオネスはベッドの上で毛を逆立てて威嚇した。

 ライオネスの足元には派手なケースのスマホがあった。

「あ、それ。絵美のスマホじゃない」

 みさはベッドの上のスマホを拾い上げた。

「おぬしが何か手がかりを探してこいというから、ソファの下にこれが落ちておったので持ってきたわい。少々、骨が折れたがのう」

 絵美のスマホは電源が切れていた。みさのものと同じ機種だったので、充電して起動させてみた。どうやら壊れてはいないみたい。起動はするが、中を見るにはパスコードが必要だった。

「心当たりは?」

 みさに聞いてみた。

「ないわ」

「誕生日とかは」

「ちょっと入れてみるね」

 みさは絵美の誕生日、五月二十八日から0528と打ってみたがエラーとなった。

「ちょっと待て。この機種ってたしか三回間違えるとロックがかかるはずだ」

 キハチはそう言うと、もう一度何かを入力しようとしていたみさを止めた。

「あと二回しかないから慎重に行こう。みさ、絵美の好きなものってなんかあるか」

「スーパースリーのサトシかな」

 みさは最近流行りのアイドルグループ、スーパースリーの遠藤サトシの名前を挙げた。

「3104」

 キハチがつぶやいた。

「なにそれ」

「語呂合わせだよ。3で『さ』、10で『と』、4で『し』だ」

 キハチはメガネを直しながら、したり顔で説明した。そういえばこいつ、歴史の語呂合わせとか考えるの得意だったな。

「よし、みさ、行ってみよう!」

 みさが3104と入れたが、エラーとなった。

「やっぱり違うかぁ。チャンスはあと一回だな。これってパスコード三回ミスるとどうなるの?」

「三十分後にまた入力できるようになるけれど、さらに三回間違えると、中のデータが全部消えるようにも設定ができた気がするわ」

「次をミスったら三十分は使えないってことだね。とにかく、次は慎重にいこう」

 キハチは冷静に言った。

「みさ、絵美の好きだったもの、ほかにはないのか」

「さっきから考えてるんだけど、すぐ思いつくのは焼き肉ぐらいしかないわ」

「4129」

 キハチは即答した。

「よ、い、に、く、か?」

「そうだよ」

「ちょっと待て、1129で『いいにく』って可能性もないか?」

 なんでキハチが『よいにく』で即答したのか、気になったので聞いてみると、キハチは理路整然と答えた。

「いいかい。複雑なパスコードを考える人の心理として、最初の一桁は0と1を避けるはずなんだ。なぜならそれは、誕生日を四桁パスコードに設定した場合、必ず最初の一桁目の数字は0か1になってしまう。せっかく複雑なパスコードを考えたのに、誕生日型パスコードと同じ一桁目になることは避けるはずなんだよ。だって、僕がそうだから」

 しっかり理論武装しているようで、キハチの個人的な意見だった気もするが、今はそれ以外の候補がない。みさは4129と慎重に入力した。

「あっ」

 みさが声を上げた。なんと『よいにく』で当たりだったようだ。ってか、絵美、なに考えてんだ。

 亡くなった人のスマホの中身を見るのは少し気が引けたが、ここまで来たら乗りかかった船だ。親友のみさもいることだし、中身をチェックすることにした。

 まずはメールを確認したが、自殺にかかわることは何もなさそうだった。六月ぐらいに、同じクラスの二宮とやり取りをしていて、その内容が付き合いそうな雰囲気になっていた時には、少しざわざわした気持ちにはなったが。

 LINEを確認すると、『スナフキン』という名前の相手と夏休みに入った辺りからやり取りをしている。これが、どう見ても深い仲になっている感じだった。

「この、『スナフキン』ってのが怪しいね」

 全部読み終わったキハチが言った。

「そうだな。よく出てくる『K』ってのはなんだろうね」

 今週に入ってからのやり取りに、『K』というローマ字が頻繁に出てきた。

「なんかの略語か、頭文字じゃないかな。文脈からは読み解けないなぁ」

 最後のやり取りは先週の金曜日の夕方で、絵美がスナフキンに『会いたい』と送信している。そこから先はLINEで電話していて、何を話したかはわからない。

「このスナフキンというのが、社長かも」

 半信半疑、といった感じでキハチが言う。このやり取りの中には決定的なことは、何ひとつ書かれていなかった。

「ま、直接聞きに行って来れば、わかることでしょ」

 オレが立ち上がると、みさが止めた。

「やめておこうよ。これ以上、わたしたちで何とかできる話じゃないと思うわ」

 キハチも頷いた。

「そうだよ。僕を轢いたのが社長な可能性がある以上、直接会うのは危険だよ。警察に任せておくべきだよ」

 絵美の遺書をポケットにしまうと、オレは答えた。

「ここまで来て、このまま最後は警察に任せるとかありえないでしょ。まあ、大丈夫だって。遺書を渡してくるだけだよ。ついでに、ちょっと社長と会ってくるだけだ。みさ、なんか紙みたいなの持ってる?」

「え、こんなんでよかったらあるけど」

 みさはカバンからウサギ柄の可愛らしい便箋を出した。

「それでいいよ。サンキュ。」

 便箋を受け取ると、ベッドの上で寝ていたライオネスを小脇に抱えた。

「おい、ちょっとまて。なんだ。どうした。吾輩はもう行かないぞ。今帰ってきたばかりじゃ」

「一人で行くのはさみしいだろ。せっかくだから、一緒に行こうぜ」

「私も行くわ」

 みさは強い眼差しでオレを見た。

「だめだ。オレ一人だったら、なにかあっても何とかなるかもしれないけど、みさを連れいってなにかあったら、それこそな、うん、まぁ……、なんていうか、そういことだよ」

 オレが途中からキハチを見て話していたので、みさはキハチを見た。キハチは顔を真っ赤にしてうつむいた。

「何だよ、それ」

「まぁ、いいってことよ。ちょっと行ってくる。八時を過ぎて連絡なかったら、警察に電話してくれ」

「おーい、ちょっと待て。盛り上がっているところ悪いが、吾輩は行かないぞ。行きたくないって言ってるぞ、さっきから。吾輩はなにかあってもいいのか。おい。聞いておるのか。おーい」

 絵美を追い込んだヤツも、キハチを轢いたヤツも許さない。昨日と同じ道を自転車で駆け抜けた。ライオネスは、まだかごの中で恨み節を言っている。

 夕焼けは空を真っ赤に染めていた。遠くには薄く、月が見え始めている。そういえば、今日が満月だって、クラスの誰かが言ってたな。

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