第9話
道場から出るとスマホが鳴った。みさからだ。
スマホ越しに、みさが慌てた声を出した。
「大変なの……。キーくんが、車に轢かれて」
あまりのことに言葉を失う。
「キーくんのお母さんから連絡があったの。救急車で第一総合病院に運ばれたらしいの。どうしよう。キーくんまで死んじゃったら、わたし……」
みさの声は震えていた。
「大丈夫だ。そんなに簡単に死んでたまるか。とにかく病院で集合にしよう」
「わかったわ、すぐに行く」
エアコンの室外機の上で寝ていたライオネスを自転車のカゴのぶち込むと、第一総合病院へ急いだ。いきなり死ぬとか無しだぜ、キハチ。
病院の前にみさが待っていた。
「場所は?」
「305号室だって」
それだけの言葉を交わすと、みさと一緒にキハチの病室へ走った。
「キハチ!」
個室のベッドに横たわるキハチの顔の上には、白い布がかけられていた。
「うそ、でしょ」
みさは言葉を失って床に座り込んだ。まじかよ。冗談きついぜ。何がどうなったら、こんなことになるんだよ。
ベッドの近くに行くと、キハチの顔の上の白い布が小刻みに揺れていた。奥の机には食べかけのリンゴがおいてある。オレはキハチの遺体の首をつかんだ。
「おい、お前」
「は、離して、ごめんなさい」
キハチはそう言うと生き返った。このあとキハチは、みさの気が済むまで叱られ続けることになる。
「まぁ、よかったよ。何ともなさそうで」
みさの怒りも一段落したところで、リンゴをつまみながらキハチに言った。このリンゴ、うまいな。
「いやぁ、轢かれた時は本当に死んだと思ったよ。すごくふっ飛んだから」
メガネが割れたのか、いつもとは違うメガネをかけたキハチが言った。
キハチの話をこうだった。
スイポテの事務所に行ったら社長しかいなくて、一通り話を伝えて帰ってきた。その後、事務所の最寄り駅近くのトンネルで、後ろから車に轢かれた。あのトンネルは昼間でも人通りがほとんどない。夕方であの時間なら、だれも通行人はいないだろう。トンネルの中でかなり飛ばされて、今までの記憶が走馬灯のように流れ出しそうになったけど、何とか踏みとどまったとのことだった。本当かどうかはわからんが。車はそのまま逃げていった。怪我の状況としては、右足の捻挫と擦り傷だけ。頭を打っているかもしれないので、今日はこのまま入院するらしい。キハチのおばさんは着替えとかを取りに、一度家に帰っているところだった。
「そういえば、これ。大切なものだった?」
キハチはポケットから砕けたクルミの実を出した。
「事故の時に割れてしまったみたい」
「マジか。あのおっちゃん、本物か?」
砕け散ったクルミの実を受け取りながら、オレはキハチとみさにクルミの実を手に入れた経緯を話した。占い師のこと、色々と言い当てられたこと、これから大変なことがあると言われたこと、クルミを持っていろといわれたこと。それから、オカマだったこと。
「なんだか本物っぽいね、その占い師」
キハチが真面目な顔で言った。
「キーくん、そのクルミに助けられたのかもね」
「いや、偶然でしょ、偶然」
二人がオカルトよりの発言をし始めたから止めに入った。
「しかし、メガネ殿が調査の帰りに轢かれるというのは、偶然ですかのぅ」
どこから入ってきたのか、キハチのベッドの上にライオネスは飛び乗った。
「おい、ネコが病院に入ってきちゃダメだろ」
ライオネスは無視して布団の上で毛づくろいをしながら言った。
「普通に考えたらおかしいじゃろ。友人の自殺理由を調べるために芸能事務所に行った。事務所には社長しかいなかった。社長から話を聞いた。直後、人通りの少ないトンネルで背後から車に轢かれる」
なるほど、オレもピンときた。
「事務所の社長が犯人ってことだな、ライオネス!」
「あっ、そのセリフ! 吾輩の見せ場を! ずるい!」
ライオネスは毛を逆立てると、オレを威嚇した。
「もしかすると、絵美の遺書の『あの人』も、社長かもしれないわ」
みさは、言った。
「そうなのか?」
「今日、スイポテのメンバーの子から聞いたんだけど、夏休みの頃に絵美と社長が二人で会ってるところを見たって子がいたのよ。」
「それじゃあ……」
「キーくんを轢いたのも『あの人』も、社長かもしれないわ」
そうとわかれば、こうしちゃおれん。オレはライオネスの首根っこを掴んだ。
「ちょっと、行ってくる!」
「おい、どこ行くんだ?」
キハチの声を背中で聞いて、オレは病室を飛び出した。まだ事務所に社長がいるかもしれない。自転車のカゴにライオネスをぶち込むと、駅に向かって全力でペダルをこいだ。
事務所の場所はこの街から四つ先の駅だ。駅前に着くと、駐輪場に自転車を止めて学生服を脱いだ。ライオネスを学生服に包むと、改札を通り抜けてホームに行った。電車は発車したばかりで、ホームには誰もいなかった。少し遅かったか。十五分後の八時半まで電車は来ない。
「ライオネス。電車の中では大人しくしててくれよ」
「わかったが、このおぬしの汗臭さは何とかならぬのか。鼻がもげそうじゃ」
ライオネスは不満げに学生服から顔を出した。
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