第6話
「ネコに犬のカリカリを出すことについて、お前たちはどう思っているのだ?」
ライオネスは不満げに、キハチの持ってきたドッグフードを食べながら問いかけた。あの後、オレたちはキハチの部屋にあがった。そして、いまだに目の前の光景を信じられずにいた。ネコ、普通にしゃべってるし。
ライオネスの話をまとめると、ライオネスは『猫又』という妖怪らしい。長生きしたネコは人間の言葉が話せるようになる、とのことだ。ネコにとってはそれほど珍しいことでもないそうだ。
「ライオネスはなんでそんな武士みたいなしゃべり方するんだ?」
さっきから気になっていたことについて聞いてみた。ドッグフードを食べ終えたライオネスは顔を洗う手、いや前足を止めてこちらを見た。
「ライオネス?」
ライオネスは不審な顔をしたが、すぐに状況を把握したみたいだ。
「それは吾輩の名前だな。人間はこちらの都合に関係なく、勝手に名をつけるからな」
「なんだよ、なんか他の名前あるのかよ」
「いや、おぬしらがライオネスと呼んでいるなら、それでよい」
ライオネスはまた前足で顔を洗い始めた。
「で、なんでそんな口調なんだよ」
「口調はたまたま、昔の主人が広島出身の老人だったからじゃ。吾輩は主人が吾輩のことを吾輩と呼んでいたから、吾輩は吾輩のことを吾輩と呼んでいるのじゃ」
「吾輩、多すぎじゃね?」
「吾輩が自分の一人称だと知ったのは人間の言葉がわかるようになってからじゃ。じゃがな、吾輩はその前から吾輩じゃ」
オレとライオネスの不毛なやり取りに嫌気がさしたのか、ベッドに寝転がって遺書を見ていたキハチが、えいっと体を起こした。
「ところで、ライオネスさん。この遺書だけど」
「あぁ、その紙か。メガネ殿、それには何が書いてあったんじゃ」
キハチ、改めメガネ殿はライオネスに遺書の内容と絵美のことを話した。絵美はオレたちのクラスメートだったこと。自殺したこと。そして、この紙は死ぬ前に絵美が残した遺書というものだということを。
「人間はわざわざ自分で死ぬのか」
ライオネスは驚いた顔で言った。
「残念だけど」
キハチはまじめに返事をした。
「人間とはわけのわからん生き物じゃな。自ら命を絶つなどということはネコにはわからん」
「そういう意味では、人間の方がネコよりも弱いかもしれませんね」
「絵美は、」
みさが真剣な表情で話し始めた。
「どんな顔で死んでいたんですか」
ライオネスは大きな目を細めた。
「顔は見えんかったが、旅立つ前の娘の魂は、ひどく悲しい色をしておったわ。若くして死ぬというのは、何であろうと無念なものじゃろう。お前たちも仲間ならば、助けてやれんかったのか」
返す言葉は、どこにも見つからなかった。
絵美を助けることは本当にできなかったんだろうか?
先週、絵美の変化に誰か気が付けなかったのか。
そもそもなんで、絵美は自殺なんてしたんだ。
それすらオレ達は知らない。遺書に書いてある、『あの人』って誰だ。
「みさ、なんで絵美が自殺したか知ってるのか?」
「いや、知らないわ。でも、」
みさは少しためらいがちに言葉をつづけた。
「少し前に、絵美から年上の彼氏ができたかもって言われたの。まだ微妙な感じっだから、付き合うとことになったら私にはちゃんと紹介するって」
「それって、誰なんだろ?」
「だいぶ年上の人だって。あと、学校の人じゃないとも言ってたわ」
「その彼氏が、遺書の『あの人』ってことか?」
オレがそういうと、二人は黙ってオレを見た。ついでにライオネスも。
「とりあえず、そいつを探してみないか? このままじゃ気持ちが悪くて、寝つきが悪すぎる」
「キミはどんなに気持ち悪くてもすぐ寝られるだろ?」
キハチがメガネを直しながら答えた。
「るせえな」
「でも、探してみよう。この遺書を警察に持っていっても、きっとこれ以上は動いてはくれないと思うし」
「わたしも、絵美が誰のせいで自殺しなきゃいけなかったのか知りたい。絵美を追い詰めたやつは許さない」
言葉の端々から、みさの強い決意が感じられた。
「じゃあ、」
ライオネスは大きく伸びをして言った。
「吾輩も力を貸してやろう」
「えっ!」
三人の声が重なった。
リアルネコの手なんて、足手まとい以外の何物でもないでしょ。オレはキハチを見た。キハチもオレを見た。いやいや、こんなの、どう対処したらいいかわからないぞ。こういうのは、頭脳派のお前の役目だろう。
「なんじゃ、不満か?」
「いや、あの、ライオネスさんはおネコ様ですから、人間よりも色々できないと思いますし、足手まといになるかもしれないと思うのですよ、えぇ」
キハチが敬語だけど、すごく失礼なことを言った。
「そこらあたりは大丈夫じゃよ。いろいろできるぞ。例えば、ネコのマネとか」
ライオネスはネコらしく、にゃあ、と鳴いて見せた。
「それ、マネじゃないぞ」
オレはがっくりと肩を落とした。まぁ、いいか。少し邪魔なだけだろう。きっと。
それからオレたちは、どうやって『あの人』を探すかを相談した。手がかりは学校外の人で年上ってことしかなかった。絵美はバイトをしていなかったので、一番怪しいのはスイポテ周りだ。ファンとか、ライブハウスの人とか。ライブハウスでバンドと一緒にライブをやったりもしていたみたいだから、そこまで含めるとかなり範囲が広がる。
みさはスイポテのメンバーの何人かと連絡が取れるから、メンバーから情報を収集することにした。キハチは事務所の人となんとなく面識があるので、事務所に絵美の遺書の内容を伝えて、何か知っていることがないかを聞きにいくことにした。面識っていってもライブハウスで見かけたことがある、ってレベルらしいが。オレはというと絵美のおばさんに絵美の遺書を渡しに行くという、一番ヘビーなミッションが与えられた。大切なことだし三人で行くべきだ、と異議を唱えたが、子供じゃないんだから一人で行って来い、とキハチに一喝された。なんだか、釈然としない。どう考えても、外れクジだぜ、これ。
「吾輩はどうすればいいのじゃ」
「うーん」
キハチは少し考えた。
やっぱり、どう考えてもライオネスは足手まといだ。言葉を話せるネコなんて連れてたら、どこに行っても怪しまれるに決まっている。
「さっき、一人じゃ寂しいって言ってたから、キミと一緒に行ったら?」
「はぁ?」
「だって、そもそもキミが連れてきたんだしね」
なんだか気にさわる言い方だが、もめても仕方ない。もしかしたら、キハチはまだ昼間のことを気にしているのかもしれない。
「じゃあ、ライオネス。オレと一緒に行くか?」
「うむ、やぶさかではないぞ」
ライオネスはそれなりに乗り気だった。キハチはうなずくと、話をまとめた。
「それじゃあ、決まりだね。今日はもう遅いし、いったん解散しよう」
玄関で靴を履きながら、オレは小さな声でキハチに言った。
「昼間は悪かったな」
キハチはびっくりした顔をした。照れくさかったが、昼間のことはきちんとしておかないと気持ち悪い。
「あぁ、いいよ。こちらこそゴメン」
キハチも恥ずかしいのか、ぶっきらぼうに答えた。
オレはポケットの中をまさぐって、入っていたクルミの実をキハチに渡した。
「なに、これ」
「仲直りの証だよ」
「なになに、なんの話?」
みさが話に入ってきた。キハチとオレが絵美のことでケンカしていたなんてこと、みさが知ったらバカにしてくるに違いない。
「何でもないよ。女子には関係ない話」
「えー、二人だけ、なんかずるい」
キハチは食い下がるミサを外に追い出しながら言った。
「ずるいとか、そんな内容の話じゃないよ。それじゃあね」
キハチはオレたちを外に出すと、玄関を閉めて鍵をかけた。やばい。このままだと、みさがオレに質問して来るのは目に見えている。急いで自転車にまたがった。
「じゃあな、バイバイ、オヤスミな、みさ」
「あー、ずるい。何なの、二人して」
「おい、こら。吾輩を置いていくな! それに乗せていけ!」
力いっぱいペダルをこいで、みさとライオネスを置き去りにした。明日は忙しくなりそうだ。
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