第5話

 舗装されていない竹林を、自転車で駆け抜けた。笹の葉がビシビシ当たって痛い。けれど仕方ない。この道がキハチの家への一番の近道なのだ。

 竹林を抜けた国道の信号で捕まった。ここの信号は長い。信号無視のタイミングを探したが、自動車はぜんぜん途切れない。

 待ちきれずに、キハチに電話をした。

「もしもし」

 スマホの向こうのキハチは、昼間のことがあったからか、明らかに不機嫌な声を出している。だけど今は、そんなことかまってられない。

「三分後に行くから、ちょっと出てきてくれ」

「どうしたの? こんな時間に」

「大変なもん手に入れちまったんだよ」

 家の前に行くと、風呂上りでTシャツ姿のキハチが少し寒そうに待っていた。

「いいから、これを読んでみろ」

 不審な顔で紙を見ると、キハチは無言で読んだ。顔つきがみるみる変わっていく。

「ちょっと、これ、どうしたの」

「ネコが、ネコが持ってきたんだよ」

「ネコ?」

「そうなんだよ、ネコがしゃべったんだよ」

「ん、ちょっと待て、なんの話?」

「夜に、ネコが来て、遺書持ってて、話して、オレが読んで、自転車のって、お前が読んで、今ここだよ!」

「ちょっと、落ち着いて。それに、とりあえず、みさも呼ぼう」

 キハチはスマホを取り出すと、みさに電話をした。

「もしもし、みさ、ちょっと出てこれる? いや、急用なんだ。ちょっと外に出てきて」

 みさの家はキハチの家の隣だ。洋風の建物にイングリッシュガーデンってやつなのか。庭にはバラが咲き乱れていた。どこからどう見てもオシャレな家だ。

 しばらくすると、パジャマ姿でいつもの長い髪をお団子にまとめたみさが玄関から出てきた。

「えっ、キーくん一人じゃないの。誰かいるなら、先に言ってよね、バカ」

 みさはまた家の中に消えていった。

「お前だけだったら、パジャマでオッケーなのかよ。キーくん」

「まぁ、そうだね、まあな、そうだね」

 キハチは耳を真っ赤にしてたじろいだ。

 キハチとみさは生まれた時から幼馴染だった。キハチはみさのことが好きなんだろうと思う。みさも、キハチのことが好きなんだろう。誰が見ても、お似合いのカップルだと思う。でもキハチ曰く、付き合ってはいないらしい。幼馴染だと、恋愛に発展するタイミングが難しいのかもしれない。キハチはみさに関してはいつも奥手だ。

「おまたせ」

 髪をおろして、ピンク色のパーカーに着替えて、軽くメイクまでしたみさがあらわれた。

「ちょっと、これを読んでくれ」

 キハチは神妙な顔でみさに紙を渡した。読むとみさは嗚咽と共に泣き出した。

「絵美……、なんで。どうして」

 オレもキハチも、泣きじゃくるみさを見つめたまま、どうしてあげることもできない。

 今回の件で、一番辛いのはみさだ。高校に入ってからずっと絵美とみさは親友だった。どちらかというと、絵美がみさを慕っている感じ。みさもそれを悪くは思っていなかった。外から見ていると、二人は姉妹みたいだった。落ち着いているみさがお姉さんで、絵美はおてんばな妹のようだった。

 今、みさにどんな言葉をかけてもウソになるし、なんて声をかけていいかもわからない。こういう時って、友情なんてのはバカみたいに無力だ。見守るしかない。

「これ、どうしたの」

 少し落ち着いたみさが言った。

「うちによく来るネコが持ってきたんだよ」

 少し迷ったが、真実をそのまま伝えた。

「ネコ?」

「んで、ネコがしゃべったんだよ」

「ネコがしゃべった?」

「そうなんだよ」

「何なの、そのウソ。なんでこんな時にウソつくの」

 みさはオレを睨みつけた。

 絵美の死を茶化していると思ったみたいだ。助けを求めようと、キハチの方を見たけど、キハチは目をつむったまま何かを考えているふりをしている。そういえば、こいつも信じちゃいないんだった。

「ウソじゃないんだって」

 この状況だと、ウソじゃないっていうしかないのが悔しい。ウソじゃないって言うと、どんどんウソっぽくなっていくし。どうしたらいいのかと、天を仰いだ。その時、みさの家の屋根の上で何かがうごめいた。

「お嬢さん。そいつはウソはついていない」

 屋根の上には月夜に照らされたネコがいた。あれは……

「ライオネス!」

 この状況を打開できる、唯一のヤツがやってきた。

「ネコが、しゃべってる」

 みさは驚いた声を出した。キハチは固まっている。

「とりあえず、いったんどこかで落ち着いて話をまとめようじゃないか。吾輩はおなかも空いているし」

 オレたち三人は狐につままれたような気持ちで顔を見合わせた。実際には、ネコにつままれているわけだけど。

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