第3話

 道場からの帰り道、どうしても絵美のことを考えてしまう。なんで自殺なんてしてしまったんだろう。別に学校で飛び抜けてカワイイってわけではないけど、愛嬌があって、ちょっと目立ちたがり屋で、いつもクラスの中心にいた絵美。いろんなヤツと恋愛の噂は絶えなかったけど、別にそれが悪い気持ちにはさせない明るさが絵美にはあった。

「ちょっとまって。そこの坊や」

 銀行の裏道を通り抜けようとしていた。声の方を見ると、小さな机の前に座ったおっちゃんがろうそくの弱い光に揺られていた。おっちゃんはこちらに手をかざすと、指をクイクイっと動かした。

 うん。すげぇ、めんどうくせぇ。逃げよう。オレは足に力を込めた。その気配を察したのか、おっちゃんは早口でまくし立てた。

「同級生が自殺した。親友とケンカをしている。空手をやっている。奥義を教えてもらっている」

 全部あたっている。

「そして、その奥義の名前は……」

 オレは息を呑んだ。

「真空飛び膝蹴り」

虚空三段蹴こくうさんだんげりだよ」

「だと思ったわよ」

 おっちゃんをまじまじと見た。おっちゃんだと思っていた人はおっちゃんなおばさん、ようするにおネエさんだった。格好、変だし。軽く化粧してるし。でも、ひげ生えてるし。髪の毛を細く、後ろで結んでるし。

「坊や。珍しい相してるわね。あんた、きっとこれから大変なことに巻き込まれるわよ」

 いきなりなんてこという人だ、と思ったが、なんだか気迫に押されて聞いてしまう。

「あんたは三白眼っていう目をしているの。これは英雄の相なんだけど、同時に犯罪者の相でもあるのよ。今もそうだけど、あんた、興味を持つと黒目が大きくなるみたいね」

 たしかに、昔から興味があることとないことが、顔でわかるとよく言われる。

「いつもは冷静だけど、キレると手に負えないわね」

「キレたことがないからわからないよ」

 オレは素直に答えた。生まれてこの方、心から怒ったことなんて一度もない。別に、そこまで怒る必要なんてなかったからだ。

 占い師のおっちゃん、いや、おばさんは手を出せと言ってきた。オレは手を出した。

「なによ、これ。ますかけ線だし、覇王線はおうせんもあるし、仏眼相ぶつげんそうもあってソロモン線もあるわ! ちょっと写メとっていい?」

 占い師のおっちゃんなおばさん、もうめんどくさいから、このから先はおっちゃんでいいや。おっちゃんは明らかに興奮している。

「何なの、それ」

「どれか一つでもあればすごい線ばっかりなのよ」

「そうなの」

 オレは、そんなことよりもおっちゃんのウサンクささの方が気になった。さっきから、ウサンクサイことばかり起こる。

「イイこと。これから一週間、いや三日以内に本当に大変なことが起こるわ。それはまだ動いていなかった、あなたの運命が動き出す瞬間なの」

「運命? オレの?」

 あんまりの単語に吹き出しそうになった。んなことあるかい。

「あなたが望むと望まざると、あなたはそうなる星の下に生まれているの。そうだ、これをあげる」

 掌にすっぽり収まるぐらいの、固いものを渡された。なんか、小さい脳みそみたいだった。

「これは中国で樹齢五百年のクルミの実よ。肌身離さず持っていなさい。きっと、どこかで守ってくれるはずだから」

 おっちゃんはオレの手にクルミの実を握らせて、その上から自分の手をかぶせてきた。

「あたしの見た人の中で、一番だわ、あんた」

 おっちゃんの目はうっとりと潤んでいた。少しずつ顔が近づいてくる。これは、本格的にまずいヤツだ。オレはまだキスもしたことないんだぞ。女子とも付き合ったことないのに、こんなおっちゃんに襲われるのだけは、絶対いやだ。

「あ、あぁ、オレ、そろそろ行かなきゃ」

 息が切れるまで全力疾走した。世の中、恐ろしいことがあるもんだ。

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