第3話
「懺悔を希望する者が」
広間を出ると、ずっとそこに控えていたらしい下位の神官が、鋭い声でシュレーを呼びとめた。
ぎくりとして立ち止まり、少しためらってから、シュレーは振りかえった。
袖の中に手を隠して姿勢を低くした姿から、下位の神官はさらに低頭した。
「赤の聖堂に待たせてございます」
「もうすぐ日没だ、時間がないだろう」
なんとか苛立ちを抑えこみ、シュレーは取り繕った平静で応えた。
神殿の職務は夜明けから日没までと決められている。夕刻からは天使たちの会議が召集されたため、高位の神官が神殿にいたのは、今日の午後までのことだった。それまでに、今日の予定はすべて済ませた。飛び入りの懺悔者などには会う気がしない。
「猊下にぜひとも拝謁し、懺悔したいと……」
「誰だ」
「山エルフ族族長、ハルペグ・オルロイ・フォーリュンベルグでございます」
わずかに顔をあげて、伝令の神官は告げた。シュレーは苛立ちを忘れた。
山エルフ族族長ハルペグ・オルロイは、シュレーの叔父にあたる人物だった。
四部族同盟の成立を機会に、神籍を捨て、叔父の宮廷に籍を移したいと、内々に話をもちかけていたのだ。おそらく、それの返事を持ってきたのだろう。
「お会いになられましょうか」
「……赤の聖堂だな」
「お供いたします」
立ちあがりかけた下位の神官を、シュレーは杖で制した。
「ひとりで行く」
外套をひるがえして、シュレーは伝令の横を通りすぎた。平伏した下位の神官が、振りかえってシュレーの背を見送るのが感じられた。
高位の神官が一人歩きするのは珍しいことだ。シュレーは誰かが後ろからついてくるのが嫌いだった。作法の決まっている祭礼の時は仕方がないが、そうでもなければ、供をつれて歩くのは好きではない。
日没が近づいた聖楼城は、しんと静まり返っていた。
戒律で、その日の職務を終えた神官は、食事をしたのち房に戻って、決められた祈りの儀式をすませたら、あとは眠る以外にすることがない。部屋から出てはいけない決まりなのだ。
廊下で行き会うのは、見回り役の、武装した神官たちだけだった。僧兵たちは、シュレーの姿を見ると、廊下の脇へよって道をあけた。
聖楼城には、29本の尖塔があり、中央にある塔の下には、大聖堂がある。そのほかの塔にも、それぞれ聖堂が設けられており、その一つ一つに色の名がついていた。
赤の聖堂は、ブラン・アムリネスを象徴する尖塔のもとにある聖堂だ。そこには、日々、最後の慈悲を求めて集まってくる信徒たちが群れをなしている。そういった者たちと会い、懺悔を聞くのが、赤の聖堂の神官たちの職務であり、シュレーの仕事でもあった。
歩きなれた道筋をたどり、シュレーは赤の聖堂に行きついた。見上げるほどの大きさのある、黄金の扉は、すでに閉じられている。日没後には、すべての聖堂が閉鎖されるのがしきたりだ。中には、不寝番の神官が詰めているはずだった。
「扉を開けよ」
翼を使って、シュレーは中にいる神官たちに呼びかけた。もともと、ブラン・アムリネスがやってきたのに気づいていたのか、シュレーが言い終えるのを待たずに、扉はゆっくりと開き始めていた。
まだ開きかけの大扉をくぐりぬけ、シュレーは薄闇の垂れ込める聖堂の中に入っていった
燭台(しょくだい)を捧げ持った神官が、早足に近寄ってきた。
「オルロイは」
「懺悔室に」
顔に見憶えのある年老いた神官は、燭台をかざして、懺悔室に続く道すじを照らした。
「手短になさいませ。じきに日没でございます」
慇懃に、老神官は告げた。シュレーは頷いた。
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