機上より
薄暗い機内の中、女が細い指で窓をタッチすると現在の飛行位置と眼下に広がる山々の名称が表示された。
その表示を確認し、女は窓の端にあるスイッチを押しガラスを遮光ガラスへ変え頬を照らす陽の光を水色の薄明りへ変え、白い頬に影を落としながらゆっくりと長い睫毛に彩られた瞳を閉じた。
「お荷物、頭上に収納いたしますか」
キャビンアテンダントの問いに対し、アタッシュケースを膝の上においた若い男は
「あーアレだよ、ほら。
書類とは入っているのでこのまま抱えたいんだよね」
とやや落ち着かない表情で答えた。
スーツを着た中年の男は枕の入ったビニール袋を抱えていきびをかいている。
その横では同年代と思われる男性がいびきの主に対して迷惑そうな視線を向けていた。
(このAMA346便で10kgのエンジェルテールを密輸しているって情報は確かなハズ・・・
この機内で10kg以上の荷物を持ち込んだのは3人・・・このうちの誰が・・・)
曽我は白河 綺螺々、貫前 広兼、正木 魁皇(おうじ)をそれとなく観察し小さく溜息をついた。
白河 綺螺々、調べによると47歳となっているがその外見は20代後半程度に見える非常に美しい女性だ。貫前 広兼は中肉中背の31歳、ペットショップでアルバイトしているフリーター、そして怪しげなビニール袋を抱えて爆睡している正木 魁皇は55歳、商社の営業マンだ。
(しかしX線検査でも大量の錠剤を持っていた者はいない・・・)
機内持ち込み検査の際、正木の枕状の物体はX線検査でも普通の枕とは変わらず中は綿のみ詰まっていた。
その他の2名も重量があるものは厚手の書籍数冊とアルミ製の小箱のみで到底、大量の薬剤またはその原料を運搬しているようには見えなかった。
(取り敢えず機内での受け渡しがないか見張って、あとは入国時に押えるか)
曽我はぐっと拳を握り、力を込めた。
着陸後、曽我は審査官と並び白河の高級そうなボストンバックを改めた。
幅50㎝、マチ30㎝、高さ40㎝程・・・重厚感のある皮素材で開けてみると中は重厚な装丁を施した本が7冊入っていた。
「これは・・・何ですか?」
「写真集です」
艶然とした笑みで答える白河をちらりと見た曽我は本を手に取りページをめくった。
そこには素人くさくとても豪華な装丁が似合うとは言いにくい女が被写体として青い海をバックに見たくもない水着姿を晒していた。
曽我が厚みのある紙の手触りを確認した。
「和紙に印刷することによってとても柔らかい質感になるんです。
どうです?
何だかしっとりした質感がモデルの肌を直に触っているようにも感じられません?」
曽我は慌てて「そうですね」と赤面しながら返事した。
「この本は海外で買ったのですか?」
審査官が表情を変えずに数ページめくりながら訪ねると白河は
「いいえ。国内で企画し国外で印刷した商品サンプルです。
今回はクライアントへ印刷の質感などを確認してもらうために先行品を持ち帰って来ました。
関税申告済です」
曽我は渡された入国審査カードを確認しながら
(麻薬犬も反応なしか・・・)
白河の後ろをうろうろしている麻薬犬が全くこちらに興味を示さないことを確認した。
これはハズレか・・・曽我は装丁こそ豪華だが非常にお粗末な写真集を静かに閉じちらりと隣りの監査官を見ると彼はもう白河の荷物に興味を失ったようで次の人物の挙動を確認していた。
「そうですか・・申告書にある『商品サンプル』はこれだけですか?」
「はい。そうです」
白河は監査官と曽我にボストンバックの底と自分の手持ちの小振りのクラッチを開けて見せた。
ボストンバックの底には衣類が見え、クラッチの中には高そうな化粧品が数点あるだけだった。
「ご協力ありがとうございます。帰国カウンターはあちらです」
促す監査官に白河は笑顔で会釈しボストンバッグへ丁寧に写真集を詰め、去っていった。
「あんな写真集誰が欲しがるんすかね・・・。
あの女性(ヒト)の方がよっぽどモデルっぽかったっす」
そんな正直な感想を漏らす曽我に対し、監査官は
「モノズキっていますからね。乳だけはデカかったですし・・・」
白河が見えなくなった事を確認し小声で雑談をかわした。
次のビジター、正木 魁皇が監査テーブルにどんっとキャリーバックを乱暴に乗せた。
「荷物はこれだけ?」
「ああ。これだけだから早く終わらせてくれ。
この後、会議なんだ」
曽我は不快感を顔に出さないよう努め、キャリーバックを開けると・・・中は乱雑に詰め込まれた衣類とぼろ布に包まれた石像を見つけた。
外観を確認し中に何か隠せないかを探り、併せて先ほど撮影したX線写真と比較してみたが中に何も入っておらずただの石の塊であることを確認出来た。
その他、荷物の底にはB6サイズのタブレットがあり2重底にもなっていないことを手触りから確認した。
その横で監査官は正木が抱えていたビニール入りの枕を袋から出した途端、周囲に『もわん』と漢方臭が漂った。
「ちょっ・・・くさっ!!!!なんすかコレ?!」
「臭いとは失礼な。安眠を誘う良い香りじゃないですか」
げほげほと咳き込む曽我を横目に正木はすーっと息を吸い込みうっとりとした表情を浮かべた。
その横では監査官が慣れた様子でしれっとしながら枕を見分していた。
曽我も咳き込みつつ枕を触り持ち上げ、普通の枕と重さは変わらないことを確認した。
(重いのはあの石像のせいか・・・)
わんわんわんっ
麻薬犬2匹が正木を囲むように吠え始めた。
「わっ・・・何だ。誰のペットだよ?躾なってないな」
「麻薬犬です。
薬物所持の可能性がありますのであちらの部屋で調べさせていただきます」
制服警官が2名現れ、正木を連行していった。
(10kg密輸との情報だったがあの枕は1kgもない・・・
別の運び屋がいるのか情報が誤っていたのか・・・
取り敢えず正木を調べてからか・・・)
相棒である瀬川に連絡を入れ、曽我も取調室へ向かった。
大江戸少年捕物帳~Snow White~ もちわん @apismellifera8683
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