終章

オワリとコレカラ

 目を開けると、そこには真っ白な天井があった。見知らぬ天井だった。

 辺りを見回し、自分がベッドに寝かされていると知る。


「……ここは?」


 消毒液の匂いが微かに鼻をつく。どこか遠くの方で電子音がなっている。

 状況から察するに、俺は病院にいるらしい。

 頭がぼうっとしていて、前後の記憶が曖昧だった。

 起き上がろうとして、背中に痛みが走る。結局、起き上がることはできなかった。

 けれど、意識を失う前の記憶を思い出せた。

 俺は背中を刺されたのだ。刺した相手は沢渡と一緒にいた少女。そして、指示を出したのは――。


 俺は額に左手をやった。右腕には点滴の管が刺さっていた。

 頭痛がする。

 俺は先輩を取り逃がしてしまった。今度こそはと、思っていたのに。

 黒河凪沙も服部桃花も止めることはできなかった。それがずっと心残りだった。だから、先輩が消えるとしたら、その時は力づくでも止めようと思っていたのに。

 どうも俺は、肝心なところで失敗してしまう人間のようだ。まったく、情けない。

 頭の痛い話だった。


 そういえば、小岩井はどうなったのだろう。

 俺がここにいるということは。小岩井の意識が戻り、救急車を呼んでくれたのだろうか。

 わからないが、俺が大丈夫なら、きっと彼女も大丈夫だろう。

 ……。

 小岩井には悪いことをしてしまった。ちゃんと謝らなくてはいけない。

 早く会わなければいけない。

 そのためにはベッドから立ち上がれるようにならないと。

 自分の状態について詳しい話を聞くために、俺はコールボタンを押した。



 ☆



「椎名先輩は行方不明だって」


 病院の屋上にあるベンチに座り、俺と小岩井は話をしていた。

 目覚めてから数日が経っていた。

 空は青く、太陽は燦々と輝いていた。今日もいい天気である。暑くてかなわない。

 そんな中で、先輩の話題を出したのは小岩井だった。

 彼女はやっぱりと言うべきか、同じ病院に入院していた。だが救急車を呼んだのは別の人であったらしい。

 じゃあ誰が呼んでくれたのかといえば、結局わからなかった。どうも女の人であるらしいことはわかった。あとは何もわからない。


「……どこに行ったんだろうね」

「さあな。先輩のことはよくわからないからな。でも、目的を達成するまで、無事ではいるだろうさ」


 先輩の目的については、すでに小岩井には話している。

 小岩井は酷く驚いていた。先輩の目的は非現実的なものではあったし、当然と言えば当然と言えた。


「でも、椎名先輩があんなことを考えていたなんて」

「そうだな。あんな馬鹿なことを考えていたなんて、先輩らしくもない。……らしくもないなんて、そんなものは俺の勝手な評価なのだろうけれど。それでも、そうだと信じていた。……結局、俺は先輩のことを何も知らなかったんだな」


 一年以上、俺は先輩と過ごしてきた。部員なんて俺と先輩以外にはいなかったし、部活中は常に二人きりだった。よく話もした。それなりに関係は深いと思っていた。

 だから、先輩のことならよく知っていると思い込んでいたのだ。

 そう考えると、俺は酷く滑稽に思えた。


「……いや、俺は知ろうとしていなかったのかもしれない。他の男子どもと同じように、先輩の外見だけしか見ていなかったのかもしれない」

「……椎名先輩が好きだってことは、嘘じゃなかったんだね」


 そう口にした小岩井の声は、なぜだかさみしげに聞こえた。

 小岩井へと視線を向けると、彼女は空を眺めていた。視線の先に目をやれば、真っ白な雲が青空を横切っていた。


「ああ。……嘘だったら、よかったんだけどな」

「……そっか」


 青空の向こうの、そのまた向こう。そこには宇宙が広がっている。宇宙にはよくわからないものでいっぱいだ。俺には、先輩への想いも同じくらいよくわからない。あんなことがあったのに、あんなことをされたのに、それでもまだ先輩を好きでいる。

 どうしてなのだろう。

 先輩のことなど、ほとんど何も知らないはずなのに。ほとんど何も知らないと、知ったばかりなのに。それでもまだ先輩を好きだと言う自分がいる。その気持ちの理由が、俺にはよくわからなかった。


「ねえ、遠山」


 小岩井が言う。

 空へと視線を向ける俺には、彼女の表情を窺い知ることはできなかった。


「これから、どうするの?」

「……これから、か」


 俺はどうするべきなのか。いや、どうしたいのだろうか。

 流れる雲を眺めて考える。流れる雲は太陽の前を遮って、その姿を覆い隠す。

 やがて、太陽が再び顔を出したとき、ようやく答えを得た。


「きっと、これから不可解な事件が起こるはずだ。先輩が起こすと思うんだ」

「うん」

「その事件を調べていって、いつか先輩に追いつく。先輩に、罪を償わせる。……それが俺の、やるべきことだと思うから」

「うん。私も、手伝わせてくれる?」

「……ああ。頼むよ」


 俺と小岩井は、これからやるべきことを決めた。

 一歩ずつでもいい。俺たちは先輩に追いついてみせる。

 先輩が求める結末なんて認めない。

 だから追いかけるのだ。


 ――いつか、先輩を止めるために。

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