第13話
「あまり、無理はなさらないでくださいね」
川上を追っていたせいで、家に着いた頃には日が変わる頃だった。それからお風呂に入ったりしていると、寝る時間なんて30分も無いまま、魔狩りの巡回の時間が来てしまった。
「私は大丈夫だ」
徹夜自体どうってことない。
「でも、ここ最近、無理をしていたようですし……。何かあれば、
「そんなに頼りないか?」
そもそも誰のせいで、こんなに疲れているんだと言いたかったが、やめた。家に着いたときに笑ったさっきの顔が、いつもと違って、どこか寂しそうに笑ったのを思い出したからだ。
「いえ、とんでもございません」
それからいくつか魔を封じ込めた。だが、やはり、魔は大きいままで、体力の消耗も早い。
「早く入りな」
宙に漂う絵巻は水色に光り、魔を吸い込んでいく。
『紙者使いなんていなくなればいいのよ』
吸い取られた瞬間、そんな声が聞こえた。
「美月様」
ケンの声ではっとする。手元から絵巻が落ちていてた。
「大丈夫ですか?」
転がっていく絵巻を取って、私に戻してくれる。下から覗き込まれて思わず目をそむけた。
「大丈夫だ」
そう、ちょっと、予想していないことだったから、驚いただけ。
今まで魔狩りをしてきて、こんな『声』が聞こえたのは初めてだ。
さっきの魔はとても大きかった。紙者使い……いや、私のことをいなくなればいいって誰かがそれだけ強く想ってるってことなんだ。
直接、口で言われるのも辛い。でも、こうやって、魔になってしまうほど、見えないところで誰かがそう想ってるんだと思うと、心臓を握りつぶされそうなほど、息が苦しくなった。
「あの、何かあったら、
「あぁ、でも大丈夫だから」
ポケットに絵巻を突っ込む。
ケンは元々、紙者だ。でも、これだけ長い間、人として生活してきているんだ。ケンは何も言わないけど、これだけの間、人として生活をしていれば、当然、人間と同じように疲れるし、睡眠不足にだってなる。そんな状態で、これ以上、ケンには無理をさせたくない。
そもそも、ケンはこんな風に魔狩りのために呼び出したんじゃない。遊び相手が欲しかったから呼び出したんだ。それなのに、私に合わせて何かあったらと思うと、それこそ、心臓を鷲づかみされるような、体を引き裂かれそうな思いになる。
「美月様!」
住宅街を歩いていると、ケンの声と共に肩を掴まれ、体がぐいっと後ろへ引っ張られた。
「しっかりしてください」
そう言ったケンの声ではっとした。目の前には、私よりも少し背丈の大きな魔が、十字路の角から飛び出してきた。
「痛っ」
右手首に鈍い痛みが走る。視線を落とすと、魔が私の手首に巻きつき始めていた。
「美月様」
肩を強くつかんでいたケンが慌てて私から離れると、すぐさま、魔にケンが突っ込んでいく。
「ケン、危ない」
体当たりをしても、魔はマットのようにケンを跳ね返すだけ。その間にも、魔は私の手首にどんどん絡みついてくる。次第に、右手の感覚が無くなっていく。
「出ておいで」
左ポケットから紙を取り出し、宙へ放り投げる。月夜に照らされる日本刀を想像したのに、出てきたのは包丁だった。さっきの『声』が気になったのと、体力的にもキツく、うまく、思い描けなかった。
「貸してください」
私の手元に現れた包丁をケンが軽々と奪っていく。両手で包丁を持ち頭の上まで持ち上げると、私の手首に絡みついてた魔の一部をめがけて振り落す。
「だから、あまり、無理をなさらないでくださいって言ったじゃないですか!」
ケンが包丁で切ってくれたおかげで、手首に絡みついていた魔も落ちた。
「美月様はもう何もなさらないでください。疲れているから紙者だって包丁になってしまったんでしょう!」
「でも……」
そんな包丁で魔を倒すにしても時間がかかる。もっと大きなものを呼び出した方がいいに決まってる。それに、そんな包丁じゃ、ケンが怪我してしまうかもしれない。
「でもじゃありません!」
左ポケットに突っ込んだ手首をきつく握りしめられる。さっきの魔と変わらない強さだった。
それから、ケンは何度も何度も魔に向かって包丁を刺したり、振りかぶるように刻んでいた。魔を封じこめたのもだいぶと時間がたってからのことだった。
「先ほどはすみませんでした」
「いや、こっちこそごめん」
あんな風に怒鳴ったケンを見たのは初めてだった。私がケンを心配するように、ケンも私を心配しているんだ。
「美月様が謝るだなんて気持ちが悪いです」
「はぁ?」
「だって、そうですよ。今まで、
巡回が終わる帰り道のことだった。
「失礼なことを言うな」
「やっぱり、美月様はそうでないと。あっ、でも、今日の授業は寝てくださいね。体育もあるし、ノートならちゃんと
今度は嬉しそうに笑うケンに、何も言えなくて、ただ頷くだけだった
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