第12話

「川上君って、結構、都会住まいなんでね」

 改札口を出て、ケンが口を開く。

 川上の降りた駅は随分と大きな駅で複数の鉄道会社が交わる駅だ。この駅で寿司詰め状態だった電車が、座席に空きが出るほど人が出ていき、そして、また、電車へ吸い込まれるようにたくさんの人がその電車へ乗り、あっという間にまた寿司詰め状態に戻っていた。そんな駅で川上は降りた。

 サークル活動が終わったあと、ケンと二人で川上のあとを追った。

ケンはサークルをしていたからもちろん制服で、私は私服だった。何かあったときに動きやすいようにTシャツにジーンズ、ショルダーバッグというシンプルなスタイルにした。

電車通学のサークルメンバーは皆で駅へ吸い込まれるように足を運んでいた。ただ、川上一人だけが、反対方向の電車だった。

「まぁ、確かに大きい駅だな」

 私の住む地域は住宅街が広がる程度。大きなショッピングセンターもなく、スーパーや薬局が点々とあるくらいで、駅ビルもない。それに対し、川上の下りた駅は、最近、大型ショッピングセンターができた近くの駅だった。おまけに駅ビルの横にはホテルがある。

「お金持ちなんでしょうか」

「かもしれないな」

 改札口を出た川上はそのまま駅ビル内へエスカレーターで向かった。

「本屋?」

 行き着いた先は本屋だった。駅の中とは思えないほど本屋のペースは広い。奥行はないものの、横へずっと長い。端の方は通路が人であふれているせいもあって、見えづらいと感じるほど、ずっと先まで本が並んでいた。

「声が大きいですよ、美月様」

「わかってる」

 川上は私たちに気づくこともなく、本屋へ足を踏み入れた。よくこの本屋に来ているようで、迷うことなく歩を進めていく。人気(ひとけ)の少ないところで、川上は角を曲がった。

「……超常現象・オカルトでしたよ」

 離れた場所で待っていると、ケンがこっそり棚に張られた本のジャンルのプレートを見てきてくれた。

 私の棚の前は、文学だった。適当に本を抜いてページを開く。ここからなら、ちょうど、レジも、そのすぐ横の本屋の出入り口が見える。

「超常現象・オカルトか……」

 ますます怪しい。

「怪しいですよね」

 ケンも適当に本を抜いてページを開く。

「問題は、何の本を読んでいたかだな。どんなものか見えたか?」

「すみません」

 私の方を一度見てケンが本に視線を落とす。

「いや、仕方ない。あとで、川上が立っていたあたりに何があったかだけでも探すぞ」

「はい」

 超常現象の類の本くらいなら、学校や市の図書館にでもありそうだ。でも、呪いの本だとしたら、そんなもの図書館には置いてないだろう。

 やっぱり、呪いの本なのか。

「何か買ったみたいですね」

「何の本かは見えないな」

 店員が紙袋に入れる瞬間、目に入ったのは本全体の色が紺色だということがわかった程度だった。ここからは遠くて、本のタイトルまではわからない。

「私はあとを追うから、川上が立っていたところにどんな本があるか、あと、紺色の本があったら、それもどんな本なのか確認してくるように」

「もちろんです。あっ、でも、美月様。さっきみたいに大きな声出しちゃダメですよ」

 お互い本に視線を落としながら小声で会話する。川上が本屋から出たので棚に本を押し込んだ。

「すみません。心配だったもので」

 棚に本を返してケンを睨むと、ケンも本を戻しているところだった。

「心配してるのは私の方だ。あとで、ちゃんと、携帯に電話するから」

 それだけ言って、川上のあとを追った。本屋を出ると、川上はエスカレーターに乗るところだった。何人か間に人を挟んでエスカレーターに足を乗せる。先ほど買った本は鞄に閉まったらしく、もう紙袋は手にしていない。

 1階へたどり着くと、何人もの人が外へ流れていく。その流に身を任せるように、川上も外へ出ていった。すっかり夜だというのに、駅ビルから漏れる明かりや街灯、辺りに散らばるビルの明かりやコンビニの明かりで、外でも十分に明るい。

 駅前広場に広がるバス停にたくさんの人が列をなしていた。その人だかりを避けるように川上はどんどん歩いていく。

 バス停をすり抜け、サラリーマンたちに混じり地下道へ川上が下りていく。バス停を使うわけじゃないから、駅の近くに家があるんだろう。私も地下道へ踏み入れてあとを追った。

 途中からはケンも合流し、あとを追った。

「あの、本のことですけど」

「今はいいから」

 少し息を荒げたケンが喋り出す。小声とはいえ、川上に聞こえたらバレてしまうし、その話はあとでもゆっくりと聞ける。

 川上は一向に住宅街の方へは向かわない。ビルが立ち並ぶ国道沿いの歩道をサラリーマンたちに紛れてひたすら歩いていた。制服じゃなきゃ、同じように見えそうだ。すれ違う車のライトがやけに眩しく感じる。

「やっぱり、お金持ちだったんですね」

 地下道から地上へ抜けて5分も経たないうちに川上はマンションへ吸い込まれていった。

 国道から一本奥の道へ入っただけのところにそのマンションはあった。国道沿いにあったビルの高さにひけをとらないそのマンションは、周囲に並ぶマンションの中でも一際新しいようで、オートロック式のようだった。

「そうみたいだな」

 数字を打ち込んで中に入って行った川上を見送って、もう一度、マンションを見上げた。川上は何階に住んでいるんだろうか。

「あっ、本のことなんですけど、川上君が立っていた辺りは、催眠術とか、暗号とか、死後の世界とかそういうものばっかりでした。紺色の本は見当たらなかったです」

「そうか」

 視線をケンに移した。

「怪しいとしか言いようがないですよね」

 今度は代わりにケンがマンションを見上げる。

「今日はこのまま、川上を見張るぞ」

「えっ、でも一度帰って少しだけでも寝た方が……」

「帰りたいなら、ケンは帰っていいよ」

 ケンと視線が絡む。

「いえ、そんな。でも、ここはわたくしが見張っていますから、せめて、美月様は帰って少しでも寝てください」

「もう7時回ってるんだぞ。今から帰ってあれこれしてたら、もう、寝る時間なんてない。それにほら」

 ショルダーバッグから赤い巾着を取り出した。

「おにぎり。お母さんが作ってくれたから」

 赤い巾着の中にはラップで包まれたおにぎりが4つ。鮭の混じったものと、中にツナが入ったおにぎりが2つずつ、窮屈そうに重なりあって入っていた。

「心配しなくてもちゃんとお茶だって持ってきてるから」

 ショルダーバッグから掌にのりそうなくらいの小さなペットボトルを2本取り出す。

「いえ、そうではなくて。最近、あまり寝れていないのに、無理をしては良くないのでは……」

 止めようとするケンに無理矢理ペットボトル2本を押し付けた。

「私は大丈夫だ。それよりも、もっと、自分の心配をしろ」

 巾着からおにぎりを取り出して、ケンに渡す。

「でも……」

「とにかく、お腹空いたしどこかで食べるぞ。川上だってしばらくは家から出ないだろうか」

 まだ何かいいたげなケンを置いて近くの公園を探した。

「やっぱり、もう帰った方がいいんじゃないですか?」

 あれからマンション近くに戻り、ずっと、川上の様子を探っていた。

「今日、本を買ったんだ。何か、今日、行動を起こすかもしれないだろ」

 何の本を買ったかは結局わからなかったが、もしも、本当に誰かを強く恨んでいるのだとして、呪いか何かの本を買ったんだとしたら、すぐにでも何かしら行動に移したいと思うはず。

「そんなこと言ったって、もう10時回っていますよ。というよりも、補導されちゃいますって」

「巡回はいつも2時から4時なんだから大丈夫だ」

「そういう問題じゃありませんよ。あの時間はそもそも人も少ないし、警察だってそんなにいないじゃないですか。でも、ここは国道沿いから1本入っただけの場所で、駅からも近いし、さっきからサラリーマンがまだ国道沿いを歩くのを何回もみかけましたよ」

「大丈夫。それよりも、その大きな声をどうにかしたらどうだ?」

 一瞬、口をつぐんだケンだったが、また口を開こうとした。

「静かに」

 開きかけた口を手で封じた。

 マンションから川上が姿を現したのだ。

 とっさにケンの手をひっぱり、近くのマンションへ入り込む。川上は気づかず、国道沿いの方へ出て行った。

「結構な荷物でしたね」

 マンションから出て国道を覗き込む。駅の方へ川上は向かったようだ。

「確かに」

 Tシャツにジーンズとラフな格好の割には、ショルダーバッグははちきれそうなほどだった。

 いったい、あの中に何が入っているのだろうか。

 慌てて二人であとを追う。だいぶと人もまばらになった駅へ川上は吸い込まれていく。電車に乗って降りた駅は、学校近くの駅だった。

「何でここに降りたんでしょうか?」

「さぁな。学校の奴に何か恨みがあるのかもしれないな」

 誰もいない駅前から川上はどんどん学校へ向かっていく。

「簡単に入れちゃうものなんですね」

 うちは私立高校だが、セキュリティはすごく甘い。守衛がいるわけでも、防犯カメラがあるわけでもない。おまけに校門は私の身長でもせいぜい胸辺りまでの高さだ。だから、川上はあっという間に校門を乗り越えてしまった。

「あとにつづくぞ」

 校舎へ向かう川上につづいて、私たちも校門を乗り越える。

「どこへ行くんでしょうか?」

 グラウンドへ行くわけでもなく、校舎へ向かう川上。だが、こんな時間に校舎が開いているはずもない。

「下駄箱には行かないみたいだな」

 下駄箱へは向かわないようで、特別棟の裏の方へ川上は回る。校舎の影から覗くと、ふと、川上の足が止まった。

「バレたんでしょうか?」

 慌てて二人で身を潜める。しばらく息をのんだが、一向に足音が聞こえる気配がない。

「大丈夫みたいだな」

 そっとまた覗き込むと、川上の姿はそこになかった。

「どこに行ったんだ?」

 校舎の影から裏の方へ回った。だが、そこに川上の姿はどこにもない。とりあえず、川上がいた辺りまで歩いていく。

「窓が開いていますね」

「ここから入ったのか」

 開いていたのは男子トイレの小さな窓だった。人一人がギリギリ通れるかどうかのサイズだ。ケンの鞄を預かって先に中に行かせた。

「美月様はこちらからどうぞ」

 中に入ったケンが廊下の窓を開けた。自分の鞄とケンの鞄を預けて、窓枠に飛び乗った。

「ケン靴脱ぎな」

 ふと、ケンの足元を見ると、靴を履いたままだった。幸い、足跡はついていないものの、あとで何かあったときにややこしくなるのは間違いない。私も窓枠にまたがって靴を脱ぐと校内に飛び込んだ。

 夜の校内はどこか不気味だった。窓から入るわずかな明かりに照らされてほんのりと青白いようにも見える。靴下から伝わる冷たさがより一層不気味に感じた。

 そのあと、1階の各教室を回ったが特別棟とあってどの教室にも鍵がかかっていた。2階3階4階と、すべての教室に鍵がかかっていた。

「教室棟の方なんでしょうか?」

「いや……」

 頭の中で川上について整理していく。怪しげな本、みんなが逆らえないあの空気、そして謎の呪文……。

「屋上だ」

 まだこの特別棟で見ていないのは屋上だけだ。

 ゆっくりゆっくり1段1段確かめるように屋上へ続く階段を上がっていく。小窓から屋上を覗き込むと、一人、川上がショルダーバッグからろうそくやライターなどを広げて何か準備をしているようだった。

「やっぱり、何か呪うんでしょうか」

 ろうそくは1本や2本じゃない。両手で抱えなければならないかと思うほど、屋上に散らばっていた。それを川上は1本ずつ、丁寧に並べていく。どうも、円になるようにしているようだ。

「だろうな」

 ドアを開けようと思った瞬間、話し声が下の方からいくつか聞こえてきた。

「出ておいで」

 頭にさっと思い描いて取り出したのは黒い大きな布。ケンを引っ張ってドア前から離れて黒い布をかぶった。踊り場の壁と屋上の壁とに挟まれたこのスペースは暗いから、黒い布なら誤魔化せると思った。教室が開いていないから他に隠れる場所もない。

「もう、いい迷惑だよ。こんな時間に呼び出されて」

 そう聞こえてきたのは不思議研究サークルのメンバーの声だった。足音だけではわからないが、複数人いることは確かだった。

足音が近づくたびに、心臓が高鳴っていく。それはケンも同じようで、ぎゅっと目をつむって、体育座りをしていた。近づいていた足音がすべて止まった。

「もう、遅刻ですよ」

 止まったと思った足音はどうもドアを開けるためだったらしく、遠くの方で、川上の声が聞こえた。ドアが閉まったのを確認して黒い布を散らせた。

「これ全部並べるの?」

「そうですよ」

 誰かが川上に訊いている。窓から覗き込むと、ろうそくは密集した状態で半円を描いているようだった。それもかなり大きめのものだ。サークルメンバー5人なら窮屈だが、横になっても何とか入れそうなほどだ。

 文句を言いながらもメンバーはそそくさとろうそくを並べていく。すべてが並び終わると、ライターで川上が1本ずつ火を灯していった。

「美月様?」

「何をしているんだ」

 止めようとするケンを振り払い、ドアを開けた。ようやく全てのろうそくに火が灯り、サークルのメンバー5人が、ろうそくに囲まれ一列に並んでいた。みんなの足元だけがやけに明るい。

「おや、藤堂さんも参加します?」

 一斉に振り返ったサークルメンバーの中で真っ先に口を開いたのは、川上だった。

「こんなことするわけないだろ。大体、何のためにこんなことするんだ」

「何のためって、それは楽しいからに決まってるじゃないですか」

ろうそくの火が川上の眼鏡に反射する。

「楽しいって自分が何を言っているのかわかってるのか」

 他のメンバーは誰も口を開こうとしない。ただ、私と川上を見比べるばかりだ。手にはあの呪文が書かれているだろう、メモを握りしめていた。

「藤堂さんの方こそ失礼ですね。藤堂さんがどう思おうが自由ですが、そんな馬鹿にしたような言い方はないんじゃないですか?」

「馬鹿にしたような言い方って……」

 それ以前の問題だ。人を呪うことが楽しいだなんて、コイツ、どうにかしてる。

「あっ、藤堂君もやっと来てくれたんですね」

 それまで、屋上へ来ることがなかったケンがドアを開けて、そっと、私の後ろに立っていた。

「藤堂君もさぁ早く始めましょう。約束したのに、来てくれないのかと思いましたよ」

「ケン、約束って何なんだ?」

 後ろを振り返るとケンが困ったように笑って首を傾げていた。

「約束したじゃないですか。今日はみんなでUFOを呼び寄せるって」

「UFO?」

 川上の方を見ると深く一度頷いた。

「そんなのありましたっけ?」

 後ろでケンの声がした。

 結局、あんなに大騒ぎした呪いについては、ただUFOを呼び寄せるためのものだったらしい。

「ちゃんと聞いてなかったのか?」

 あのあとケンは川上の誘いを何とか断り、二人で家へと向かう途中だった。

「いやぁ、だって、ほら。それは、美月様が心配だったからですよ。サークル活動なんて言っても、正直、わたくしは興味ありませんでしたし、偵察するとは言っても、何だかつまらない話ばかりだし、美月様はちゃんと家に帰れただろうか、今頃何をしているんだろうか、と考えているうちに、どんどん話が進んでいまして……」

「それじゃあ、偵察の意味がないだろ」

「すみません」

 謎の呪文は、川上曰く、UFOを呼び寄せるのに必要なものらしく、あのろうそくは目立つため、学校は高台にあるから、屋上でやれば、より、目立つだろうという考えらしかった。

「おまけに、リーダーは1ヶ月交代制なんだって?」

 あのあと、川上は丁寧に説明してくれた。サークル活動はみんなやりたいものの、リーダーは誰もやりたがらない。おまけに、どうも、みんなの意見を集めたら、みんなやりたいことが違う。だったら、1ヶ月ごとにリーダーを変えて、リーダーのやりたいことを1ヶ月やっていくっていうことになったらしい。

「そうなんですよね。これも説明されたらしいですけど、記憶がなくて」

 サークルの体験入部のときにその説明がなかったのは、そのことを説明してしまうと、入ってくれないと思ったからだとも言っていた。

「まぁ、とにもかくにも、川上君が呪いをしてないってわかって良かったですね」

「それはそうなんだけど……。じゃあ、他の誰かが、恨みを強く抱いてるってことだ」

 結局、振り出しに戻ってしまったんだ。周囲に怪しい奴なんて他にいない。それに、何も私の周囲にいるとは限らない。たとえば、隣町の誰かかもしれないし、たまたま、近くへ出張に来ていたサラリーマンとかかもしれない。

「どうしようもないか」

 もう手がかかりはない。

 だったら、地道に魔を封じ込めていく、それしかできない。

「美月様。今度こそ、わたくしが何とかしますので」

 家に着いて靴を脱ぎながらケンが笑う。

「そう思うならもっとしっかりしろ。ちゃんと説明を聞いていれば、こんなことしなくても良かったんだから」

「次はちゃんとしますから大丈夫ですよ」

 笑いながら私のあとをケンはついてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る