第11話

「何だか嫌な感じがする」

 ひょっとしたら、昼寝をしていないせいかもしれない、とも思ったかが、やはり、何度も感じるこの淀んだ空気は魔のせいだ。

 辺りはすっかり暗い。

 スポットライトのように光る街灯の下でふと足を止めた。

「確かに嫌な感じがしますね」

 隣にいたケンも足を止め、辺りを見回す。ほとんどの家々は電気なんてついてない。電気のついている家を探す方が難しいくらいだ。

 つい昨日までは随分と澄んだ空気だった。それはやはり、魔が少なかったからだ。逆に魔が多かったり、大きいものがいたりする場合は、今日みたいに空気も淀んでしまう。おまけにまだ巡回をして30分も経たないというのに、すでに2つ魔を封じ込めている。それなのに、まだ、空気が淀んでいるということは、まだまだ、魔がどこかに潜んでいるということだ。

「やっぱり、あの呪文のせいなんですかね」

 歩き始めると、ケンが後ろから呟くように言った。今日は山や川の人気ひとけのない場所よりも、住宅街がひどく淀んでいる。

「わからないけど、関係ないとはどうも言えそうにないな」

 私が体験入部を断ったのが今日、そして、謎の呪文を唱えるようになったのも今日。このタイミングで魔が急増した。だったら、あの呪文や川上が何かしら影響しているのは間違いない。

「そうですよね。おまけに、住宅街の方で多く発生しているようですし」

 通常、多くの魔は生まれてすぐは一度人気ひとけのないところへ行くとされている。それは、生まれてすぐの魔は小さいことが多く、私のような紙者使いから少しでも長く逃れ、少しずつ、大きくなっていく。ある程度大きくになるまでは身をひそめるのだと、お父さんが言っていた。

 つまり、ある程度、大きくなった魔や、初めから、憎しみや恨みが強い「声」で生まれた大きな魔は、人の多いところへ行き、より多くの「声」を集めたり、魔同士でひっついたりすることもある。そして、やがては人を襲うのだ。

「早く、片付けないと」

 何かあってからでは遅い。

「ほら、魔が出てきた」

「うっ、大きいですね」

 最近は手で抱えられるほどの大きさが多かったが、今、目の前にあるのは、私とさほど背丈が変わらない魔だった。背丈もあれば、幅も大きい。横綱を彷彿させるような体格だった。進むにしても、蟻のペースと変わらないような、ゆったりとしたペースだった。

「一気に大きくなり過ぎるからそうなるんだよ」

 ズボンのポケットから紙を取り出す。目を閉じて、頭に思い描いていく。

 やわらかくて、細く、長い。そして、風のように自由に身を宙に泳がす。 

「出ておいで」

 紙を空へ放ってつぶやくと、紙は音を立てて自ら紙くずと化していく。やがて、泡のように大きくなっていくと、私の思い描いたものとなった。

「何を出したんですか?」

 私の手元には何もなかった。いや、暗いせいで何もないように見えるだけだった。

 月明かりに照らせばよくわかる。

「線?」

「そう、ピアノ線だ」

 どれだけの長さがあるだろうか。とにかく、学校のグラウンドを一周してしまうほどの長さを頭に思い描いた。手元には幾重にも束になっていた。

「さあ、あいつを懲らしめるよ」

 ピアノ線へ向かって囁くと、ピアノ線が自ら宙を泳ぐ。最後に想像した、風のように自由に身を泳がす、というのはこういうことだった。

 手元のピアノ線は魔へ吸い込まれるように伸びていき、次第にぐるぐると奴の体に巻きついていく。

 魔が低いうめき声出す。

「もっと、締め付けてやりな」

 そう言うと、ピアノ線は魔をきつく縛りあげていく。

「何か、ボンレスハムみたいですね」

 さきほどまで、驚いていたケンが隣で笑う。

 より一層うめき声は大きくなる。

「あんまり笑うな。こっちは真剣なんだ」

「でも」

 ケンはそう言いつつ、口元に手をおさえる。

「言っても聞かないようなら、あぁいう風にしてやってもいいんだぞ」

 そう言って顎で魔の方を指す。ちょうど、ピアノ線にひっぱられ、胴体がいくつにも輪切りされるところだった。

「す、すみません」

「わかればいい。じゃあ、散ってもいいよ」

 その言葉を聞いて、宙を漂っていたピアノ線は紙に戻り、ちぎり絵ほどの大きさになると、花吹雪のように散りながら消えていく。

 魔絵巻を取り出して封じ込めて、急ぎ足で住宅街をくまなく回った。

 結局、あれから、魔を4つ封じた。

 さすがに一日で7つとなると、体力的にかなりきつい。

 ただ、今日は今までのように消えればいいという思いじゃなくて、役立たずとか使えない、なんていう具体的なものだった。消えればいい、というのも問題だが、具体的であればあるほど、想いは強くなる。こんなのが当分つづくようであれば、魔も大きくなっていくばかりだ。

「明日、いや、今日か。とにかく、今日は川上のあとをつけるぞ」

 魔絵巻を広げた。今日封じ込めた7つのうち、3つは大きいものだった。今までのものは消しゴム程度だというのに、大きいものともなれば、握り拳より一回り大きい。

 魔絵巻をジャージのポケットへ突っ込んで、家へと向かう途中だった。4時を少し回ったところだったが、真っ暗な闇に飲み込まれた街はまだ静かだった。ちりばめられた星たちが子守唄を囁くように何度も何度も瞬く。

「でも、美月様。ここのところ、あまり、お昼寝できてないじゃないですか」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」

 今日の7つは明らかに異常だ。

「じゃあ、せめて、そのことはわたくしに任せてください」

「本当ならばそうしたいところだけど、ケンだけじゃ、不安だ」

 ときどきケンはドジをする。確かにドジをされるのは困るが、一番は、ドジをして見つかった時のことだ。そのことを考えると、昨日の夕方のように、眠れないような気がする。

「そんなこと言わないでくださいよ」

 唇を尖らせるケンを放って、そそくさと家へ向かった。

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