第8話

「不思議研究サークルだなんて、紙者使いのアイツにはお似合いね」

 結局、ケンに半ば無理やりに連れて行かれるようにして、体験入部に参加した。美月が参加するなら、と葵も一緒に着いてきた。ただ、教室を出るときに、例の茶髪女子が大きな声を出してお似合いだと言ったのだ。彼女と葵のいざこざがあってからというものの、教室内は割と空気が軽くなったというのに、このたった一言で、うちのクラスだけが誰もいないみたいに静まり帰る。

「早く行こうよ」

 一瞬、立ち止まってしまった私の手を葵が握る。

「あぁ、うん」

 聞こえるかどうかわからないくらいの小さな声で返事をすると、葵に手を握られたまま理科室へと向かった。

「今日はせっかくなので、みなさんの気になることを訊いてみて、その中から一つ、何かを調べてみようと思います」

昨日と同じ理科室、昨日と同じメンバーで、昨日と同じようにみんなが川上に視線を投げる。みんなの意見を、とは言ったものの、メンバーは喋るどころか口を開こうとさえしない。

 やっぱり、川上が今回の原因かもしれない。今朝の巡回だって、『どうして、アイツが』と特定の誰かを恨んでいるような想いだった。真面目そうな顔して裏では悪いことしてるなんてこともありそうだし。

「どうかしました?」

 じっと、川上を見ていると、眼鏡を直しながらそっと横に立たれた。

「いや、何でもない」

「そうですか。でも、困りましたね。みんな何か意見を言ってもらわないと」

 その言葉でメンバーが俯いた。遠くで聞こえる掛け声がやけに近く感じられる。

「じゃあ、妖精さんはどうかしら?」

 隣に座っていた葵の声にみんなが顔を上げる。

「妖精?」

 自分の席に座ろうとしていた川上も、葵の言葉にすぐに足を止めて振り返る。運動神経が鈍そうなわりには、俊敏な動きだ。

「そうよ、妖精さん。呪いは怖いけれど、妖精さんなら可愛いし、もし、見つけられたらワクワクすると思わない?」

「確かに呪いに比べれば、とても、可愛いですね。僕も妖精がいたら見てみたいです」

 葵と川上の視線が絡む。川上が微かにほほ笑んだ。

「じゃあ、妖精さんでもいい?」

「そうですね。みんなは何か他に意見ありますか?」

 自分の席に戻って川上は、ぐるりと私たちを見つめていく。メンバーみんなが首を横に振り、私とケンも首を横に振った。

「じゃあ、今度のテーマは妖精探しということにしましょう。じゃあ、まずは図書室に行ってネットで調べてみましょうか」

 川上のその一言でみんなが腰を上げ、図書室へと向かう。

 放課後の図書室はほとんど誰もいなかった。割と広い空間に当番の委員二人が座っているくらい。入り口近くに何台か並ぶパソコンもどれもスクリーンセーバーになっている状態だった。

「各自適当に調べてください」

 そう言われ、パソコンの席についたものの、さすがに人数分のパソコンはないので、私と葵とケンと3人で調べることにした。

「妖精さんが本当にいたら見てみたいな」

 ケンがキーボードを叩いたり、マウスを滑らしたりするのを二人で見ていると、葵がふと呟く。

「妖精ねぇ」

 魔が存在するくらいだからいても不思議ではないだろうけど、そんなものがいたら、みんなもっと騒いでるんじゃないだろうか。

「美月は見てみたいと思わない?」

「うん、まぁ、いたら見てみたいけど」

「どうも、子供とか純粋な人しか見えないみたいですよ」

 ケンがページをスクロールしながらつぶやく。

「そうなの?」

 葵が少し残念そうに画面を覗き込む。妖精らしい可愛い絵の横に文字が埋め尽くされている。

「わかんないですけど、妖精を見たっていう人はどうも子供の頃に見た、とか、純粋な友達が見たって言ってるって、ブログとかにのってますね」

「じゃあ、無理なのかな」

 ページが切り替わってキラキラとしたブログが表示された。カラフルな文字やそこら中に散らばった絵文字、どこを見ても、目がチカチカする。確かにケンの言うようにそのブログには大きな赤い文字で妖精を見たと書かれていた。前後の文章に目を通していくと、どうも妖精を見たのは友達で、その子は普段から純粋な人らしい。

「でも、葵ちゃんなら見れるんじゃないですか?」

 私もそれは思った。何か不思議なことと訊かれて、妖精さんってすぐに答えるあたり、純粋だと思う。サークルのメンバーはどうか知らないが、少なくとも私やケンよりもずっと葵の方が素直で純粋だ。

「そうかなぁ」

「私も葵なら見れる気がするよ」

「本当?」

「うん」

 他愛もない話をしていると、ふと後ろから川上もケンの操作するパソコン画面を覗き込む。

「しかし、困りましたね」

「何が困るんですか?」

 ケンが振り返り、私たち二人も振り返る。

「妖精が子供や純粋な人しか見えないってことですよ」

「別に純粋だったら見られるから大丈夫ですよ」

 ケンがまたマウスを滑らせてページを変えていく。検索結果の画面には、妖精の文字があちこちに散らばっていた。

「でも、純粋な人なんていませんよ?」

「大丈夫です。葵ちゃんは純粋だと思いますから」

 そう言って、ケンが画面から葵に視線を移すと、川上もつられるように、葵に顔を向けた。葵が戸惑いながらこちらを向いて、視線が絡むと、川上は口を開く。

「本当に純粋かどうかは微妙だと思いますよ? 子供ならまだしも、もう、高校生ですし、中野さんがそういうキャラを演じてるってことだって考えられますからね」

「そんな言い方しなくてもいいだろ」

 葵を通り越して、川上のブレザーへ手をぐいっと伸ばす。

「いいよ、美月。平気だから」

 つかみかけていたブレザーの手が止まる。

「平気だから」

 もう一度、そう言われて、手を戻した。

「僕も、ちょっと、言いすぎましたね。でも、純粋な人や子供なら見ることができるかもしれない。でも、見ることができないかもしれない。中野さんが純粋だとしても、ずっと、かもしれない状況を周囲の僕たちは待つばかりになってしまいますから」

 それだけ言い残して、川上は自分のいたパソコンへ戻って行った。

「結局、やっぱり、怪しいって感じのままでしたね」

 葵と別れての帰り道、二人で並んで自転車を漕ぐ間、ケンはポツリポツリと何かを言っていた。でも、葵はあんなことを言われても大丈夫なのか、そっちの方が心配だった。おかげで、景色もぼんやりとしか見えてない。

「美月様、聞いていますか?」

 ところどころしか聞こえていなかったケンの声が、急に途切れたと思ったら、自転車のベルがふいに鳴ってはっとした。ケンがベルに手をかけていたのだ。

「聞いてなかった」

「人がせっかく話していたというのに、美月様は」

 ベルにかけていた手をハンドルへ戻すとケンはまた話し始めた。

「やっぱり、怪しいと思うんですよね、川上君。結局、妖精探しのことはなしになってしまいましたし、何より、他のメンバーの川上君への態度が気になるんですよ」

「確かにそれは気になったな」

 誰も意見が思いつかなかったという可能性も考えられるけど、ひょっとしたら、言えなかったんじゃないかっていうことも考えられる。みんな何かしら気になることの一つくらいあるだろうから。

「それと美月様」

「何?」

「あまり、葵ちゃんのことは気にしなくても良いと思いますよ。葵ちゃんも平気そうでしたし」

 家に着いて空を突き刺すかと思うような高さのある門をくぐる。昔からあるこの家は無駄に広く、塀に囲まれている。唯一、出入りできる場所がこの門だけだ。

「別に気にしてない」

 自転車から降りて左の方へ二人で曲がった。電動シャッター付きの倉庫が、庭に広がる池や木などから随分と浮いていた。ボタンを押してシャッターを開けると、自動で倉庫内に明かりが灯る。車2台止まっていても後ろにさらりもう2台分は止まりそうなくらいのスペースがある。

「そうですか? それなら良いですけど、美月様はときどき、真剣に人の気持ちを考える人ですから、あまり、考え過ぎないでくださいね。もちろん、心配すること自体は悪いことじゃないですけど」

 二人で適当なスペースへ自転車を止めると、ケンは笑った。

「別に気にしてないって言ってるだろ」

 笑うケンを置いて先に倉庫を出た。

「やっぱり、美月様はツンデレですね。あっ、それと、明日からわたくし、不思議研究サークルに入ってみようと思います。川上君が怪しいのは確実ですから」

 シャッターのボタンを押してケンが振り返ったが、ケンの表情はよく見えなかった。

「勝手にしろ」

「はい、もちろん、勝手にさせて頂きます」

 あとからついてくるケンに振り返りもせず、そそくさと玄関へ向かった。

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