第7話

「こんにちは、藤堂さん」

 放課後、片付けていると、見知らぬ男子5人に周りを固められていた。みんな丁寧にシャツもブレザーも全てのボタンをキレイにとめいている。

「誰?」

 片付け終えて、鞄を机の上に置く。ほぼ隙間なくならんだ彼らの間から、ケンが覗き込んでいた。

「僕たち、不思議研究サークル、というものを昨日、作ったんです」

 ちょうど、私の目の前にいた男子が口を開く。

「ウワサで、藤堂さんが紙者使いだと聞きました。よければ、僕たちと一緒に、世の中の不思議なことを研究してみませんか?」

「急にそんなこと言われても……」

 帰って寝たい、というのが正直な今の気持ちだった。夜中にまたでかけなきゃいけないし。でも、誰かにこうして声をかけてもらえるのは、嬉しくないわけじゃない。

「美月様、行ってみてはいかがでしょう?」

 男子生徒の間から、指だけが伸びてくる。

「いろいろ、調べられるかもしれません」

 何とか、間からケンの顔がひょっこりと飛び出す。

 確かに、研究してるっていうんだから、何か、手掛かりになることがわかるかもしれない。

「わかった。でも、入部するかはわからないよ」

「もちろん、構いません。今日は、体験入部のつもりでお誘いしてますから」

「じゃあ、私も体験入部に参加してもいいかしら」

 男子の向こうで、中野さん……じゃなくて、葵の声がした。

「もちろん、構いませんよ」

 男子たちが一斉に葵に振り返ると、すでに鞄を肩にかけて葵は立っていた。

「じゃあ、わたくしも」

 顔だけ宙に浮いたように見えたケンもいつの間にか、男子たちと並んでいた。

「もちろんです」

 男子がそう言うと、私たち3人は彼らの後について行った。

「どんなところに行くのかな?」

 葵が小さくつぶやいた。

 私たち3人がいるからなのか、彼らがあまりにも綺麗な姿勢で歩くせいなのか、みんなが廊下の道を即座に開けてくれる。葵は少しだけいたずらした子供みたいに楽しそうに笑った。

「本当、どんなところに行くんだ?」

 教室棟から特別棟へ続く渡り廊下を歩くと、一気に廊下は静かになった。まだ、放課後終わってすぐだったせいか、教室棟の廊下では、野球部やらいろんな部活の生徒たちで、埋め尽くされていた。

「それは着いてからのお楽しみですよ」

 と、振り返りもせずに喋ったのは、川上君だ。彼がサークルのリーダーで、私に説明をしれてくれたのも、川上君だった。

「ここですよ」

 そう案内されたのは1階にある理科室だった。

 電気をつけているというのに、何だか薄暗い。川上君たちが真ん中あたりの椅子をおろし始めたので、私たちも椅子を下ろしてそこへ座った。他に誰もいなくて広いはずなのに、机にあげられた椅子が視界のあちこちに入るせいか、窮屈に感じられる。

「理科室だったのね」

 隣に腰を下ろした葵がひざの上に鞄を置く。

「顧問の先生が化学担当ですから。それと、このサークルは昨日作ったばかりで、みんな1年生なので、お気遣いなく」

 そう言って、川上君は鞄からクリアファイルを抜き出す。

「これが、今、僕たちが研究しているテーマです」

 一人一枚ずつ手渡されたプリントは、本当に呪いはかけられるのか、という題名が大きく書かれていて、下に箇条書きで呪いの方法リストが下まで埋め尽くすように並んでいる。

「呪い……」

 思わず口から洩れていた。

「興味ありますか?」

 川上君がプリントを他のメンバーにも配り終えて、腰を下ろす。

「興味があるわけじゃないけど……」

 呪いだなんて、そんなことしてたら、どんどん魔が生まれてくる。

「不思議研究サークルっていうのは、呪いとかそういうのを中心にしてるんですか?」

 真っ先に口を開いたのはケンだった。気がつかないうちに、プリントを力強く握っていた。慌てて、そっと離したが、握っていた部分だけが、しわくちゃになって、文字が読みづらい。

「いえ、そういうわけではありませんよ。今は呪いの不思議について研究しているところです」

「そうですか」

「もし、皆さんが他に気になってる不思議なことがあれば、次はそれをしましょう」

 そこで、3人で顔を合わせたが、特に誰も口を開くことはなかった。

「では、また、何か気になる不思議なことを見つけたら、遠慮なく言ってくださいね」

「わかりました」

 葵が真っ先に返事をして、私とケンも軽く頷いた。それを確認してから、川上君は今日の流れについておおまかに説明をしてくれた。

 今日は動画サイトで見つけたという呪いの動画を携帯で数件チェックし、今までやっていた各々の呪いの結果についての報告ということだった。

「結局、みんな効果がなかったということですね」

 動画チェックもみんなの報告も終わったところで、川上君が言った。それまでの跳ねるような喋り方とは打ってかわり、か細い声だった。遠くで聞こえるブラスバンド部や運動部の掛け声の方が、よっぽど、はっきりと耳に届くくらいだ。

「今回はたまたまかもしれないよ」

 隣でうなだれている川上君に葵がそっと声をかけた。

「そ、そうですよね。では、今後も引き続き、呪いについて調べましょう」

 葵の言葉を皮切りに、川上君の目に次第に力がこもっていく。頬が赤い気さえするくらいに、鼻で大きく息を吸った。

「でも、あんまり、呪いなんてしない方がいいんじゃないですか」

 ケンが下から川上君を覗き込む。

「どういうことですか?」

「そのままの意味です。呪いなんて、あんまり関わらない方が良いですよ。自分にはね返ってくることもあるっていいますから」

「なるほど……確かにそれは困りますね」

 ゆっくりと息を吐いて川上君が黙ると、他のメンバーも口をつぐんだ。

「では、呪いについては一度保留にしましょう。不思議なことが気になるとは言っても、危険なことには首を突っ込まない方がいいですから」

 結局、その日はそのまま解散ということになってしまい、川上君は何度も帰り際に今日は何もなかったので、また明日参加して欲しいと言っていた。

「どうして、呪いなんて調べようと思ったんですかね」

 部屋着に着替え、電気を消してベッドで横になっていると、ケンはノックもせずに部屋へ入ってきた。廊下は電気がついているせいで、顔ははっきりとは見えないが、細くて背の高いシルエットは家ではケンくらいしかいない。

「私、寝ようと思うんだけど」

 寝返りを打つと、ケンは構わずベッドの横へ腰を下ろす。

「でも、もうすぐ夕飯ですよ」

 そう言われて、枕元の携帯を開くと7時前だった。

「わかった。リビングに行けばいいんだろ」

 布団を蹴飛ばして起き上がったものの、ケンは腰を上げるどころか、瞬きさえもしていないのではないかと思うほど、びくともしなかった。

「どうして呪いなんだと思います?」

「そりゃあ、気になったから、調べたくなったんだろ。不思議研究サークルなんだから」

「確かにそうなんですけど……」

 ベッドから足を放り出して立ち上がろうとしても、ケンはそこに居座り続ける。俯いて、何度も何度も手を揉んでいた。

「たとえばなんですけどね」

 手の動きが止まったと同時にケンが顔を上げる。

「川上君が誰かを恨んでいるとしたらどうでしょうか?」

「川上君が?」

「そうです」

 あんな生真面目そうなタイプが誰かを恨んだりするかな。いや、でも、あぁいうタイプは根に持つタイプかもしれない。

 机に置いてある時計の秒針だけがやけにうるさく聞こえた。

「確かにあのサークルは川上君がほとんど仕切っている感じだったから、川上君のやりたいテーマでやっているんだろうな」

「それですよ、それ。もし、川上君が誰かを以前から恨んでいて、不思議研究サークルというのを口実に誰かに呪いをかけたいんじゃないでしょうか?」

「確かにそれはあるかもしれないな」

 魔が増えだしたのはここ何週間かの話だ。その頃から川上が誰かを恨んでいたのだとしたら、サークルで呪いについて調べていたのにも納得がいく。他のメンバーは川上に対して、何も口出ししていなかったし、もしかすると、口出しできない、何かがあるのかもしれない。

「やっぱり、怪しいですよね」

「……怪しいな」

「そうとなれば美月様」

 少し低くて小さな声から、一気に大きくなった。

「もう少しあのサークルについて研究してみましょう。もちろん、美月様も明日は体験入部に参加してくださいね」

「えっ」

「だって、せっかく川上君の方から誘ってくれたんですよ。何か手がかりに繋がるものが見つかるかもしれないじゃないですか」

「まぁ、確かにそうだけど」

 正直なことを言えば、体力的な問題を考えると、毎日参加するのは気が重い。でも、ケンの言うように川上は怪しい。いくら、不思議研究サークルとはいえ、わざわざ、呪いなんてものを選ばないだろうし。

「そうと決まれば、とりあえず、夕食です。魔狩りもこのあとありますし、明日に備えてたくさん食べてください」

 まだ、はっきりと返事をしたというわけではないのに、ケンは私の手を取って強引にリビングへと連れて行った

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