第2話

「どうしたの?」

 自転車置き場の端っこで首をかしげていると声を掛けられた。確か同じクラスの中野さん。昨日の入学式で確かそう名前を呼ばれていた気がする。中野さんは、鞄を前籠に入れて自転車をおしている途中だった。

「自転車が見つからない」

 少し大きめの真新しい制服に身を包む中野さんは「どうしてかしらね」と呟いて、小さく首をかしげた。昨日も今日も思ったけど、中野さんは少し違和感がある。昨日はともかく、今日も中野さんは生徒手帳に載っているような見本さながらのように制服を着こなしているからだ。ましてや、まるでお嬢様のような喋り方もしぐさもうちの高校には合ってない。

「私も自転車だから途中まで一緒に帰りましょう」

 ゆっくりと中野さんが笑う。

 あぁ、ほら。やっぱり、違和感がある。

 うちの高校は私立で、といっても、賢いわけじゃなくて、どっちかと言えば、滑り止めにしておくようなお馬鹿な私立だ。だから、中野さんのように理想の生徒様なんかがくるところじゃない。

 それよりも。別に一緒に帰る必要ないと思うんだけど。

「さぁ」

 何も口を開こうとしない私に気づいているのか気づいていないのか、中野さんは、小さな足で歩き出す。体全体が細くて転んだら骨が折れてしまいそうだ。

 仕方なく、中野さんの隣に並ぶ。私よりも少し小柄で色白で、横から見ると、瞬きをする度に落ちるんじゃないかと思うほど、睫毛が長かった。

「美月様」

 校門に差しかかったところで、ケンが駆け寄ってきた。私の自転車を押しながら。

「あら、お知り合い?」

 また小さく首を傾げる中野さん。私が頷くと、そっと微笑んだ。

「一緒に帰りましょう。あっ、美月様のお友達ですか? わたくしは美月様の……」

 だんだんと早口になっていくケンを強く睨みつけると、口をつぐんsだ。中野さんが不思議そうに今度は深く首を傾げたが、微笑んだだけだった。

「邪魔しちゃ悪いものね。それじゃあ、私はこれで」

 軽く頭を下げて自転車にまたぐと、上り坂を見た目とはうらはらに軽やかにこいでいく。風になびく髪が桜の舞う道によく似合うと思った。なんとなく、中野さんが角を曲がるまで二人して見送る。

「邪魔してすみません。折角の友達との時間を」

 角を曲がったあともしばらくひらひらと宙を舞う桜を見ていた私に、ケンが深く頭を下げる。

「別にいいよ、友達じゃないし。そんなのいらないから」

「そうですか?」

 顔をあげたケンは少しだけ首を傾げて、足元に視線を落とす。昨日は真新しいローファーだった私の足元が、今日はいつもと同じスニーカーだった。ケンもいつも履いている汚れたスニーカー。ただ、ケンは下ろしてから一度も洗わないから、私よりも黄ばんで見える。

「まぁ、それより、早く乗ってください」

 肩にかけていた私の鞄を強奪して前籠にいれると、ケンは自転車にまたがった。

「さぁ」

 振り返って、荷台を叩くケン。ため息ついて荷台にまたがると、ゆっくりと風が生まれた。生暖かい風が頬をかすめていく。

「あのさ、この自転車私のだよね」

 ケンに抱きつくのは癪だから、荷台の端っこをつかむ。細い鉄だと少し不安な気もしたけど、ケンよりかはよっぽどマシだ。

「今日は念を込めるんですよね。だったら、少しでも早く、楽に帰れるようにお迎えにあがりました」

 ちらりと私の方を見て、ケンは笑う。角を曲がって体が軽く揺れた。

「まぁ、そうだけどさ」

 ケンの言う通り、今日は紙に念を込めようと思っていた。今日の魔狩りでストックの紙が無くなったからだ。別に魔が出てきてから念を込めて紙者を呼び出しても良いけど、先にイメージして念を込めておけば、いざというときにすぐに呼び出せるから、そういうときのために、念を紙に込めてためておく。ケンはへらへらといつも笑っているくせに、こういう細かいことには気が効く。

「美月様は紙者言葉が覚えられないですもんね。絵もお上手とは言えませんし」

 そのくせして、こいつは一言どこか多い。

 たしかに紙者言葉は全くといっていいほど知らない。この紙者言葉を覚えておけば、紙に指でなぞって書くだけでも、紙者は呼び出せる。そう、紙者言葉で虎って書けば、虎が呼び出せる。紙者使いのパターンで一番便利なのは、この言の葉タイプ。

 あとは絵を描いて呼び出すタイプもある。言葉そのまま絵を描いて呼び出す描タイプだ。簡単な絵でも凝った絵でも良い。基礎がちゃんとしていれば、強い紙者が呼び出せる。

「でも、美月様の念タイプが一番強いと思います」

 拳握って叩こうかと振りかざしかけたとき、笑うわけでもなく、おだやかにケンが口を開いた。

 私の念タイプは、頭にイメージする分、時間がかかるのが難点。描タイプもその点は一緒だけど、基礎があれば簡単な絵でも良いのに比べ、あやふやなイメージでは、紙者が呼び出せないことさえある。だから、時間のあるときに、こうしてためておく。

「ていうかさ、ケン」

 空を仰ぐと桜が降り注ぐようだ。いつもみる夜の景色が昼というだけでこんなにも違うんだ。

「何でしょうか」

 いつもより何故か高い声でケンが言う。ちょうど、下り坂に差し掛かって自転車は勢いを増す。命を惜しむようにしとやかに舞う桜も、どちらかと言えば、駆けるように散っていくように見えた。

「散っていいんだよ、紙者なんだからさ」

 そう言って、ケンの顔を覗き込む。口をつむったまま、ただ前を見ていた。

「だって、ケンを呼んだのは遊び相手が欲しかったからだしさ」

 坂を下り終えたのと同時に住宅街が広がった。どこを見ても家ばかりが並んでいて、緑なんてひとつもない。どの家も枠にぴったり入るようにきれいに並んでいる。

「だめですよ。まだ役目を終えてませんから」

 ケンが小さく呟いた。

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