第4話  僕はコピーキャットですよ!の巻

 次の日、おこりん坊さんは病院から帰って来ると、一目散にごはんのあるテーブルに走っていき、バリバリ音をさせながら食べ始めた。食べ慣れたごはんに、いつもならプィっと横を向き、いらないと態度で示すのに、やっぱりお家が一番いいらしい。僕はおこりん坊さんにつられ隣でごはんを食べ始めた。エリさんが小皿に蒸した鶏のささ身を入れてそうっと目の前に置いてくれる。僕は一歩下がり、おこりん坊さんに僕の分を譲る。おこりん坊さんはそれもぺろりと平らげ、食べ終わると窓際のネコタワー(ここのがそう呼んでいる。)の一番上のベットに横になり毛繕いを始めた。エリさんの優しい心遣いに、僕は食べ残したドライフードを礼儀正しく綺麗に片付ける。おこりん坊さんがいつもよりたくさん食べたので、安心したエリさんはごはんのお皿を片付け、グルグルのピィーという終了ブザーに、洗濯物を出してカゴに入れた。

 グルグルとは僕にとって洗濯機のことで、あれは忘れもしない大雪が降った次の日、洗濯物が乾かないので、エリさんについてコインランドリーに行った時の事。エリさんを驚かそうと乾燥機の中に入って待っていた僕は、濡れた洗濯物と一緒にグルグル回され、驚かそうと思ったのに驚かされて、その挙句、エリさんは僕の姿が見えないという事を思い出しました。だから、洗濯機はグルグル目が回るグルグルなのです。


 エリさんが三階のベランダに洗濯物を干しに行ったので、部屋には僕とここのだけ。おこりん坊さんは病院疲れでぐっすり寝ている。

『アイタタッ!さっき、僕は僕を食べちゃいましたよ。』

「慌てて食べるから舌を噛むの。」

ソファにうつ伏せになったここのは、両足をバタバタさせながら図書館から借りて来た本を捲っている。

『ねぇねぇ、その本は面白くて面白くてつまらないものですか?』

僕はその足先ギリギリの所に座り前足で顔を洗った。

「危ないなぁ、足が当たるよ。そこにいると。」

『当たりませんよ。ここのが避けるから。それよりも答えになっていません。』

「お父さんはアフリカだし・・・。困るんだなぁこれが。夏休みの宿題、読書感想文。」

『たまには一人でやったほうがいいですよ。』

「わかってますよーだぁ。それより、この本、お母さんが小さかった頃、夏休みに友達と学校のプールで泳いだ後、図書館に行って借りたんだけど、面白くって家までの帰り道歩きながら夢中で読んだんだって。その日はすごく暑かったから、家に着くとお婆ちゃんがおやつに冷たいイチゴ味のかき氷を用意しておいてくれて。それから、毎年夏になると美味しいイチゴ味のかき氷とこの本を思い出すって言ってた。主人公のドリトル先生は動物の言葉がわかるの。皆にはファンタジーなんだけど、わたしには現実。だから・・。かなにひとつだけ聞いてもいい?わたしはどうしてかなの言葉がわかるの?」

『それはですねぇ・・・。お答えできないシステムになっています。』

「エーッ。ケチ!だったら小判に聞くからいいよ。」

『あの人はお答えしません。僕もおしゃべりすると窓際に行けと言われますよ。外は今、三十五度もあるから窓際に行くと暑いのです。』

僕はテーブルの下で伸び伸びと体を伸ばし、横になっている大きい人を見ながら言った。ここのは手に持っていた本を閉じ、

「なんかスッキリしないなぁー。」

とつまらなさそうに口を尖らせる。それに答えるように

『あたしもスッキリしない!』

突然、横から声がした。さっきまで疲れて寝ていたおこりん坊さんが目を覚まし、大きな口を開けて欠伸をすると、体を弓の様にしならせて伸びをする。そして、ゆっくりネコベットに坐り直しここのをじっと見つめた。

「あれっ!コマちゃん起きたの?」

『拭いて!』

「突然どうしたの?」

『あたしのベットが毛だらけなの。あたしがいない間、誰かがここで寝たの。いつもならエリさんがきれいにしてくれているのに・・・。』

「お母さん、いま洗濯物干してるから。コマちゃん、あとでいい?」

『ここのでもいいから、すぐに拭いて。』

「あっ、あたし~。あたしは他にやることあるし~。そう、感想文だって書かなきゃいけないし、忙しいんだけどな。」

さっきまで、暇を持て余していたここのは、忙しい振りをして、そそくさとソファから起き上がった。のんびり構えていた僕は急な展開に、ここのとおこりん坊さんの顔を交互に見る。

『読書感想文って言っても、ここのはどうせ夏休みの終わり、ギリギリまで書かないんでしょう。』

「そんなことないよ!わたしだってやる時はやるんだから。」

もしかして?もしかして。その先は決して言わないで下さい。僕は一生懸命に祈った。

「そんなに急いでるんだったら、小町が自分でやれば!」

アアアッ!やっぱり言っちゃった。二人とも負けず嫌いで売り言葉に買い言葉。間に入った僕の身にもなって下さい。

『あのね。人間は雨を降らすことができないでしょう。ここのが今言ったことはそれと同じなんだよ。そんな事言うんだったらやらせるよ!』

それが始まりの合図だった。ここのは急に立ち上がると、階段の収納棚から掃除機を持ちだして、おこりん坊さんのベットの掃除を始めた。こういう時のおこりん坊さんは誰にも止められない。僕と大きい人と同じ力を持っているおこりん坊さんは、例えば、僕がヘナヘナだったらおこりん坊さんはツンツン。そして、大きい人はハリの山。それは言い過ぎだけど、みたいなもの。それぞれの性格で力の出し方は変わる。ツンツンがいつハリの山になるのかわからない。おこりん坊さんは、ネコタワーの一番上から下を見下ろし掃除が終わるのを見届ける。今、下手に手は出せない。僕はひとりソファに座り見守るだけ。

『人の役に立ちたいという希望には程遠いが、ネコの役に立っている人は誰ですか?ここのですか?おいおいおい!』



 その頃、エリさんが洗濯物を干している三階のベランダと反対側の出窓では、網戸越しに、シマシマさん(名前は金多。僕たちの中で一人だけ、体の模様がシマシマなのでシマシマさんですよ。)が真向いの家の屋根にいる、一羽のカラスをジィ

ーと見て狙いを付けていた。カラスは挑発するように「カァッ―」と啼く。その声に、シマシマさんは喉の奥から絞り出す様な声で「クァー、クァー」と応戦する。カラスはシマシマさんが家から出られないことをいいことに、今度は後ろを向き、大きな黒い嘴で自分の羽の毛繕いを始めた。その様子に、シマシマさんは怒り、目の前にある網戸のことも忘れて狙いを定め、飛び掛かろうと力一杯ジャンプした。カラスは網戸にぶつかる大きな音と気配に驚いて飛び立ち、取り残されたシマシマさんは網戸に爪が引っ掛かり張り付け状態になった。


「ドドドドッ。ウィーン。ウィーン。」

九時きっかりに家の前の道路工事が始まった。

その途端、僕とおこりん坊さんの興味は、一生懸命に掃除をしているここのから、道路工事に移って出窓に走りより下を覗き込んだ。もう、好奇心は止まらない。

『もしもしっ、もしもしっ。何の工事をしてるんですか?もしもしっ。ガスですか、電気ですか、どうでしょう?』

僕は工事の人に聞いてみた。待てど暮らせど返事は返ってこない。それに、気のせいか、さっきより工事の音が大きく?なって耳?鼻?についてきた。

『もうお答えして頂かなくても結構です。音が煩いですよ。いつ終わるの?終わらないの?』

イライラしてきた僕は乱暴語になってきましたよ。

『無理だよ。相手はこっちが何を言ってるのかわからないんだから。』

そう言いながら、もうどうでもよくなっているおこりん坊さんは顎を前足で掻いている。相手が物凄いお化けだったら、今頃、おこりん坊さんは凶暴さんに変身して体半分食べてましたよ。僕は我慢してもう一度聞いてみた。やっぱり返事は返ってこない。

『うるさいですよ!』

僕は怒った。(起こった。)シィーン。一瞬でまわりは静まり返りすべてが止まる。電気を操るのはお手のものっと、その時、

『オレは勝つちゃ~ん!』

勝つが大声で叫びながら出窓に走って来た。人の言っていることは分かるが、「オレは勝つちゃん」しか言葉を知らない一つ覚えの勝つちゃん。僕はその声に気を取られ、力が抜けて煩い工事は元通り。三階のシマシマさんは、網戸に引っ掛かった爪をやっと抜いて床に下り、伸びっぱなしだった手足をゆっくり曲げると坐り直して、格子状に跡が付いたお腹の白い毛を舐め始める。掃除していたここのは、頭の中のおこりん坊さんの意識が消えて自分に戻り、

「あんたたち、ひとに掃除させといてなんなの!」

僕と勝つの目の前で腕を組み睨んでいる。

『オレは勝つちゃん!』

勝つは僕の代わりに答えてる。

「オレは勝つちゃんじゃないよ。もう少し言葉を覚えたら。」

勝つは僕の代わりに怒られている。

『あの・・・。勝つは勝つじゃないんだって。』

勝つは不思議そうな顔でジィーと僕を見ている。

「そんなんじゃないよ。もぉ!かな!」

ここのは僕と勝つに呆れてそれ以上怒れない。おこりん坊さんはと言えば、知らない間にネコタワーに戻って寝ちゃっている。

怒られたのは僕のせいですか?どうですか?

取りあえず、ごめんね。勝つ。ありがとうです。


 それからしばらくは皆自分のことに専念した。掃除で汗だくになったここのは、喉が渇いて冷蔵庫からカルピスを出し一気に飲み干す。勝つは全てのお皿のにおいを嗅いで空だと確認するとその前に座り、誰かが気づいてごはんを入れてくれるのを待つ。僕は余計なことに首を突っ込み、また怒られると嫌なので誰もいない所を探して階段を上った。目の前の壁にシミを見つける。僕は鼻を近づけて臭いを嗅いだ。これはチッチの臭い。そして、背中に誰かの気配。固まった。後ろを振り返ると、ここのがシッポを持ち上げ、僕のお尻の臭いを嗅いでいる。

『僕、疑われてるの?』

「違うの?」

「僕・・・。ぎわくーぎわくー?」

「ぎわくなんてどこでおぼえたの?」

『テレビ。テレビ。』

「そんな事どうでもいいけど、チッチはトイレ。わかった?かな」

わかりますよ。僕はバカな振りはしますが、バカではありません。

砂の上にするんです。終わったら砂を掛けるんです。

ここのは僕にもう一度同じ事を言うと、消臭スプレーを持って来て、ティシュで汚れを拭き取った。

『チッチをしたのは誰ですか?僕ですか?僕ではありません。勝つですよ。』


 その夜、僕たちは大好きなマグロの缶詰を貰い、お腹がいっぱいになったので、それぞれ、自分の場所で体を丸めて横になった。夕食が終わったここのとエリさんは、レンタルビデオ店で借りて来たDVDを見始める。ここのの好きな「トゥーム・レイダー」シリーズに「バイオ・ハザード」シリーズ。小さい頃からディズニー好きのエリさんは三度目の「アナと雪の女王」を借りて来た。親子でミッキーの帽子をかぶり、パレードを観に行く夢は未だに実現していない。右に倣えではなく自分に倣え。そんなここのの性格は今、遠くに出掛けている柱さんによく似ている。父と娘、大きい人とおこりん坊さん。血は争えない。ここのの好きなアクションヒロインものを見終わって、次はエリさんの番だ。テレビで何回も流していたスクリーンの中のヒロインと一緒に歌うシーン。エリさんが大きな声で歌い出した。

「LET・IT・GO~」

「ありのままの~」

『コピーキャット~』

エリさんは英語で歌い、ここのは日本語。僕は替え歌の三重奏。

「コピーキャット?」

ここのは思わず後ろを振り向いた。

僕はネコタワーの隣の二段重ねたキャリーの上に乗り、シッポを大きく振る。

「かな?」

ここのは僕が何を言ったのかよく分かっていない。

「お母さん。コピーキャットってなに?」

ここのは僕を見ながら、何も知らずに歌うエリさんに聞いた。

「えっ!なあに。いきなり・・・。」

「いいから、コピーキャットの意味教えて!」

「ううん。いろいろあるけど。とりあえず、真似をするってことかな?」

エリさんは急いで答えると画面に戻る。

「LET・IT・GO~」

と、エリさんが歌いながら後ろを振り向き、

「ああっ!!」

と、ここのは叫びながら僕を指差し、

『勝つのコピーキャットですよ~』

と、僕はお尻をちょっと上げ、後ろの壁に向かって勢いよくチッチをする。

ああ~。スッキリした。

エリさんは慌てて消臭スプレーとティシュを取りに行き、ここのは僕を止めようと走って来たが間に合わず、僕はここで捕まる訳にはいかないので、キャリーから急いで飛び降り、三階への階段を駆け上がった。

「かな!」

ここのが大声で叫んでいる。

悪いのは誰ですか?僕ですか?僕ではありません。

僕はただ勝つの真似をしただけです。

『僕は勝つのコピーキャットですよ!おいおいおい!』


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