第3話
「あなたも誘われていたなんて」
飛行機で隣の席に座った彼は心底嬉しそうに笑うのだ。大して仲良くなんて無かったのに、猫のようにゴロゴロと僕に甘えた。
「あなたがいるなら安心です。俺、あなたの演技大好きなんですよ!ひと月前?かな?びっくりしました。ほら、母親殺すやつで、目つきがリアルでした、セリフ回しが壮絶で…」
ベラベラとよく口の回る子だと思いつつ眺める。たまにこちらと目を合わせるが、ほぼ思い出すように目線を外し、ずっと喋り続けていた。
「僕はね、」
人が口を開くとすぐに黙ってこちらを見つめる。話す時はあらぬ方向を向いているのに聞く時は、スケッチでもするかのようにじっと見つめてくる。
「…僕は、最初から好きだったよ。
僕は、お前の演技に、誘われたんだ」
ぱっと目を見開いた彼は、思い返せば少しハトみたいだった。少し緑のように見える茶色の目はさまよって、最後にこちらに向いた。
「…意外とロマンチストなんですね」
「なんで?」
「“お前の演技に誘われた”…映画の名ゼリフみたい」
嬉しそうににっこり笑った彼は、座席についたモニターをいじり始めた。伸びたままの爪が画面ににぶつかる度、カチカチと音を立てている。
「なんか映画見ません?」
「…んー、それ個人個人が観るものだろ。なんで一緒に観なきゃいけない」
「えー、同じの観ましょうよぅ〜」
「僕は寝るよ。あ、これいいよ。主演の演技が良い」
「へー、じゃこれ観ます」
映画が始まると彼は食い入るように画面を見た。彼は何も話さなくなった。
映画は議論しながら観るべきものではない。彼もそれを感じているひとりなのだろう。映画を観る時は、まず身を任せて映画を感じる。素直に受け入れ、雰囲気に浸る。その後に思い出して考えるのも良いしもう一度見て考えるのが良い。
僕は背もたれに寄りかかって映像の記憶を反芻した。
美しく優しい映像。この映画はロンドンが舞台だ。監督は移民の中国人で、日本人の音楽も使われている。アジア女優と最近人気の英国俳優の演技が素晴らしく、何度も観ている映画の一つだ。
横の彼は少し開いた口で画面を見つめている。
彼はもう僕の存在なんて気にしていない。俳優たちの織り成す世界に入り込んでしまった。
彼はあの場面を、この映画をどう感じるのだろう。
見終わった後に感想を聞くことを楽しみに、僕は目を閉じた。
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