第69話 最強少女の仲間は最弱じゃないと思った?

「あ゛~、つまり……二階層で人をブッ殺して逃げてきたら、なぜかいきなり十階層まで来ちゃったと……そういうわけか?」


 これまでのシリアスな経緯を包み隠さず暴露した直後、途中にもちょいちょい口を挟んできた空気読まない系短期女が、俺達の波乱万丈なダンジョン生活を軽々しく要約した。

 だが、まあ……間違ってはいない。


「そうで……あー、いや……そうそう、大体そんな感じ、うん」


 思わず「そうですね」と言いかけてから、そういやコイツ同い年じゃんと気づいて言い直す。


「バッッカじゃねえのお前! んなトンデモねえショートカットできりゃー誰も苦労しねえんだよ! 大体なあ、ファフなんちゃらっつードラゴンなんて聞いたこともねーぞ。ハッハ! 何だお前ら、実はヤベー薬でもキメてんのか?」


 うん……まあ、そう思うよな。

 二層からいきなり十層まですっ飛ばして行けるだなんて、どう考えてもあり得ないと俺も激しく同意せざるを得ない。

 どんなクソゲーだよ、ダンジョン設計士が泣くわ。

 でも、そこは信じてくれなくても別にいい。

 問題は……。


「……本当に俺達のことは全く知らないのか? 特に、いきなり襲い掛かってきたクレイジーな誰かさんは、油断させといて後ろからブッ刺すつもりじゃないだろうな?」

「ハァアアア!? アホかっ! んな卑怯でツマんねーことして何の意味があるってんだよ! さっきのはなぁ、強そうな奴の気配がしたから軽ーく挨拶しただけじゃねーか! 軽~~くよお!」

「軽くぅ? あれでぇ? ……まあいいよ、千歩譲って仰る通りだとして……俺達がお尋ね者だって知った今、それじゃあ殺そうとか捕まえようとか思ったんじゃないか?」


 しつこいようだが念には念をと、なおも探りを入れる俺に対して、八重樫は心底めんどくさそうに眉をひそめる。


「っか~~っ! 何だよお前、うっぜーな~。別にどうも思わねえしどうもしねえっつーの。大体よぉ、ここにいるやつぁ全員もれなく犯罪者だろが。人を殺しただあ? それが何だってんだ、今さらだろーが。偉そうに非難したりボコる権利なんざ誰にもねーよ。お前が言うなっつー話だろーが。なあ、湊」

「…………え? あ、ああ、そうですね……」


 俺の話を聞いて以降、目を伏せて真剣に何か考え込んでいた紅月さんは、急に同意を求められてハッと顔を上げると、すぐに俺と陽芽に柔らかい微笑みを向けた。


「……天地君、陽芽さん、大変な目に遭って辛かったでしょう。よく今日まで頑張りましたね。偉いです、本当に」

「あ、いえ、そんな……」

「天地君達が疑心暗鬼になってしまうのも当然です。ですが、どうか信じてください。花凛の言うように、僕達に敵意はありません」

「っ…………」


 はい、分かりました、信じます。

 と、あまりの善人オーラに危うく即答しかけたが、何とか八割がた口を開くだけに留める。

 俺一人のことだったら、仮に騙されても「あっちゃ~、まんまとしてやられちゃったZE、てへぺろ☆」で済まなくもないが、陽芽とマユの命運もかかっているとなっては安易な判断は許されない。

 一か月前に百億パーセント俺のせいで迷子になってしまった失敗を教訓に、ここは慎重に見極めなければ……。


「……僕は花凛ほど極端な考えではありませんが……そうですね……僕としては、どんな事情や境遇であれ、罪に償いは必要だとは思います。ただ、それは他人が罰するものではなく、自らが悔い改めるべきものではないでしょうか? ですから、人を殺めたマユさんにも、マユさんを庇う天地君にも陽芽さんにも、僕は何もする気はありません。もちろん、正しい道に進むよう諭しはしますし、助言もしますし、お手伝いもしますけどね」

「紅月さん……」

「湊…………なぁーに言ってんのかわっかんねえよ、お前。小難しいことをグダグダとよぉ~。とにかくアタシと一緒ってことだろ? な? よし、そういうこった。よーお前ら、これでもまだ文句あんのか? あ?」

「……だ、大丈夫、じゃないかな? 二人とも、いい人そうだよ、お兄ちゃん」

「……うーん……そう……だな…………」


 正直、片方はいい人かどうかかなり怪しいが……考えてみれば、マユが熟睡している現状で何もしてこないし、そもそも危険がないからマユは熟睡に至ったのではないだろうか。

 基本的に対人初期友好度が最低値どころかマイナスからスタートする陽芽がこう言ってることだし……ひとまずは警戒レベルを下げてもいい、かも……。

 いや、待て待て。

 そう思わせるためにあえて、と裏の裏をかいた可能性もなきにしも……。

 うん、これもう分かんねぇな。


「ところで花凛、少し気になったことがあるんですが……今の天地君の話に出てきた人の中で、知っている名前はありましたか?」

「ああん? んだよ唐突に。あ~……そういや誰もいねえなぁ……。つーか、アタシに聞くなっての。気に入った奴以外イチイチ覚えてらんねーよ」

「そうですか……。では、天地君にも一つ聞いていいですか?」

「? え、ええ……どうぞ」


 俺が性善説と性悪説の狭間で揺れていると、紅月さんは頭上でうっすらと発光しながら悠然と浮かぶお馴染みの物体を指差し、いたって真剣な表情で俺の目を見た。


「これは……何ですか?」

「………………え?」


 これって……え? それ?

 何って……は?

 ……ちょっと何言ってるのか……。

 いや、しかし……どうやらジョークではないようだ。


「えーっと……え? いや……セーブクリスタル、ですよね? 普通に……」


 そう答えた途端、八重樫が盛大に吹き出した。


「ぶっは! な、何つった今? セーブクリスタル? 何だそりゃ、さも当然みたいに……アッハハハ! ウケる! 退魔結晶をセーブクリスタルって……やべえ、ツボったわ、アハハハハハハッ!」

「………………へ?」


 …………なぜ?

 なぜ俺はこんなに笑われているんだ?

 だって、セーブクリスタルだろ?

 まごうことなきセーブクリスタルじゃないか。

 何だよ、退魔結晶って。

 確かにセーブクリスタルってのは安直だと思うけど、それはそれで大概なネーミングじゃね?

 え? もしかして俺は間違った名前を教えられていて、今の今まで実は陰で笑われていたとでも言うのか?

 な、何て陰湿ないじめなんだ……!


「やはり、そうでしたか……。まさかとは思っていましたが、これでようやく確信しました」


 過度な警戒による人間不信のあまり被害妄想を拗らせつつある俺の心境を知る由もない紅月さんが、得心がいったとばかりに小さく頷く。


「前例のないことですが、天地君達は他のダンジョンから……いえ、正確にはダンジョンの他の入口から僕達のエリアに合流した、と考えて間違いないでしょう」


 ……………………は?


「あ゛ぁ? どういうこった?」

「そもそも世界中で謎の穴が同時に出現した当初、原因は大規模な地殻変動による地盤沈下であると思われていました。その後、三か月に及ぶ各国の調査によって、いずれの穴にも未知の魔物が蔓延る迷宮が広がっていると発表されたわけですが……それらが全て、あるいは一部でも繋がっているのか、それとも独立したものなのかに関しては解明されませんでした。地質学者の見解では、そんな広大な空間が世界中の地下に存在すること自体があり得ないはずだったのですが……」

「がぁ~~ごちゃごちゃとうるせえな! 簡単に説明しろ、簡単にっ!」

「っと、すみません……つまり、ダンジョンへ送られた僕達は、五年もの探索によって穴ごとに別々のダンジョンが広がっているという結論に達していました。ですが……実際には、まだ誰も知らない各ダンジョンを繋ぐ通路がわずかにあったというわけです。天地君達の知る人物やダンジョンの構造、名称が僕や花凛と異なるのはそういう理屈としか考えられません」

「なっ……マジか…………!」


 ……なるほど。

 たしか俺の記憶では、日本に存在するダンジョンへの入口は全部で二十四箇所。

 それらが繋がってるのか別々なのかは、ぶっちゃけ考えたこともなかったが……そうか、そうだったのか。

 道理で、超有名人のはずのマユやインパクト抜群のマユパパや特別危険指定区域にいるファフニールのことを、この二人が知らないはずだ。

 ……とはいえ、ダンジョンのことなんかさほど興味がない俺としては、正直「ほーん、で?」って感じだ。

 しかし……ここにマユを知るものは絶対に一人もおらず、見つかる可能性も限りなくゼロに等しいと確定したことについては、サンバを踊りながら声高に歌いたいくらい喜ばしい。


「できれば、そちらのダンジョンのことをもっと詳しく聞かせてもらいたいところですが……差し当たって、天地君達はこれからどうするつもりですか?」

「……え?」


 紅月さんの問いに、俺は微妙な角度で首を捻る。


「う~ん……色々と分かって、なおさらこっちに移住したい気持ちが強くなった気はしますけど……とりあえず、向こうで世話になった人がいるので、一度その人達にお礼やら挨拶やらはしたいと思ってます」


 ってことでいいかな? という思いを込めて陽芽を見ると、同意を示す首肯が返ってきた。

 すかさず、八重樫がぐいっと身を乗り出して声を弾ませる。


「そんじゃー、戻る道を見つけるまでアタシらと一緒にいろよ! お前らなかなかおもしれーし、マユと決着もつけてえしなっ!」

「そうですね。その方がお互い助かると思いますし、どうでしょう? もちろん、無理にとは言いませんが……」

「いえ、そんな……めちゃくちゃありがたいです! なあ、陽芽」

「うん」


 どうやら、この二人はマジで信頼に値する人間のようだし……この申し出を断る理由は一つもない。

 まさか、追手から逃げるどころか強力な味方――もとい、マユファンクラブ会員候補と出会うことができるなんて、俺達の運も捨てたもんじゃないな。


「よっし! じゃあ、早速実力の程を見せてもらうとすっか! どれどれ~っと……」

「あ…………」



(以下、日本語訳)


名前:こがらし マユ

レベル:73

筋力:1178

敏捷:1415

魔力:587

MP:883/998

スキル:『真空斬り』『自動反撃』『武器生成』『反射速度上昇』『体力上昇』『身体能力上昇』『動体視力上昇』『スキル効果上昇』『武器性能上昇』『毒耐性』『音波耐性』『病気耐性』『電撃耐性』『弱体化無効』『魔力吸収』『体力吸収』『硬化』『狂気』『威圧』『暗視』『察知』『痛覚鈍麻』



「んなっ?!? レ、レベル73……!? マユ、コイツ半端ねえ――……って、んん……?」



名前:日比野ひびの 天地てんち

レベル:5

筋力:33

敏捷:39

魔力:47

MP:37/45

スキル:『調味料』『魔法の料理』



名前:日比野ひびの 陽芽ひめ

レベル:4

筋力:37

敏捷:63

魔力:69

MP:30/34

スキル:『暗殺』『瞬発力上昇』



「……………………うわ、ザッコ……」


 最強を見た後の最弱。

 天を見た後の地。

 想像を大きく下回る低レベル低ステータス(特に俺)を目の当たりにした八重樫の何とも言えない微妙な表情は、俺達兄妹の心に痛々しく刻まれた。

 っく……偉そうにしてやがるが、コイツだって所詮は十六歳の小娘……大して強いはずがない。

 紅月さんにしたって、顔も性格も完璧なんだからバランスをとるために戦闘能力は低めに違いない……我ながら謎理論だが――。



名前:紅月あかつき みなと

レベル:26

筋力:336

敏捷:372

魔力:429

MP:312/358

スキル:『ホーリーライト』『セイントアロー』『ヒーリング』『キュアポイズン』『キュアパラライズ』『スピードアップ』『マジックシール』『魔法効果上昇』『状態異常抵抗』『解析』



名前:八重樫やえがし 花凛かりん

レベル:62

筋力:1173

敏捷:892

魔力:549

MP:257/864

スキル:『火炎斬り』『スタンブレイク』『ファイアブレット』『フレイムウォール』『スピリットアーマー』『嗅覚上昇』『聴力上昇』『筋力上昇』『瞬発力上昇』『体力上昇』『武具耐久力上昇』『睡眠耐性』『麻痺耐性』『炎耐性』『上昇効果無視』『疲労軽減』『暴圧』『察知』



「……………………うわ、つっよ……」

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