第70話 キチかわいければ猟奇的でも好きになってくれますか?
俺が知る限りマユに次ぐレベルを誇るガサツ系女子校生八重樫花凜と、実力性格ともに完璧で欠点なしのイケメン大学生紅月湊さんという、実に心強い仲間が新たに加わってから、はや三日。
相変わらず樹海を延々と彷徨う日々が続いているものの、探索の効率が飛躍的に向上した成果か、ようやく事態に進展の兆しが見えてきた。
出現するモンスターが変わったのだ。
今までは植物や小動物のような、比較的危険度が低いほんわか系統――見た目はグロいが――がほとんどだったのだが、昨日からは丸太のようなウォーハンマーを携えた牛頭の怪物『ミノタウロス』や、ゾッとするくらいおぞましい鋭い牙に爪を持つ狼頭の化物『ワーウルフ』といった、ファンタジーではお馴染みの亜人系がわらわらと跋扈するようになった。
いずれも三メートル近いバカでかい図体をしており明らかに危険度が急上昇したのだが、そこはマユと八重樫の頼もしきバーサーカーガールズがズシンズシンという重々しい足音が聞こえるよりも早く接近を察知して瞬殺してくれるので全く問題ない。
ただ、紅月さん曰く、これは守護者(フロアボスのことらしい)が近い兆候なのではないかとのことで、二層に戻りたい俺達としては『進展』と言っていいのか微妙なところだ。
……いや、どう考えても進展ではないな、悪化だ。
しかし、俺達は現在それどころではない問題を抱えている。
道が分からないだとかモンスターが強くなっただとか、そんなことが笑い飛ばせるくらい些末に思えるほどの、だ。
それは…………。
「にゃっっっハハはははアぁああぁアアアッ♪」
「ッ……おいマユ! やめろっつってんだろバカ野郎っ!!」
歓喜に満ちた甲高い奇声を上げるマユに、苛立ちと怒りを爆発させる八重樫。
なにゆえ八重樫が怒り猛っているのか、その理由は今まさに繰り広げられているマユの所業にあった。
事細かに説明すると、マユはミノタウロスの喉元に牛刀をブッ刺して大樹に磔にし、もがき苦しむのをガン無視して血のシャワーを浴びながら四肢を切断した後、腹を切り開いて内臓をぐちゃぐちゃと執拗に掻き回している。
なんてことはない、いつものマユだ。
別に、今に始まったことじゃない。
ここ数日、蛾に似たモンスターの羽をむしり目玉をえぐり取って泉に流したり、木をぶった切って甲殻を纏ったダンゴムシみたいなモンスターの上に落としてぺちゃんこに潰すゲームをしてケタケタ笑ったり、ワーウルフの毛皮を生きたまま剥ぎ取って着たり、そんな光景を紅月さんも八重樫も嫌というほど見ている。
そんな、俺と陽芽にとってはどうということはないマユの何気ない行動が、二人には耐えがたかったらしい。
モンスターとエンカウントする度に行われる過剰なオーバーキル劇場。
いくら注意しても一向にやめる気配のないマユ。
しまいには、ぐっちゃぐちゃに掻き出したモンスターの臓物をガジガジとかじりだす始末。
八重樫はご覧の通り終始キレっぱなしだし、紅月さんは口には出さないが目を背けてヴェノムキャタピラーを噛み潰したような苦い顔をしている。
結果、パーティーの雰囲気は日を追うごとにギスギスピリピリとしていき、今はもうかなり気まずい……というか険悪だ。
「マユ! 聞いてんのか!? おいっ!!」
「?? なああぁんでぇええぇえええ?? とおおおぉってもたぁああのしイイぃぃいいいよぉぉおおおっ♪」
「……っ! コイツ……いい加減に――――」
言っても分からないと悟った八重樫が、惨殺死体を弄ぶマユを引きはがそうとした、その瞬間——。
マユは、後ろに目がついているような超反応で逆手に持った包丁を八重樫の手に振り下ろした。
「ッッ!?!」
あまりにも突然かつ予想外の攻撃だったはずだが、八重樫はこちらも人間離れしたスピードで飛び退いて辛くも逃れた。
「花凜っ! 大丈夫ですか!?」
「……てめえ……どういうつもりだ? あ゛あ゛?!」
「に゛ゅぅうぅぅ~~…………」
花凛の口調が完全にマジになり、瞬時に重苦しく危険な空気が周囲を満たす。
俺も陽芽も紅月さんでさえも思わず息を飲む恐慌状態の中、マユは八重樫に背を向けて、空振った包丁をザクザクと地面に突き刺しながら不機嫌そうに歯ぎしりしている。
「……いいぜ? そっちがその気なら、やってやろうじゃねえか! 今すぐ決着つけてやるよっ!」
八重樫は、折れた剣の代わりとして鬼面の魔物『オーガ』から奪った禍々しい巨大な棍棒を軽々と振り回して、手近な大木に叩きつけた。
「ちょちょ、ちょっと! ま、待った待ったっ!」
へし折れた木が開戦のゴングとばかりに轟音を立てて地面を揺らす直前、これはシャレにならないと思った俺は、口を開きかけた紅月さんに先んじて一触即発な二人の間に割り込んだ。
「引っ込んでろよ天地。もう我慢の限界だ。言っても分かんねえなら、ボコッて言うこと聞かせるしかねえだろがっ」
「いやっ、まあ、その、何だ、ほら、俺達ってまだ出会って間もないしさ、多少の価値観の違いってのは時間をかけて埋めていくべきっていうか……それにあれだ、さっきのマユのあれも、自動反撃スキルのせいであって、マユに悪気があったわけじゃないっていうか……なあ、マユ?」
自分より遥かに強い女の子の喧嘩を仲裁した経験など全くない……っていうか、ほとんどの男子高校生にはないだろう。
なので、どうか二人には俺の勇気と一生懸命さを熟慮した上で、場を丸く収めるために笑顔で仲直りしてほしいところである。
「わっかんなああぁあいなぁああぁ……ダメぇぇえダメえぇえええぇってぇぇなぁぁんでなあああんでぇぇえええ? マユわぁぁああぁたのしイイぃぃくってえぇええやりたぁいよおおぉおぉぉにがぁああイイぃぃんだぁぁよぉおお??」
「はあ゛ぁ?! 何が楽しいだ、ふざけんなっ!」
うん、まあ、分かってた、そう簡単に解決するわけないって。
というか、ここは紅月さんに振るべきだったかもしれない。
むしろ、最初から俺がでしゃばらずに全部紅月さんに任せるべきだった気がする。
本当に申し訳ない。
「むぅぅうぅぅぅめんどくさああぁいなあああぁぁもぉおおぉ……しぃぃいいいらなあぁあぁぁいイイっ」
ぷくっと頬を膨らませてそう言い残すと、マユは転がったミノタウロスの四肢を蹴飛ばして霧の中へと消えていった。
「おいこら待て! 逃げんのかよ、おいっ!」
「落ち着いてください、花凛。あまり頭ごなしに言っても耳を貸してはくれないでしょう」
ブチギレながら追いかけようとする八重樫を、紅月さんが制止する。
「んだよ、何か文句あんのかよ湊。お前だってあいつにはイライラしてんだろ?」
「あなたの気持ちも分かりますが……マユさんは僕達の知らない辛いことがあって、あのような状態になったのでしょう。ですから、もう少しマユさんの気持ちを考えて接した方がいいと思います」
「はああぁあ?! んなもん無理に決まってんだろが、イカれてんぞあいつ! つーか、これでもかなり我慢してたんだぞアタシは!」
たしかに、こう言っちゃ失礼だが箸が転んでも激怒しそうな八重樫にしてはよく耐えた。
詳しくは話していないが、あらかじめマユがPTSDであることを伝えておいたからだろうか。
「おそらく、心理的ストレスに対する退行反応で善悪の区別が曖昧になっているのではないでしょうか? 小さな子供は、罪の意識を持たず抵抗なく虫を潰したり分解したり、無邪気な心でそういった残酷な遊びをして命の大切さを学ぶものですし……。花凛にも経験がありませんか?」
「あ゛あ? あ~……まあ、蟻の巣に水を流し込んだり、コオロギに花火ぶっ放したり、カマキリの足を引きちぎって蜘蛛の巣に放り込んだりしたことはあったかもしんねえな……」
うわ、けっこうやってんなコイツ。
思い返せば俺にも似たようなことをした心当たりはあるけど、そこまではしてねえぞ。
ちょっと引いたわ……。
「いや、でもよっ、あいつのは明らかに異常だし、度を越してるだろ! そんな虫けら殺すレベルじゃねえって!」
「たしかにそうですね。けれど、マユさんの身体能力を考えれば同じ延長線上の遊びだと思います。ただ……」
紅月さんは、そこで少し言葉を切って思案顔で顎に手を当てる。
「……憶測ではありますが、単純に精神が幼くなっただけではなく……何か別の、歪な感情が混ざり合っているような気がするんです。本当の自分とは違う人格を作って逃避している……あるいは、こうなれればという願望を投影している……いえ、むしろ具体的な誰かを模倣しているような……」
「チッ……お前はまた小難しいことをうじうじと……。考えすぎだっつーの。んな漫画みてえなことはあり得ねえし、あんなキチガイのサイコパスが現実にいるわけねえし、そんな奴になりたいアホがいるわけねえだろが」
「……そう……ですね…………」
ふぅ~……。
とりあえず、最強女子決定戦の第二ラウンドというカタストロフィを迎えずに済んだ。
しかし、このままじゃいずれまた……というか、早ければ明日にでも八重樫の怒りが再燃しそうだ。
こうなると、和平を実現するキーとなるのは八重樫と付き合いの長い紅月さんしかいない。
今はまだマユの猟奇的言動に戸惑っている感があるけど、どうやら元エリート医学生の彼は、幸いにもマユに一定の理解を示してくれているようだ。
ただし、精神病患者のカテゴリーとして、のような気はするが……。
ともあれ、今後は俺と陽芽がマユのフォローをして、紅月さんが八重樫の手綱を握るのが理想の――
「……ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
俺が現状の打開に向けて思考を巡らせながら八重樫と紅月さんの後ろを歩いていると、これまで寡黙に成り行きを見守っていた陽芽が小声でコソコソと耳打ちしてきた。
「マユお姉ちゃんの良さを、分かってもらうのは、もう少し時間がかかると、思うけど……サユちゃんと、アユちゃんのことは、どうするの?」
「あ~……そうだよなぁ……」
二人にはマユの多重人格のことはまだ話していない。
ちょっと個性的なマユを受け入れてもらうだけでもキャパシティオーバーの懸念があるというのに、さらにサユとアユが登場しようものなら、二人が……特に八重樫が大混乱することは必至だ。
情報は様子を見ながら小出しに、という俺の意図を汲み取ったのか、ここ三日の間はマユが寝た後にアユもサユも出てきてはおらず、おそらく寝たふりをしてくれている。
正直、紅月さんも八重樫もめちゃくちゃ強いし過酷なダンジョン生活も長いし、マユとも割とすぐに打ち解けてくれるんじゃないかと期待していたのだが……。
「なーんか、思ってたより時間がかかりそうだよなぁ……。陽芽はどうすればいいと思う?」
だんだん考えるのがしんどくなってきたので何か妙案でもないかと逆に問いかけると、陽芽は首をひねって「う~ん」と唸る。
「もう、いっそのこと、サユちゃんかアユちゃんも交えて、みんなで一度、ちゃんと話し合った方が、いいかも……」
「……うん、こうなったらもう、それもアリかもなぁ……」
「あっ、でも、それならサユちゃんの方が、いいかな。アユちゃんだと、なんとなく揉めそうだし……八重樫さんと」
「……そうだな、その光景が目に浮かぶな」
「それでもダメなら……仕方ないけど、二人とはここで、お別れし……——きゃああああぁぁっ!?」
「ファッ?! ひ、陽芽!? どうした!?」
突如として助言を悲鳴に変えた陽芽に驚いて隣に目をやると、そこにいたはずの陽芽が一瞬にして姿を消していた。
「おい、どうした!? 何があった、陽芽! 天地!」
緊迫した声で叫び駆けつける八重樫に、俺は答える心の余裕がなかった。
どうしたって、俺が聞きたいくらいだ。
一体、陽芽はどこに……。
「二人とも、これを見てください」
「! これは……」
紅月さんに促されて目を向けた先は、俺が歩いていたすぐそばにそびえる大きな木の根元。
背の高い植物や絡み合う蔦や立ち込める霧に隠れてほとんど見えなかったが、そこに人が一人ギリギリ通れるくらいの小さな穴がぽっかりと開いていた。
「んだ、こりゃ……!? もしかして、この中に落ちたのか!?」
「……まず間違いないでしょう。おそらくは獲物を落とすためにモンスターが仕掛けた罠だと思われますが……少し待ってください、今明かりで照らして――」
「陽芽-----っ!!」
紅月さんが言い終わるより早く、俺は穴の中へと身を投げ入れた。
たしかに普通に考えればこれは罠だろうが、だからこそ悠長なことをしている暇はない。
もう何年も前のように感じる、ダンジョンの入口に突き落とされたあの日のことが脳裏をよぎりながら、俺は暗闇の中を滑り落ちていった。
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