第58話 死ぬ死ぬ詐欺――よくもだましたアアアア!!

「ねえ、お兄ちゃん……ここ、だよね……?」

「……おう、多分……。ご親切などこかのどなたかが、ご丁寧に立て札を設置してくださってるから間違いないだろう。ただ……」

「うん…………壁……だよね…………」

「壁……だな…………」


 マユパパ達の尊い犠牲……じゃない、足止めを無駄にはすまいと、超特急でマユのいる『ファフニールの泉』の前へとたどり着いた俺と陽芽。

 しかし、そこにあったのは……壁だった。

 『危険! 立ち入り禁止!』と書かれた立て札の横には、間違いなく入口っぽい窪みがある。

 おそらくは、マユが逃げられないように二層の最低ゴミクソゲス野郎共が魔法で入口を塞いだ……といったところだろう。

 つまり、これが誰かを陥れるためにわざわざ作られた手の込んだ笑えない謎のミスリードでなければ、この向こうにマユがいるはずだ。

 俺と同じ結論に達した陽芽がワイルドに壁を叩き、刀で斬りつけ、肩をすくめてこちらを見る。


「私じゃ、ムリみたい……。お兄ちゃんは……あっ……その、えっと……ごめん…………」


 謝りやがったコイツ。

 「私で無理ならお兄ちゃんごときじゃお察しだよね(笑)」ってか?

 喧嘩の売り方が上達したなオイ、お兄ちゃんビックリだよ。

 そりゃー俺の方がレベルが高いのにステータスは負けてるがな……舐めてもらっちゃ困るぜ、妹よ。


「ふっ……笑わせるぜ! この程度の壁を破壊するなど造作もない。狂気のマッドサイエンティスト顔負けの、この悪魔的な魔法料理を使えばなっ! フゥーーハハハハハ!!」


 今まで作り置きしておいた傑作の魔法料理が入ったバッグから取り出した、ソフトボールほどの大きさの粘土っぽい物体を陽芽に自慢げに見せつけながら、俺はキメ顔でそう言った。


「…………何それ?」

「ふっふっふ、これはな……いや、百聞は一見にしかず。まあ見てろ……あ、火持ってない?」

「…………火打石なら、あるけど……」

「さんくす」


 まるで、二十代のヤングな親を相手に少女のフリをして振り込め詐欺をするイタい哀れな男を生暖かく見守るように、「意地を張るなら好きにさせてあげよう」的な、不憫の感情で満たされた眼差しで俺を見る陽芽。(※俺個人の見解です)

 理知的で温厚で寛大で器の大きいパーフェクトヒューマンな俺は少しも気分を害することなく、以下の手順を優雅にこなした。

 まず、粘性のある必殺料理を一個……待てよ、少ないかな……二個……いや、もういっそ手持ち全部を入口にぺたっとアーティスティックにくっつけて配置。

 エクセレント!

 次に、ランウェイを歩くトップモデルのようにエレガントに壁から離れる。

 ビューティフル!

 続いて、器用かつリズミカルに火打石を打ち付けて着火し、火矢を完成させる。

 グレイト!

 最後に、それを目標のブツ、必殺料理に向けて…………放つ!

 コングラチュレーション!!

 天才的な才能と日々のたゆまぬ努力は俺を裏切ることなく、華麗に射った矢は見事に目論見通り命中し、そして――――必殺料理は、ちょっと俺もひく程の大爆発を起こした。


「ひゃぁっっ!??」


 これほどとは思ってなかったが事前に結果が分かっていた俺とは違い、予備知識ゼロだった陽芽は突然の爆発に心臓が破裂する勢いで驚き、奇声を発しながら飛び上がって俺にしがみつく。

 ふっ……これぞ、対マユパパのために試行錯誤した料理の内、殺傷力が高すぎるゆえ泣く泣くボツにした至高の作品の威力だ。

 土煙が宙を漂い、爆発の残響が耳をキーンと刺激し、入口の壁がガラガラと崩壊する。

 陽芽は魂を吹っ飛ばされたような放心状態でその様子を呆然と眺めた後……壊れかけの機械人形のようにギシギシとぎこちなく顔をこちらに向けた。

 そんな陽芽に、俺は心の中で言い放つ――「ドヤッ!!」と――――。


「ドヤッ!!」


 おっと、思わず口から出てしまったじゃないか。

 まさか数秒後、あの寡黙な妹に本気で怒られることになるとは知らず、俺は束の間の優越感に浸っていた。



 「まあまあ、落ち着け……今はそんなことで怒ってる場合じゃない。早くマユの元へゆかねば……! ゆかねばだろう!!」と半ばはぐらかすことで激怒する陽芽をなだめて、俺達はいよいよファフニールの泉へと足を踏み入れた。


「う……おっ……!」

「な……何……これ…………」


 ぶっちゃけ、俺はマユの心配なんてあまりしてなかった。

 だって、マユは最強だから。

 なので、俺の心境としては「マユが処刑される!? マユを助けなきゃ!」よりも、どちらかと言えば「マユが処刑される!? 愚かな自殺志願者を止めなきゃ!」の方が的を射ている。

 別に、マユを殺そうとする絶対神への冒涜者を一心不乱に救ってやろうという気なんて毛頭ない。

 むしろ死ねと思う。

 だが、俺はマユに殺人願望があるとは思えないし、サユとアユだって姉を殺人者にはしたくないはずだ。

 だから、マユのために仕方なくクズ共を助ける…………つもりだった。

 何が言いたいかというと、そんな俺にとって目の前の光景は半ば予想通りであり、半ば想定外だったってことだ。


「……これ…………ひ……人……?」


 俺達のすぐ近く……だだっ広い部屋の入り口付近に散らばる、かつて人だった燃えカス。

 えぐり取られた地面と、バラバラにちぎれ飛んだ手や足や頭や胴体。

 正確な数は定かではないが……処刑人達が全滅したのは間違いない。

 それ自体は、無念ではあるがさほど驚くことではない。

 俺が驚いたのは、彼らの死因が明らかに焼死、あるいは爆死であるということ。

 そして、血のような真っ赤な泉の中央で、見覚えのあるイバラでぐるぐる巻きにされた挙句、同じく見覚えのある氷柱で貫かれた巨大な竜だ。


「これは……もしかして…………」

「あっ! お兄ちゃん、あれ……!」


 俺が真実に到達すると同時に、陽芽が部屋の右端を指差す。

 そこには、壁に寄りかかってうずくまる一人の少女――俺が会いたくて会いたくて震えた愛しのマユ……じゃないな、おそらくはサユがいた。

 マユじゃないのは意外だったが……何はともあれ無事で何よりと思って、俺は勢いよく手を振って走り出す。


「おーい、サユーー! 俺だーー、俺が来たぞーーーーっ!」

「……え? サユ? え……? え??」

「……! てんちにぃ……!?」


 なぜかキョトンとして「え?」を連呼する陽芽をよそに、俺はポカンとして瞬きを繰り返すサユに爽やかな笑顔で近づいて肩をポンポンと叩く。


「ホントにてんちにぃだ……もー、今までどこ行ってたのー? っていうかおそいよぉ、もーちょっと早く来てよねー……」

「いやー悪い悪い、こっちも色々あってな。しっかし、元気そうでよかった……と思ったら、そうでもない? 何か元気なくね? まさか怪我でもしたのか!? 大丈夫か!?」


 見た目には何ともないが、どこか声と調子にいつもの爛漫さがなくて気になった俺が興奮気味に尋ねるも、サユは無理やり笑って否定する。


「…………あはは、なーんともないよー。ただ、さすがにちょーっと疲れちゃったかなぁー……」

「そう……か……。あ~……まあ、そりゃそうだよな、うん……。その、あれだ……お疲れ!」


 …………俺は馬鹿か!

 この惨状を見てよく言えるな、俺って奴は!

 こいつらを殺したのは間違いなくサユだ。

 サユがそんなことをしてしまった……せざるを得なかった理由も、それによって受けた精神的ダメージも、よく考えなくても分かるじゃねーか。

 何が「元気なくね?」だよ、俺は頭イカれてんの?


「え……と……お兄ちゃん……さっきから、何言ってるの? サユさんって……マユさんの、妹さん……だよね? あの……例の…………」

「あ? 当たり前じゃん。どっからどう見ても……って、見た感じはマユだな。マユなんだから、そりゃそうなんだけど」

「え? えーっと…………え??」


 感動の再会をするはずが何とも微妙な空気になりかけた場を、はてな顔の陽芽が偶然にもリセット(できたか甚だ疑問だが)してくれた。

 にしても、さっきから何なんだ陽芽は。

 この状況のどこに疑問が…………。

 ――――あっ。


「あー、そっかそっか! そういや言ってなかったっけか? うっかりしてたなぁ、う~ん……まあ、その説明は後にしよう。とにかく今は――――」


 いっけね、陽芽にマユの多重人格のこと話してないじゃん。

 とはいえ、こんなところで長話してる場合じゃない。

 マユパパと雨柳さんとローニンさんも心配だし、まずは一旦戻って――――と思った、その時。


「グォォオオオオオォオオオッッ!!」

「――――っ!!?」


 あり得ないことに。

 信じられないことに。

 普通に考えて死んでるだろってレベルでボロ雑巾にされていたファフニールが……突然、覚醒した!

 イバラを引きちぎり!

 氷柱を粉砕し!

 翼を広げて薄暗い天井スレスレまで力強く飛翔したファフニールが、ぎらりと星のように輝く瞳を俺達に向けて威嚇する。

 マユの約束された勝利の包丁が無限の剣山となって突き刺さり、サユの極大魔法によって穴だらけになったままであるにも関わらず、その圧倒的な威圧感と存在感とラスボス感とその他諸々はもう……もう……ダメだ、日本語では表現できない。


「や……やべええええ! サ、サユ、もう一回やっちまってくれっ!」


 助けに来ておいてカッコ悪いことこの上ないが、それが一番手っ取り早くて確実だと思い、俺は咄嗟にサユに頼む。

 が――――。


「うはー、ごめん! あたし、もうMPが……それに、もー疲れて一歩も動けないよーーーー!」

「マジかよーーーーーーーー!!?」

「ど、ど、どどど、どうしよう……お、お兄ちゃん…………!」

「ど、ど、どどど、どうって……とにかく逃げるしか……」


 初めて目にするビッグでヘヴィーでリアルなドラゴンさんに、俺と陽芽はワクワクする余裕など微塵もなかった。

 その上、空前絶後にテンパるビギナー冒険者に対して、現時点での最強モンスターは挨拶も手加減も一切する気はないらしく、非情にも入口に降下して早々と退路を断った。

 そう、「知らなかったのか……? 大魔王からは逃げられない……!!」と言わんばかりに。


「く……くっそ…………こうなったら戦うしか……」


 と、勇敢な言葉を吐いたはいいが……え? 戦う?

 MPゼロのサユと、料理しか取り柄のない俺と、レベル3の陽芽が?

 ファフニールと?

 マジかよ。

 勝てるわけねーじゃん。

 やばたにえんの無理茶漬けだろ。


「てんちにぃ! あれあれ! あっちあっち!」


 ストックしてある魔法料理で何とか切り抜けられないかと無茶と知りつつ思案する俺に、本当に一歩も動けないのか座り込んだままのサユが入口と逆方向を指差しながら呼びかける。

 すぐさま指先を追うと、縦横一メートルに満たない小さな穴が限りなくひっそりと開いており、その奥にうっすらと下り階段が……見えた……気がした。

 もしも、あの先が行き止まりであればまさしく袋の鼠だが、もはや迷う時間もなければ代替案もない。


「よし……あそこに逃げよう! 走れ走れ走れーーーーっ!!」


 ひと欠片の勇気と九分九厘の恐怖の感情を込めて絶叫した俺は、魔力も体力も尽き果てたサユを背負い、ビビって震える陽芽の手を引いて、百パーセント中の百パーセントの全力全開で駆け出した。

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