第57話 撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ
「あ……っう……ううぅ…………」
「やった……やったぞ! よしっ! ついにKを殺せるっ!!」
膝上から切断された両足を抑えて苦しそうに呻くサユを見ながら、サブリーダーは顔を綻ばせて喜びを爆発させた。
「さあ、止めを刺すぞっ! 全員、魔法を叩き込めっ!!」
ドクドクと絶え間なく流れる血液の量から、すぐに治療を施さなければ一時間もしない内に死に至ると思われるが、当然ながらサブリーダーにサユを放置する気は全くない。
「「「おおおおおおおおおっっ!!」」」
ファフニールを圧倒し、赤子と遊ぶように自分たちの総攻撃を容易くあしらった、あのKに深手を負わせた。
たとえ姑息な不意打ちであろうと、サブリーダーの奇跡的な快挙を大多数の者が手放しで賞賛して、各々の武器を高く突き上げて叫んだ。
とはいえ、複雑な心境の者もいないわけではない。
当初より寝込みを襲撃するという人道に背く計画を実行する予定ではあったが、実際に目の当たりにした卑劣さと惨たらしさに戸惑い、あどけない少女を集団で追撃することに躊躇する者も少なからず存在した。
しかし、何年も前から後を絶たないKによる無差別傷害事件……そして、極めつけとなった先日の凄惨で残酷な猟奇殺人が、少数派である者達の口をつぐませていた。
ついこの間まで共に戦い笑い合った仲間を失い、悲しみに暮れた皆に対して処刑の中止を訴えることなど、どうしてできようか。
ゆえに、一致団結とまではいかないまでも四十人弱の精鋭全員が再びサユに武器を向けるまでに、さして時間はかからなかった。
「いっ……たたた……くぅ……いそが、なきゃ……」
「! 何だ……!?」
足を失ってさらに小さくなった体に狙いを定める集団をよそに、サユは背負っていた水色のリュックサックの中をゴソゴソと漁っている。
回復効果のある魔法道具を危惧してサブリーダーは焦燥したが、すぐに無駄な足掻きだと気付いてほっと息をつく。
なぜなら、部位の欠損を元通りに治す魔法道具も魔法も存在しないからだ。
せいぜい痛みを和らげて地獄に落ちろと内心ほくそ笑むサブリーダーが、勝利を確信して声高に命令を下す。
「ハハハハハッ! これで終わりだ! 死ねええええええっっ!!
「ごめん……アユ…………ちょっとだけ……おねがい……!」
サユが何かを取り出して、口に含んだ。
しかし、それがどれほど優れた効果を持つ魔法道具であろうと時すでに遅し。
誰もがそう考え、放たれた大量の魔法がサユを包み込もうとした。
その時――――――。
「ディスペル」
フッ――――と。
暗闇に飲まれて同化する影のように。
あるいは儚く散る線香花火のように。
色とりどりに眩く魔法が、サユの目前で不意に溶けて消え去る。
「なっ――――――――!?」
先ほどのように魔法で軌道を逸らしたわけでもなければ相殺したわけでもない。
魔法そのものを消したのだ。
あれだけの数を、一瞬で。
いや、それだけではない。
STR上昇、AGI上昇、INT上昇、五感強化、炎耐性上昇。
万全を期すためサブリーダー達が事前にかけていた補助魔法が全て、余すことなく効果を失っていた。
「こ……これは…………一体、どういうことだ…………!?」
「まったく……サユおねえちゃんは甘いんだから……」
NAME:Ayu Kogarashi
LV:72
STR:562
AGI:1003
INT:1104
MP:1492/1612
SKILL:Sewing,Cleaning,Illumination,Cloth generation,Hearing,Extra hearing,Regeneration,Cure poison,Cure sleep,Cure paralys,Power down,Magic power down,Speed down,Skill delay,Dispel,Magic seal,Magic power absorption,Abnormal state resistance,Magic sealed invalid,Resistance enchant,Scanning,Eyesight up,Hearing ability up,Magic effect up,Magic range expansion
(『ソーイング』『クリーニング』『イルミネーション』『生地生成』『ヒーリング』『エクストラヒーリング』『リジェネレーション』『キュアポイズン』『キュアスリープ』『キュアパラライズ』『パワーダウン』『マジックパワーダウン』『スピードダウン』『スキルディレイ』『ディスペル』『マジックシール』『魔力吸収』『状態異常抵抗』『魔法封印無効』『耐性付与』『解析』『視力上昇』『聴力上昇』『魔法効果上昇』『魔法範囲拡大』)
一つの体に三人の人格が宿っていることなど知らないサブリーダー達には、何が起こっているのか理解できないだろう。
いや……たとえ知っていたとしても、サユとアユの人格を瞬時に交代する方法に思い至るのは、たった一人。
日比野天地を除いて他にいない。
「はあ……極力これだけは使いたくなかったんですけど……。あんな人のスキルに助けられるなんて少し……いえ、かなり……いえ、ものすごく癪ですから」
サユが口にしたのは、天地が『
本来、マユが眠っている間の数時間、サユとアユはどちらかがランダムで出てくるのだが、途中で交代することはできない。
それゆえに、天地がいかに「アユは勘弁してくれ!」と願おうとアユは出てきてしまったし、アユがいかに「この人うざいからサユおねえちゃん代わって!」と望もうと活動時間の限界までサユと交代することはできなかった。
ただし、その法則には例外がある。
『活動時間が残っている間に強制的な睡眠、昏睡に陥った場合』にはサユからアユ、あるいはアユからサユにコンバートできるのだ。
それを解明したアユは、MPが切れたせいでコブラソルジャー程度の魔物にサユが窮地に立たされるようなことが二度と起きないように、『魔法の料理』を会得した天地に心の底から嫌々頼んで対策を講じたのである。
「イィ~~ッヒッヒッヒッ!」と童話の魔女のようなノリと怪しげな調理法で天地が作り上げたパチンコ玉サイズの丸薬……というより毒は、生成した本人すら驚くほど強力で、服用すると『睡眠耐性』スキルを持っていようがコンマ数秒で睡眠状態に陥る。
調理時間の問題で量産こそできなかったものの、かくしてサユとアユは互いに好きなタイミングで入れ替わることができるようになっていたのだ。
「くっ……怯むな! 奴が重傷であることは間違いないんだ! 魔法が使えない者は直接攻撃しても構わん! 休む暇も反撃する暇も与えるなっ!!」
「……マジックシール……ソーイング」
この機を逃すまいと攻勢に出ようとする集団を相手に、足を失っているアユは冷静に魔法を呟く。
広範囲の魔法封印と裁縫魔法によって、サブリーダー達が一斉に叫んだ魔法は何の意味もないただの言葉へと変わり、津波のように押し寄せていた重装備の集団は互いの手足を細い糸で滅茶苦茶に結ばれて崩れ落ちた。
「魔法が……封じられた!?」
「くっそ、何だこの糸!? ほどけねえ……っ!」
「馬鹿な……これだけ多くの魔法を使えるなんて……あり得ない!」
この場の誰よりも弱々しく小さな少女に、今日だけで何度驚かされたのか。
サブリーダー達が次々と繰り出される数多の魔法に翻弄される最中、続くアユの行動はさらなる驚愕をもたらした。
「――――ッ! 奴の……足が……!」
サブリーダーはアユを憎らしげに睨みつけ、そして目を疑った。
アユは裁縫魔法によって、断ち切られた両足を元通りに縫合していた。
しかし、それはあくまで継ぎ合わせただけに過ぎない。
立ち上がることは当然できず、つなぎ目から流れ出る血も絶えることは――
「エクストラヒーリング」
アユが小さく唱えると同時に、強烈な光が彼女の両足を包み込み…………サブリーダー達が動きを止めて目を瞠った、わずか数秒後。
そこにあったのは、まるで何事もなかったかのような綺麗で白い足だった。
痛ましい出血はぴたりと止まり、切断の跡は一筋も残っていない。
「そん…………な…………ことが………………」
失った手も、足も、指の一本でさえも、決して戻らない。
それは地上であろうとダンジョンであろうと変わらない。
いや、現代の医療技術をもってすれば指程度ならば再接合できる可能性があるため、その点において地上の医学は魔法をも凌駕していると言えるだろう。
だが、たった今サブリーダー達が目にした信じがたい現実は、そんな次元を遥かに超越していた。
事実、ダンジョンでは手足を失った者の大半が魔物駆除から離れて、ベースでの生産活動や事務に従事することになる。
手足を失うことはダンジョンに生きる者にとって致命傷であり、引退と同義。
そのはずだった。
「さてと……できれば私がこいつらを殺してやりたい……けど……」
アユは数秒前まで肉体から切り離されていた足で強く地を踏みしめ、冷やかな目で集団を見回した。
「本当に残念だけど、私の魔法じゃできないから……今度こそお願い、サユおねえちゃん。……ああ、ついでに……パワーダウン、マジックパワーダウン、スピードダウン」
「!? なっ…………!」
生気を吸い取られたような脱力感と、重力が倍になったような負荷がサブリーダー達に降りかかる。
メジャーなステータスダウンのデバフだが、アユのそれは効果範囲と威力が桁違いで、全員が揃って武器を地につけて膝を折った。
並みの魔法使いなら数分で効果が切れるマジックシールによる『魔法封印』も、いつまで経っても魔法が使えるようになる兆しがない。
不発に終わる魔法を繰り返し叫び、力が入らない手で必死に糸を切ろうとする集団を最後に一瞥すると、アユは目を閉じて天地特製の睡眠薬を口に入れた。
「――ありがとアユ、助かったぁー……。うん…………わかったよ、ごめん……あたしがバカだった……しょーがないよね…………」
ほんの一瞬、ふらりと意識を失って倒れかけた後――アユからサユへと入れ替わり、サユはうなだれながら元気なく呟いた。
「本当に、こうするしか……ないんだよね…………。ケルちゃん、ベルちゃん……ローちゃん、スーちゃん……おねがい…………フレイムドッグラン!」
ようやく糸を切って襲い掛かろうとした集団の前に、再び現れた……炎の……犬?
「じょ……冗談…………だろ………………?」
――――違う。
そこにいたのは、根本から異なる魔法生物だった。
地上のどこにでもいるサイズの大型犬が、今はオルトロスに匹敵する体長五メートル近い化物へと変貌を遂げている。
しかも、数は…………四匹。
「サンダーホーネット!」
さらに、恐怖はこれだけでは終わらなかった。
青ざめた顔で愕然と立ち尽くす集団の頭上に、今度は強烈に発光しながら宙を舞う電気の蜂――を模した、体長八十センチ弱の魔法生物が出現した。
バチバチと放電する音が幾重にも重なって、痛いほどに耳をつんざく。
数は…………少なく見積もっても、百は優に超えている。
「ヒィッ――――!?」
「サ……サブリーダー、逃げましょう! もう無理です! このままじゃみんな殺されます!!」
もはや、誰の心にも戦う気は微塵も残っていなかった。
それほど圧倒的な脅威が、絶望が、ひたすら全員の心の奥底まで覆い尽くした。
「くっっ…………総員撤退! 撤退ーーーーっ!!」
さしものサブリーダーも瞬時に現状の打開が不可能であることを悟り、大声で指示を飛ばす。
恐怖で震える足を懸命に動かし、スピードダウンによって低下したAGIを限界まで酷使して入口へと――――
「にがさ……ない……! アースウォール! ランドマイン!」
――向かう集団の目の前で、せり上がる分厚い土壁によって入口が封鎖された。
それでも、集団には我武者羅になって逃げる以外に選択肢はない。
壁を破壊すべく、なおも突き進んだ次の瞬間――――。
数人の足元が突然、爆発した。
舞い上がる土石、土煙…………そして巻き込まれた者達の、ぐちゃぐちゃに爆散した下半身の肉片、血飛沫。
どう見ても即死だった。
「う……うわああぁああぁああああっ!!」
「ごめんね……気が変わっちゃった。しょーがないよ、あたしたちは死にたくないもん……マユねぇのためだもん……。でも……だいじょーぶ、安心して……」
地中には、即死級の魔法地雷。
地上には、巨大な炎の魔犬。
空中には、電気蜂の大群。
もはや、誰にもどうすることもできず……ある者は武器を落として膝から崩れ落ち、ある者はただただ立ち竦み、ある者は錯乱して喚き続けた。
「く……そっ…………この……化物め…………!」
最後の最後に、わずかに残った気力を振り絞って悪態をつくサブリーダーの視線の先で………サユは悲しそうに笑った。
「……ぜったいぜったい、痛くないように……ちゃーんと、さくっと…………してあげるから」
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