第6章 キミに贈る歌

第53話 主人公(笑)日比野テンなんとかさん

「………………」

「………………」

「………………」


 ………………うん。

 なるほどなるほど……。

 色々と思うところはあるけど……とりあえず一言いいかな?


 重いわぁー…………。


 何? このくっそシリアスで鉛のように重い話は?

 愛しのマユの昔話なんて願ったり叶ったりでテンション爆上げヒーハー! だったってのに、想像を十倍くらい軽く凌駕するガチの悲劇じゃねえか!

 コミカルなパターンだと、そこら辺のやべーキノコを拾い食いしてラリったとか、そんなしょうもねえ可能性すらほんのちょっとは予想してたんだよ、俺は。


 いやー……どうすんの? この空気?

 やべーなおい、何か言った方がいいよな? 何て言えばいいの?

 ベターなチョイスで「それは誠にお気の毒様でした」の一言に尽きる……か?

 ……ちょっと嫌味っぽいかな?

 だからって「何も悪くない家族を殺すなんて、ルカって野郎は本当に最低なウジ虫以下の畜生ですね! あの世で詫び続けろ!」なんて言うのは、隣で神妙な顔をしてる陽芽をオーバーキルして死体蹴りするような鬼畜の所業だ。

 家族を殺されたマユパパと、親を殺してしまった陽芽の両者に配慮した聖人君子のような非の打ち所のない立派なセリフ……。

 うん、俺にはハードルが高すぎる。

 うわっ……俺のコミュ力、低すぎ……?


「……私は、マユちゃんのことを、他人の話や新聞でしか、知りませんでしたが……そのせいで、悪い先入観を持ってたことは、分かりました。でも……」


 俺がまったくもって低俗な葛藤を抱いて硬直する中、思いの外あっさりと陽芽が口を開いた。


「かわいそうだとは、たしかに思いますけど……だから助けたいとか、仲良くしたいとか、そういうのは違うと思うので……そこは、今のマユちゃんを直接見て、話して、判断したいと思います」

「ああ、お前の言う通りだ……。俺も無理に同情してもらうために話したわけじゃねえ。ただ、わりぃ噂が多いからな……誤解して欲しくなかっただけだ」


 …………はぇ~~っ。

 すげえよ陽芽は……。

 ホント覚醒しちゃってるよ。

 何だっけ、こいつダンジョンに来てから『クールで礼儀正しい刀使い』を演じてるんだっけ?


「一つ、気になってるんですけど……ダンジョンに来てから、何でマユちゃんと、離れちゃったんですか?」

「ちょっと目を離した隙にいなくなっちまったんだよ、初日にな……」

「目を離したんですか? どうして?」

「仕方ねえだろ、ダンジョンに来て早々、オークに出くわしたんだからよ……。完全にパニクった囚人共に喝を入れて何とか倒したんだが、そっから俺がリーダーっぽい流れになってな……色々と指示を出してる内に、いつの間にか……」

「探さなかったんですか?」

「探したに決まってんだろが! でもあいつ、何度見つけてもすぐにまたいなくなっちまうんだよ……。みんなで協力した方が安全だってのによぉ……俺にもわけ分かんねえよ、くそっ……」

「……ふーん、そうですか、分からないんですか……ふーん……」

「……お前、何か分かってるって言いたげだな、天地妹。どういうことだ、おいっ!」

「別に…………」


 …………。

 俺の妹半端ないって!

 こいつ半端ないって!

 あの鬼の剛健相手にめっちゃ言い合ってるもん!

 そんなんできひんやん、普通!

 そんなんできる!? 言っといてや、できるんやったら!

 マジ? 俺も自己暗示かけりゃ、こんだけ人間としてレベルアップできんの!?


「チッ、まあいい……とにかくだ、すまねえがマユのことをよろしく頼んだぞ。ってことで……そろそろ行くとするか。もう、あまり時間もねえだろうしな……」


 露骨に釈然としていないマユパパだが、娘を託す立場上あまり高圧的な態度も取れないのか――まあ平常モードでも引くほど恐いけど――おっさん臭い掛け声と共に立ち上がって、いそいそと出発の準備をし始めた。


「え? マユちゃんの処刑には、まだ九日もあるんじゃ……?」

「新聞の情報だとな。だが……どうも怪しい。あんな記事が載りゃあ俺がすっ飛んでくると東雲のやつなら分かるはずだ。あいつのことだ……おそらく処刑日はデマだろう。俺が来て面倒なことになる前に速攻でカタをつける算段に決まってやがる」


 二層のリーダーの性格を熟知している様子のマユパパが、忌々しそうにぶつぶつと吐き捨てる。

 察するに、あまり友好的な関係ではなさそうだ。

 まあ、この人が手放しで称賛する人間なんて家族くらいなもんだろうけど……。


 ――って、ちょっと待て!!

 俺、まだ何もリアクションしてねーじゃん!

 おかしくね!? この昔話って九分九厘はマユの元へ駆けつける哀・戦士日比野天地のための催しじゃなかったっけ?

 それは勘違いだとしても、これはマズイ……何か言わねえと。

 えーとえ~~っと……そうだ!

 とにかく、マユに一生この身を捧げる決意がさらに固まったと胸を張って堂々と宣言しよう。

 「お義父さん……娘さんの悲しき運命デスティニーに俺のハートはチャンプルーかき乱される! 恋は激しくフランベ燃え上がる! もしもマユが『君の膵臓を食べたい』とご所望ならば、食べやすいようにスライスして、わさび醤油を垂らして最高の笑顔を添えてご進呈いたしましょう!」

 ……コ・レ・ダ!!


「おと――――――」

「ヤヤヤ! ソコにいるムダにデケーのは……ゴーケーンじゃアーリませんカ! グーッド! メッチャイイところーに!」

「よかった、ベースまで行く手間が省けたよ。おや……一緒にいるのは日比野君じゃないか。なぜ君がここに……?」


 マユパパが感動のあまり失神するはずだった俺の男らしい……いや、漢らしい決意表明は、あえなく遮られてしまった。

 小走りで近づいてきたデコボコ身長差コンビは、俺の数少ない知人であり情報収集班きっての変人夫婦だ。


「テンチー! テメーなんでこんなトコでアブラのセールしてやがるデスカ! マユちゃんがタイヘンなトキにコンチクショー! ソレでもファンクラブのナンバーワンデスカーっ!!」

「落ち着けローニン、たしかに彼は会長の風上にも置けない口だけのへっぽこクズ男だったようだが、今は糾弾している時間が惜しい」


 え? 出会い頭に何この言われよう?

 あんまりじゃね?

 頑張って頑張って、マユパパをボコして舎弟にしたんだよ、俺?

 この人達からしたら、俺がマユをほったらかしてどっか行ってた感じなんだろうけどさ……っていうか、事実としてはそうなっちゃうんだけどさ……。


「はぁ~~……うるせえのが来やがったな。俺らの方こそ時間がねえんだ、何の用だ?」


 めんどくさそうに先を急ごうとするマユパパに、ローニンさんが憤慨する。


「ナニをスマしてやがるデス、ゴーケーン! ソモソモ、アナタがシッカリしてればノープロブレム! だったんデスヨー!」

「ふむ、急を要する事態だということは把握しているようだね。それなら話は早い、一刻も早くマユ君を助けに向かおう」


 どうやら、雨柳さんもローニンさんもマユの味方をしてくれるらしい。

 さすがはマユファンクラブ副会長、そして広報部長だ。

 マユパパは意外そうに目をぱちくりさせて二人を交互に見た。


「お、お前ら……いいのか? マユを助けたら、お前らの立場だってどうなるか……」

「ハハハハハッ! このヒジョージタイにタチバなんてドーデモいいデース。ボクもメグルも、イツだってやりたいコトをやってるだけデスからー。シゴトがなくなってもシャシンはトれるし、キジもカけマース」

「そういうことさ。ま、私達ではあまり力にはなれないかもしれないけれどね」

「ッ……すまねえ……助かる……!」


 頭を下げるマユパパを前に、二人は顔を見合わせてニッと笑った。


 よし……これでマユ親衛隊は五人!

 気が触れている雨柳さんとローニンさんだが、レベルはそれぞれ14と13。

 頼もしいこと、この上ない。

 お荷物感満載の俺と陽芽が不安材料だが、ベテランで最強クラスのマユパパもいるんだ……何だか余裕で大丈夫な気がしてきた。


「ところで……そちらの可愛らしいお嬢さんはどちら様かな? 中学生くらいに見えるけど……新人さんかい?」


 いつの間にか俺の後ろでひたすら存在感を殺していた陽芽を目ざとく見つけた雨柳さんが、何気なく問いかける。

 超絶成長して鬼の剛健にも妙に強気な陽芽だが、基本的に初対面の人は苦手……というか、心に染み付いてしまっている『積極的に人と関わらない性分』はなかなか抜けないようだ。

 それでも、陽芽はおずおずと前に出て、仕方なく素っ気なく嫌そうなオーラを纏わせつつクールで礼節のある雰囲気を上手く装った、実に器用な自己紹介をした。


「……はじめまして。私は、日比野陽芽、です……。兄がいつも、お世話になってます。よろしく……お願い、します……」

「わふーー! テンチのイモートですカー! チョーカワイーじゃないデースカー! こいつぁスクープデース!」

「へぇえぇぇ、妹? 日比野君の? それは興味深いね、実に興味深い。私は雨柳巡流、こっちの男はローニン・フロックハートだ、よろしくね。それじゃあ早速だけど、仲良くなるために色々と聞かせてもらってもいいかな? 急いでるから歩きながらですまないね。ああ、魔物はそこの筋肉達磨君が蹴散らしてくれるから大丈夫さ。ふふふふふ……」

「え、えっ? えええっ?」


 シュパッと素早い動きで陽芽の両脇に陣取った雨柳さんとローニンさんが、代わる代わるに質問攻めを展開する。

 加えて、カシャカシャと鳴り止まないシャッター音、ガリガリと止まらないペン。

 マユパパはやれやれとばかりに大きな溜め息をついて前を歩く。

 昔からパーソナルスペースの広さが常軌を逸している陽芽は、培った演技が呆気なくバラバラに粉砕してしまい、臆病な子犬のように縮こまって、助けを求める健気な視線を俺に向ける。

 そんな陽芽に、俺は哀れみを込めてそっと合掌した。


 すまんな、陽芽……俺にはどうすることもできない。

 でも安心してくれ。

 彼らに悪気はないし、実際に悪い人ではない。

 これを機に、お前がさらに成長を遂げることを兄は祈っているよ……。


 …………あれ?

 そういや俺、結局何も感想言ってなくね?

 ていうか、そもそも全然しゃべってなくね?


 …………まあいいや。

 もういいや…………。

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