第52話 ゆめのおわり
『
「
『
「
「――こおぉぉんばぁんわああぁああ、夜分遅くに申し訳ございませぇぇえぇん。にゃはぁぁぁ……またお会いできまして大変嬉しぃいいいぃぃですぅう、マユちゃあぁぁあん♪」
「……ル…………カ……さん…………?」
「おやおやぁあぁぁ、なあぁああんて失意に満ちた顔をぉぉしてるんですかぁぁあああ。もおおおっと僕みたいにぃ楽しく! 自由に! 人生を謳歌しないとおぉぉもったいなぁぁいじゃぁないですかあぁあああっ♪」
「
「そおぉぉおんなマユちゃんにぃぃぃ……誕生日プレゼント! ご用意させていただきましたああぁあ、ちょこーっと遅くなりましたけどぉおおおぉぉ」
「
顔も見えない真っ暗なおへやで。
ルカさんは、後ろにかくしてた手を出して、なにかを……。
なにかを……ベッドで体を起こしてるマユの、ひざの上に、そっとおいた。
ふわっとかおる、あまいにおい。
さらさらで、きれいで、赤い、長いかみ。
見まちがえるわけない。
大好きな……大好きな、ママ。
…………の………………あたま――――――――。
「………………え……………………………?」
「すみませんねぇぇえぇ、本当は全身お持ちしたかったんですけどおぉぉ……ちょぉーっと疲れちゃってぇええ余裕がありませんでしたああぁあぁぁぁ♪」
「…………最後にぃぃ……もぉぉお一度ぉ僕に見せてくださぁああいい。これ……覚えてますかあぁぁああ??」
「実はだぁぁいすきなママを殺したのわぁあぁ……僕なんですぅうう。ってことでえぇぇ……どうすればいいか……解りますよねえぇえぇええ??」
「あ…………ああ…………ああ……あ………………」
「さぁあぁさああぁあ! 遠慮せず! ためらわず! 心のままに! イイぃぃいいぃいぃいいい表情ですよおぉおおぉマユちゃぁあああん! にゃっハハはハハハハああぁああああっ♡」
みんなみんな、死んじゃえばいいんだっっ!!
「ぅああああぁああぁあぁあぁあああああっっ!!!」
――――――ああ…………。
素晴らしい……最っっ高のエンディングですよ……マユちゃん、剛健さん。
あなた達に出会えて、僕は幸せでした。
ねえ、マユちゃん。
四つ葉のクローバーにはね……他にも花言葉があるんですよ。
あなたには何のご利益もありませんでしたけど……僕には、どうでしょうか?
叶いますかね……?
叶ったら……嬉しいです……。
たまにでいいんですよ。
僕が生きた意味を。
価値を。
理由を。
証明してください。
どうか………………。
どうか――――――――『Th
○○県警は△△日、暴力団広瀬組組長の自宅に押し入り、組員の男三名および組長である広瀬興将氏(60)を日本刀で切りつけるなどして殺害したとして、住居侵入、殺人の疑いで暴力団凩組の組長、凩剛健容疑者(39)を逮捕した。
容疑者は妻と共に犯行に及んでおり、被害者と激しく争った末、全身の切り傷、頭蓋骨と下顎骨の骨折、内臓損傷などにより全治三か月の重傷を負った。
容疑者の妻は刃物で胸を刺されたことにより失血死しており、死後に頭部を切断されていた。
また、犯行当日の深夜、容疑者の長女が入院中の病室にて包丁を振り回して暴れているところを、通報を受けた警官によって取り押さえられた。
その際、長女を落ち着かせようと試みた医師二名と警備員一名、警察官二名が切りつけられ、手や顔に軽い切り傷を負った。
病室には容疑者の妻の頭部の他、二十代の男性と見られる身元不明の遺体がバラバラになった状態で発見された。
現場の状況から男性の殺害は長女によるものと見られているが、事件の経緯は現在も捜査中である。
警察は一連の事件の関連性を調べており、剛健容疑者と長女に詳しく事情を聞く方針だ。
しかし、事件から一ヶ月が経過した現在も長女は錯乱状態が続いており、全容の解明には時間がかかる見通しである――――。
□□日未明、世界各地にて直径約三メートルの謎の穴が突如として出現したとの報告が相次いだ。
穴は判明しているだけでも日本で十二箇所あり、およそ百三十八名が中に入ったとされるが、現在まで誰も出てきていないことから政府は自衛隊を派遣して各地の穴周辺を緊急封鎖した上、調査を行っている。
今後の対応について、首相は会見にて調査の結果と諸外国の動きを見て慎重に対処したいと述べた。
また、穴から正体不明の化物が出てきたとの目撃証言が複数上がっているが、真偽は不明――――。
「――――きいてきいて、マユねぇ! アユ! ふっふっふー、あたしねー……しょーらい、プロのマジシャンになるっ!」
「ほんと!? サユならぜったいなれるよー。だって、こーんなにすごいんだもんっ!」
「どうせ、すぐあきちゃうんじゃないの? マユおねえちゃんが信じちゃうから、あんまりてきとうなこと言わないでよ、まったく……」
「むかーっ! 本気にきまってるじゃーん、ぜったいぜったいなるんだからっ! そーゆーアユは大人になったらなにになりたいってゆーの!?」
「私は別に……おねえちゃんたちがだらしないから、うちのかせいふとか……あるいは、じむ所のじむ員かな……」
「よかったぁ、それならずーっといっしょにいられるね。マユうれしいなあ」
「つっまんなー! ゆめがないなーアユは~。でもまあ、たすかるけどねー。じゃあさじゃあさー、マユねぇは? なになに?」
「マユはねぇー……おいしゃさんになりたいなぁ」
「おおー! いいねいいねー、カッコイイ!」
「それは……自分の病気を治したいから、ってこと? マユおねえちゃん」
「ううん、マユはこのままでもいいの。でもね……んっとねぇ、いたいのとか苦しいのってすっごくやな気持ちになるんだなぁって思って……もし、サユにアユにパパにママがそんなことになったら、マユがなんとかできたらいいなぁって……そう思って……」
「マユねぇ……えらいっ! いやー、あたしはカンドーしたよ! もーれつにカンドーしたっ!」
「うん、優しいマユおねえちゃんに向いてると思うよ。すごく頭がよくないといけないけど、きっと大丈夫」
「あはは、ありがとサユ、アユ。がんばるねっ」
あぁ……。
何度も何度も思い出しちまう。
愛する娘達が戯れる、何でもない日常だった日々を……。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――――。
栞那……俺はこれから一体どうすりゃいいんだ……。
教えてくれ。
そばにいてくれ。
生き返って……くれ…………。
ちくしょう…………。
「――さて……先日、政府からの公式文書にてご通知いたしましたが、改めて口頭にてご説明させていただきます」
世界一めでたいマユの誕生日だったはずの、あの日。
あの忌まわしき事件があった日から、半年。
俺とマユは、突然わんさか現れたとかいう訳の分からねえ穴の前に立たされている。
奇しくも、場所は収容されている薄暗い刑務所内の工場。
出現した直後に急遽こしらえられた格子鉄線で囲まれた穴の周りには、ここ数ヶ月くせぇ飯を共にしてきた囚人達が数十人ほども集められている。
「皆様には穴の調査および先遣した自衛隊の救助にご協力いただきます。無論、拒否権はありません、これは正式に閣議決定されました決定事項です」
ああ……そういやぁ、そんな話だったな……。
力が足りねえばっかりに妻と子供を亡くして傷心状態の哀れな俺に対して、随分と酷なことをしやがるぜ、国はよぉ。
そもそも、あのクソ野郎のせいで三日も昏睡した挙句、二ヶ月の入院、そして退院と同時にすぐさま逮捕されて刑務所にぶち込まれた俺の身にもなってみやがれってんだ。
「一定の成果を上げて帰還した者には恩赦だけでなく報酬も確約されております。ただし……すでにご存知とは思いますが、この穴に入って戻ってきた者は一人もいません。心して責務を全うして下さい」
ふんっ……恩赦だぁ? 報酬だぁ? 白々しいぜ、どうせ俺らのことなんざ死んでもいい使い捨ての駒としか思ってねえくせによ。
……だが、自暴自棄になるわけにゃいかねえ。
俺には、まだ守りたい……守らなきゃいけねえ家族が残されてるんだ――。
「パぁぁあぁパぁぁ、すっごおおぉぉおいねぇええぇ、この穴ぁぁあ。おっきぃぃぃいねえぇぇ、早く入ってみたいなぁぁああ。楽しそうだねぇえええぇおもしろそぉぉだねええぇええっ、にゃハハははぁあああぁああ♪」
「……ああ……そうだな、マユ…………」
思い出したくない誰かの面影が脳裏をよぎる、かけがえのない娘の笑顔……そして口調。
俺が目を覚ました時、マユはもう、俺の知っているマユじゃなくなっていた。
優しくて、穏やかで、怖がりで、さみしがり屋で、自分よりも他人のことを一番に考える思いやりのあるマユは……どこにもいなくなった。
医者が言うには、精神的負荷に耐え切れなくなった心が引き起こした退行……らしい。
その影響による記憶障害で、マユは今…………記憶がない。
元気で明るいサユのことも。
世話焼きでしっかり者のアユのことも。
自分を生み、深い愛情を注いで育ててくれた栞那のことも。
何もかも…………忘れている。
覚えているのは、俺のことだけだ。
いや……あと一人。
頭では覚えてねえようだが、あの野郎……。
あのクソ野郎が……心に棲みついちまってる。
「う゛ぅぅうぅぅぅ……パパぁあぁぁ、コレおもたぁああぁいぃぃい」
武器として支給された貧相な剣を両手に持ったマユが、手をぷるぷるさせて涙目で訴える。
俺はマユの小さな頭に手を乗せて、猫なで声で囁く。
「よしよし、大丈夫だぞマユ、ちょっと待ってろよ……おいゴラァっ! うちのかよわい娘にこんなもん持てるわけねえだろがボケナスがあっ! 責任者出てこいやぁ!!」
九歳の小さな女の子とのタッグでただでさえ目立つ厳つい強面中年の怒鳴り声に、周囲がざわつく。
さっきまで偉そうに説明してやがったインテリ風のメガネの男がゆっくりと近づいてきた。
くそっ……こんなひょろっちぃ野郎を見ると、今は無性に殴りたくなる……。
「申し訳ございません、こちらの配慮が足りませんでした。すぐに代わりをお持ちいたしますので少々お待ちください」
「大体何だこりゃあ! こんな剣一本で行ってこいとかふざけんてんのかっ! ゲームじゃねんだぞ、あ゛あ゛ん!? 銃でもバズーカでもよこせやクソメガネっ!!」
「いえ、重火器は当然ながら、これより危険性の高い刃物は許可できません。規則ですので」
どれだけ叫んでも平然とした顔で淡々と事務的に対応する男に、俺の怒りメーターは振り切る寸前だった。
そんな俺の囚人服を指でつまんで、マユはにへらと笑う。
「パパぁぁあぁぁぁ、マユねマユねぇええぇぇぇ、ほうちょうがイイぃなああぁあぁぁあ」
「……包丁? いやいやいや。いいかマユ、魚を捌くわけじゃないんだぞ、あんなもんじゃ……」
「やぁぁあぁあだああぁぁ! マユほうちょうがいいもぉぉぉおん、ほかのじゃやだやだやあぁぁあだあああぁあっ!」
「……どうされますか? それならばご用意できますが?」
「ぐっ……」
結局、希望通りの武器――というか調理器具――を手にしたマユは、ぶんぶん振り回しながら年齢以上に幼く無邪気にはしゃぎだした。
……完全武装した自衛隊が一人も帰ってきてねえんだ、あんな包丁一本じゃ俺だって詰む。
やっぱり、マユは俺が守ってやらねえと……!
栞那……サユ……アユ……。
俺はまだ、お前らを失った傷が消えねえ。
いや……この傷は、これから先も一生残り続けるだろう。
だが、俺にはまだマユがいる。
マユにはもう、俺しかいねえ。
だから……少しばかり、天国で待っててくれ。
………………そう強く心に誓った俺の決意は、嘘じゃねえ。
間違いなく俺の本心だ。
けど………………。
「にゃハハハはは! 楽しイイぃぃいいねぇえぇぇわくわくするねえぇえええぇぇぇパぁパぁぁあぁああっ♪ にゃっハハはははぁああぁあああ♡」
「……………………」
あの日、俺が会合に行かなければ――。
あの日、俺がもっと早く戻って来れれば――。
あの日、俺が栞那を守れていれば――。
あの日、俺があのクソ野郎をぶっ殺せていれば――。
マユ……お前は、こんなことにはならなかったんだろうな……。
俺のせいだ……。
全部、全部、俺のせいだ…………。
そう思うと……俺はどうしても、お前の目を真っ直ぐ見つめられねえんだ。
昔から変わらない、お前の優しい瞳を。
すっかり変わっちまった、あのクソ野郎みたいな笑顔を。
ずっとそばにいないと……守らないと……そう思うのに。
時々…………怖くなっちまうんだ。
泣きたくなっちまうんだ。
どう接すればいいのか分からなくなっちまうんだ。
心が押し潰されそうになっちまうんだ。
一緒にいるのが……辛くなっちまうんだ………………。
「それでは時間です。順番に穴へ入ってください」
「じゃぁぁああぁ行こぉおおおおっ♪ パーーパぁああぁぁっ♡」
「…………おう……………………」
俺の力ない返事を聞く間もなく――。
他の誰もが尻込みする中、マユは喜々として真っ先に穴へと飛び込んだ。
離さないように固く握り締めてなきゃならねえ手は、マユに届くことなく虚しく宙を掻く。
ほんの一瞬の迷いを振り払い。
俺はマユに続いて、暗くて深い穴に身を投げた――――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます