第41話 進撃の剛健 ~悔いなき選択~
各層を繋いでいるのは「え? ココ? マジで?」と思わず素っ頓狂な声でツッコミを入れちゃうくらいショボい階段……らしい。
すでに二層に降り立った経験のある俺が「らしい」などという曖昧な言葉を使うのは、やむを得ぬ事情ゆえのことである。
端的に言うと、謎の激マズ回復アイテムの副作用で錯乱状態になった末に、今思い出しても悶え苦しむ盛大な奇行に走った挙句ぶっ倒れ、白目をむいて気絶している間にマユに引きずられて通過したから……なのだが……いや、まあ、それはもう忘れよう、うん。
――さて。
何が言いたいかというと、そんなわけだから俺は全く知らなかったのである。
階段の手前には、各層の守護者として恐れられる特別なモンスター、通称『フロアボス』が存在するということ。
あの時、マユが投げナイフで一匹残らず殺し尽くした巨大コウモリが、まさしく一層のソレであるということを。
「うおおおらあぁぁああああああああっっ!!」
「サンダージャベリン!」
「ファイアーレイン!」
「ロックストーム!」
だだっ広い部屋の中央で、俺だったら一ミリも持ち上げられないバカデカイ斧を軽々と振り回すマユパパ。
入口に固まり、天井で不気味にひしめくコウモリを多種多様の魔法で豪快に吹き飛ばす魔法使い達。
その集団を守るように、全身を重々しい金属鎧で包み、身の丈を超える大きな盾を掲げて整列し、隙間のない壁となる屈強な戦士達。
その様子を、ただただ後方で傍観する俺と陽芽。
「やっとここまで来たな……。もうすぐ……もうすぐ会えるぜ、マユ――――!」
――――遡ること、わずか一日前――――。
マユパパとのリベンジマッチを華麗な圧勝で飾った直後。
俺は頼んでもないハタ迷惑な祝勝会(と称した単なるドンチャン騒ぎ)に、主役として強制参加を余儀なくされた。
早くも顔馴染みになった常連さんから完全に初対面の中年のオジサンオバサンまで、驚くほど大勢の人々に勝利を祝ってもらったのだが……正直に言おう、お前らみんな暇人かよ。
非常に悪質なことに、純度百パーセントの紛れもない善意のみで構成された祝福だったゆえ無下にもできず、流されるまま宴会に付き合った。
その結果、「マユのお目付け役……それは俺しかいないと分かってもらえたかな? これで何の文句もなかろう」とカッコ良く宣言するつもりが、酒を飲まされてへべれけになった状態で、呆れ顔をするマユパパのいる拠点本部を千鳥足で訪れるハメになってしまった。
「何だぁ、敗者を笑いに来たのか? 相変わらずいい性格してんじゃねえか。はぁああぁぁぁ……まさか、こんな野郎に負けるとはよぉ……情けねえ……不甲斐ねえ……人生最悪の屈辱だ……生き恥だぜ、ちくしょおぉ……」
「まけたのに、めめしくうらうらいわないれくらさいよぉぉー。とにかく! これれおれわ! なんのひけめもなく、マユのおめつけやくになれるってもんれす! それらけいいにきました。それれわっ!」
「ちょちょちょ、ちょっと待て待て待てっ! 何しに来て何を言うかと思えば、てめえマジもんのドアホか? そこら辺の居酒屋で一杯飲みに行くのとはわけが違うんだぞ。一人で行くなんて死ぬ気かバカ」
「ふぇ? いやいや、ひめとふたりれすよー」
多少飲みすぎて……いや、飲まされすぎて呂律が回らないまま、何とも締まらない別れを告げて立ち去ろうとする俺を、マユパパが慌てて制止する。
「大差ねーよボケ。レベル3と4のガキの自殺を止めなかったなんて俺の沽券に関わんだろが、こんちくしょう。あ゛あ゛~、どうすっかな……」
「むむむぅぅう……もしかして、いまさらいくなとかいうんりゃないれしょーねぇ~、まけたくせにぃ。しゃてーになったくせにぃぃ」
「ぐっ……止めてえのは山々だが……俺は負けたんだ、ケジメはつける。マユのことはてめえに任せる! ……不安で仕方ねえがな。舎弟の件も、うぐぐぐ……お、男に二言はねえ……!」
リアルに血が滲むくらい拳を強く握り締め、極めて不服そうに一言一言を吐き捨てるマユパパ。
可哀想だけど仕方ないよね。
俺は勝って、彼は負けたんだから。
勝者の特権、かく素晴らしきものなりけり。
「ん゛~、彰人のパーティーに護衛を頼んでもいいんだが……雑魚はともかく、フロアボスがなぁ……」
「ふぁ? ふろあぼす??」
「……んだよ、その初耳です的なリアクションは。あそこを安全に突破するには……そうだなぁ、盾が五人と槍が四人、魔法が五……いや、六人は欲しいな……。チッ、編成とシフトの調整がめんどくせえ」
「ほぇ~~……」
リーダーって大変だなぁ。
俺には絶対無理だなぁ。
無理言って申し訳ないなぁ。
……でも早く行けるように善処してくれないかなぁ。
などと無責任なことを考えながら、うつむいて頭をガリガリ引っかき悩むマユパパをボケーッと眺めていると、情報伝達班の一人(名前は知らね)がダンジョン新聞を手に、息を切らせて慌ただしく飛び込んできた。
「ゴウさんっ! や、や、や、ヤバいことになってますよ! 見てください、これ!!」
「ああん? 何だ何だぁ、今忙しいっつーのに、ったく……」
不機嫌そうにブツブツと言いながら、渡された羊皮紙を気だるそうに広げたマユパパは、一際でかい見出しのトップニュースをちらりと目にした瞬間、愕然とした表情で凍りついた。
『凩マユ、殺人により処刑へ』
『放浪する災害』、『バーサーカー少女』、『キチガイ狂人』として昔から嫌悪されている凩マユ氏(以後Kとする)に対して、ようやくとも言うべき処刑判決が下された。
決断に踏み切ったのは第二層駐屯組リーダーの
集団に属さず、日頃から異常行動が問題となっていたKの処罰を以前より積極的に進言していた東雲氏だが、ダンジョン攻略の功労者であり第一層駐屯組リーダーである凩剛健氏の娘であること、更生の余地がある幼い年齢であることなどの理由から今まで具体的な処罰は見送られてきた。
そんな折、東雲氏を中心とした二層住人の強い憤りにより決定した今回の処刑。
事の発端は五日前。
二層の魔物駆除班に属する七人パーティーの内の六人、および身元不明の一人がKにより殺害されるという痛ましい事件が起こった。
命からがら逃げ延びた唯一の男性は現在も心神喪失の状態で、問いかけに対して「俺達は何もしてない、あいつが突然襲ってきた」とうわ言のように繰り返すばかりで、事件に至った詳しい経緯については不明。
情報収集班による検死の結果、バラバラになった遺体の傷口や現場に残った痕跡からKによる犯行と断定された。
特に損壊の激しかった遺体は百以上の肉片となっており、身元はおろか顔や性別、年齢の判別すら極めて困難であったが、東雲氏の調査によると二層に駐屯する人間ではないとのことである。
ダンジョン最強と評されるKが相手とあって、今回の処刑執行はリーダーである東雲氏を筆頭に、二層でも指折りの実力者を選りすぐった総勢二十人という大規模で行われる予定となっている。
現在、Kは二層最果ての特別危険指定区域である邪竜ファフニールの泉に潜伏しており、出発は十日後。
過去に類を見ない猟奇殺人者に対する処刑の結果は続報にてお伝えしたい。
「なっ…………ど、どういうこった……こいつぁ…………!」
顔面蒼白で穴が開くほど記事を見つめ続けるマユパパ。
俺の酔いも一気に吹っ飛んだ。
「マユが……殺人……処刑…………!?」
なぜ?
どうして?
あのマユが…………いや、あのマユならやりかねないと残念ながら思ってしまうが、それでも今の今まで自動反撃スキルによって人を殴ることはあっても殺しまでは決してしなかった。
マユ自身も気をつけていたのかは定かではないが、誰かとバッタリ出くわした時にも原則として完全スルーを徹底していた。
向こうもコソコソと悪口を言う以上のちょっかいをかけてくることはなかったし、マユも全く気にする素振りすらなかったから、こんなことになるだなんて……そんなはずは…………。
「…………よし……決めたぜ、天地。俺も行く」
「は!?」
意を決したように、マユパパは静かに、ゆっくりと言った。
「いや……そりゃ、気持ちは分かりますけど……でも、あの……いいんですか?」
マユと一緒にいることができるのならば、とっくの昔にそうしていたはずだ。
マユパパがそうしなかった理由は、一層にいる全ての人に必要とされるリーダーだからであり、それは誰にでも務まるものではなく、いくら娘のためとはいえ投げ出すことなどできないという強い責任感を持っているからだろう。
と、少なくとも俺はそう推測していたのだが……。
「いいわきゃねーよ。いいわきゃねーんだけどよ……それでも、流石に行かなきゃならねえだろうが。俺は……そうしねえと絶対に後悔する。ここは……しばらくの間、彰人に任せる」
「そう…………ですか……」
マユパパは新聞をくしゃりと握り潰すと、勢いよく立ち上がって両手で頬をパンパンと叩く。
「――うっしゃああ! 超特急で準備して明日には出るぞ! ぐずぐずしやがったら置いてくからな、天地!!」
その後、ベースにいた田辺さんやベテランを含む数十名が拠点本部に集まり、緊急で会議が行われた。
すでに記事を読んだ面々はマユパパの心情を慮ったのか一切の反論もせず、リーダー代行を任された田辺さんは頭を下げるマユパパに労りの言葉をかけた。
「俺達のことは心配しないでください。ゴウさん……気をつけて。天地も、陽芽ちゃんも、元気でな」
翌日、俺と陽芽、マユパパ、そしてフロアボス攻略に最低限必要な人員六名を連れて、俺達は早々にベースを後にした。
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