第26話 この男子、プロデュースがお仕事です。
「フフフフフフ……マユ、どうだよコレ! すごくね!? ヤバくね!?」
「ふぇぇぇえぇ?」
二層ベースから最寄りの小部屋まで雨柳さんとローニンさんに送ってもらい、隅の方で寝転ぶマユを見つけた俺は、「おかえり」「ただいま」という微笑ましい挨拶をすることも忘れ、目を輝かせてマユにファンクラブ会員証を突きつけた。
この時の俺は気付かなかった……己の愚かさに。
鳥肌が立つほどキショい告白をした男が、ファンクラブを何の断りもなく速攻で設立し、本気出し過ぎの精巧な会員証をいつの間にか作り上げ、引くほどの笑顔を浮かべてハイテンションに見せつけるキモさを、全然考えていなかったのだ。
ハッと我に返った俺は、遅まきながら青ざめた。
そして、同時に淡い期待を抱いた。
案外、マユならば喜んでくれるんじゃなかろうかと。
「うぇぇえぇえぇぇ……てぇんちゃぁんきもちわるぅぅうぅいぃぃ……」
そんなことはなかった。
当たり前である。
会員証を一瞥したマユの、まるで苦虫を噛み潰したような――マユならおいしそうに食べるから不適切な表現かもしれないが――不快感をあらわにした渋い顔を見て、俺は胸を杭で貫かれたようなダメージを受けた。
ぐっはぁぁぁああああっ!!
「テンチー……モノゴトにはジュンジョってのがありマース。いくらナンでも、イマのテンチはドンビキデスヨー。クーキよめデース……」
アンタにだけは言われたくねえええええっ!
「ふふふ、そう言わないでくれマユ君。気持ちは分かるが、これも君を強く想ってのことなんだ。まあ、気持ちは非常によく分かるが」
元はと言えばアンタが作ったんだろおおおおおっ!
っていうか、フォローする気ねえだろオイイイイイイッ!
「うにゅぅぅうぅぅ……コワしたぁらぁぁだぁめぇぇえぇぇえ?」
「や、やめてくれーーーーっ! 後生だから頼むーー!」
「うぅうぅぅぅ……」
ガチで嫌がりながらも、マユは汚物のごとく摘んだ会員証を人生最大の苦渋の決断を下すように渋々返してくれた。
危ねえ危ねえ、ファンクラブ大作戦が開始早々に頓挫するところだった。
にしても、ここまで露骨に嫌悪感を抱かれるとは……。
今後の普及活動は水面下で行うよう気をつけねば……。
「お、おい、見ろよアレ……」
「げっ! Kじゃねーか、何でベース近くにいんだよ……早くどっか行けよなぁ」
「クリスタルのとこまで来やがるから、モンスターよりタチがわりぃ」
「それな。つーかよぉ、こっちは死ぬ思いで苦労してるってのに好き勝手フラフラして邪魔までしやがって……あーマジうぜえ」
「チッ……さっさと死ねばいいのに」
「馬鹿! 聞こえたら何されっか分かんねーぞ!」
不意に、通り過ぎる人々がコソコソと話す声が聞こえた。
ベースから一番近いだけあって、この部屋を通る連中は多い。
よくよく観察すると、どいつもこいつもマユに気が付くとあからさまに表情を曇らせ、ぶっ殺したくなる超絶不快なセリフを吐き捨てた挙句、逃げるように部屋を後にしていく。
「……何なんだ、あのムカつく奴らは。マユ、あいつら殺っちゃっていいんじゃね? いや、一刻も早く殺っちゃおう。俺も全力で手伝うぞ」
こんなシチュエーションは今回が初めてというわけではない。
これほどではないにせよ、一層でも何度か似たようなことがあった。
その時は「ちょっと言いすぎだけど……ま、しゃーねーよなあ」としか思わなかったが、今では腹が立って仕方ない。
好きな人を侮辱されるのが、ここまで耐え難いこととはな……。
屋上へ行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ……。
「まーまーテンチー、オチツクデース。アラソいはヒャクガイあってイチエンなしってイイマスよー」
「それを言うなら百害あって一利なし、だね。まあ……業腹だがローニンの言う通りだよ。今は感情に身を任せるべきじゃない。すまないが堪えてくれ」
「いや、でも……!」
ローニンさんと雨柳さんが、俺と同様にブチ切れそうなのを必死で抑えているのは分かる。
この二人らしからぬ顔と、俺の肩を掴む手に込められた強すぎる握力からも十二分に伝わってくる。
……つーか、痛い痛い痛い痛い痛いっ!
し、しかし……だからといって、このまま言われっぱなしじゃ気が収まらない。
せめて一言……いや、二言三言は罵倒してやらないと、ガンジー顔負けの平和主義をモットーとする俺でも暴力を正義と定めたくなる。
そうだろ、マユ?
鉈を握る手に力を入れて憤慨しながらチラリと目を向けると、マユは素知らぬ顔でお土産のストーンエスカルゴを殻ごとガリガリかじっていた。
あのー……マユ……さん?
マユは人に避けられることに寂しさを感じている、と雨柳さんは言った。
でも、やっぱりそんな風には見えない。
雨柳さんの気にしすぎなんじゃないだろうか……。
「さあ、ここは無粋なギャラリーが多いから、名残惜しいがお別れだ。二人とも元気でね」
「そーデスねー、チョードヤボヨーもできちゃったデスしネー。またアイましょー、テンチー、マユー!」
「あ、はい……色々ありがとうございました」
「にゃははぁぁげぇぇぇんきぃぃでぇねぇぇえぇぇぇえぇえ」
突如、別れを切り出した雨柳さんとローニンさんは揃って不気味な笑みを浮かべ、ゆらりと後方――マユをボロクソに言いやがった奴らをロックオンする。
「ヘーーイ、ソコのアナタたちー! どこイクデスかー? ボクらもドーコーさせてくーだサーイ!」
「あらかじめ忠告しておくと、私達情報収集班の協力要請を正当な理由なく拒否、あるいは阻害すると相応の処罰を受けるのであしからず。ふふふふふ……」
あー……。
あのわっるい顔……。
おそらく、身の毛もよだつ陰険で陰湿な嫌がらせを画策している。
ほんの数時間の付き合いだが、この二人は敵に回したくないな、マジで。
「じゃぁぁじゃぁああぁいくぅよぉぉぉてぇんちゃぁぁあぁんっ」
「りょーかい。こんなとこ、さっさとオサラバするに限るな」
せっかく、ファンクラブ会員を増やす気概に満ち溢れていたところで、完全に出鼻をくじかれちまったが……まあいい。
今に後悔させてやるぜ、あのクソヤロー共めが。
俺は必ずなってやる。
マユをむさくるしいダンジョンのオアシス、みんなのハートを鷲掴みにしてムシャムシャ平らげる大人気アイドルとして君臨させる、超敏腕プロデューサーにな!!
――と、決意を新たにしたものの……。
結局、この日の成果は全くなかった。
正直、打つ手がない。
行動の全てをマユに一任しているので、移動は依然として不規則。
ばったり出くわす人々には依然として顔をしかめられ、そそくさと避けられる。
こんな状況で、初対面の若造が「ファンクラブに入会しませんか?」と怪しい勧誘をしたところで成功率など限りなく……どころか、完全にゼロだ。
某有名ゲームで、HPがマックスのモンスター相手に捕獲用のボールを投げつけるようなものだ。
あるいは、ろくに好感度を上げていない相手に愛の告白をするようなものだ。
……後者には身に覚えがあるけれど、その記憶は抹消しよう。
悟ったことは、何らかのイメージアップ戦略を練る必要があるということだ。
現状、マユの評判はすこぶる悪い。
客観的に見れば仕方のない部分もある。
薄暗く危険なダンジョンで、返り血にまみれた少女が不気味な笑顔を浮かべて奇声を上げながら魔物を猟奇的にオーバーキルしているシーンを見れば、怪談話として語り継がれても文句は言えない。
俺ぐらい付き合いが長くなると、それこそがマユの魅力を引き立てるエッセンスであると気付くのだが……万人に理解できるものではないと分かっている。
ピカソの絵がいかに素晴らしいものであるか、芸術に疎い人間には理解できないのと同じだ。
まあ、それは俺もサッパリ分からないんだけど。
とはいえ。
その悪評が、マユを知らない人にも忌避感を植え付けている。
実際、マユに酷い目に遭わされたという被害者の体験談も広がっているからなおさらだ。
……当分、ファンクラブ会員は三人になりそうだなぁ。
「ふにゃぁぁあぁぁ……これすっごぉぉぉおぉくオぉぉイシイイぃぃぃいいぃ♡ てぇんちゃんすごぉいすごぉぉおぉぉいいぃぃぃいぃっ!」
「へっへっへ……どやぁぁぁ!」
十メートルはある背の高い木々と腰の高さまで伸びた草花が一面を覆い尽くす、二層のとある安全部屋。
自由気ままな探索を終えた俺とマユは、くつろぎながら俺が作った自慢の料理に舌鼓を打って一日の疲れを癒していた。
「なぁんだかきょぉぉおわぁぁぁトクベツオぉイシぃぃぃいいいきがするぅぅよぉぉぉうなぁぁようなぁぁあぁ……」
「ふふ、流石だマユ。攻略本の効果に気付くとはな」
「? うにゅぅぅぅ??」
不思議そうに、おいしそうにガツガツ頬張るマユの笑顔をスパイスに、俺も同じメニューを口に運ぶ。
本日のディナーは『ジャイアントキラービートルと野草のポトフ』。
一見、今まで俺が作った料理と何ら変わりはない。
しかし、この料理には俺個人では到達し得ない、先人の知恵が詰まっている。
その秘密は、雨柳さんから密かに貰い受けた一冊の本……通称『ダンジョン攻略本』!
あれは、護衛の道すがら質問攻めを受けていた時のことだ。
これまで食事はどうしていたかと問われた俺は、さして考えずありのまま答えた。
「なんとなく食えそうだなーと思った魔物を適当に調理して普通に食ってます」
それを聞いた雨柳さんは信じられないといった顔で俺を見つめて、「あまりに無謀すぎて、呆れるを通り越して感心したよ。君は本当に興味深いね、ふふふ……」と失礼千万な言葉を投げかけ、同時にこの本をくれたのだ。
この辞書並に分厚い本は文字通りの攻略本で、マップを始め各層に出現する魔物の種類、果てはダンジョン生活あるあるや豆知識まで網羅している。
何より嬉しいのが、『この魔物はこの部分がうまい!』『これを食ったら絶対死ぬ!』『こう調理するのがベスト!』といった情報も事細かに記載してあるのだ。
俺はすぐさまこのありがたい攻略本を愛読書に認定した。
そして攻略本に書いてある通り、ジャイアントキラービートルは、猛毒の角には絶対触らず、比較的美味な後ろ足の付け根を使い、この部屋で自生していた食べられる野草をチョイスして、塩コショウ、ローリエ、タイム、クローブ、ローズマリーを加えてじっくりコトコト煮込んだ。
その結果が、目の前にいるマユの、この表情である。
防具といいファンクラブ会員証といい、本当にいい物を貰ったなぁ。
つか、攻略本がなかったらマジで死んでた。
二層の虫ども、クソマズイくせに毒持ってるヤツが多すぎ。
「はぁぁあぁあぁぁおぉいしかったぁぁあぁあぁ……のでのでのでぇぇえぇオぉヤスミぃぃいぃいぃぃぃ……ふわぁぁあぁぁぁ」
「おー、おやすみ~」
大満足して嬉しそうに眠るマユ。
その様子をじっと見守る俺。
「ふにゃぁぁあぁ……にゅぅぅうぅ……」
「…………」
安らかな寝息を立てている間も、目を離さず見続ける俺。
別に、マユの寝顔を肴においしい水でも一杯……というわけではない。
俺は、サユが起きるのを待っているのだ。
というのも、現在の主な目標……『マユに好かれるにはどうすればいいか』および『ファンクラブの会員を増やすにはどうすればいいか』について、相談したいからである。
俺より年下のマユよりさらに(精神上は)年下のサユに頼るとは何とも情けない話だが、一人で考えても答えが見つからないのだからやむを得まい。
それに、サユのマユに対する姉妹愛は尊敬に値する。
必ずや有効な策を思いつき、俺をハッピーエンドに導いてくれるであろう。
「ん……」
「おっ、起きたかサユ!」
うっすらと目を開けたサユに近づき、早速声をかける。
「なあなあ、聞いてくれよ~。って、話は大体もう分かってるよな? アドバイスくれよ~、俺どうすればいいと思う? なーなー、聞いてるかサユ――」
「うるさいです。触らないでください、汚らわしい」
「……………………え?」
肩をゆする俺の手を強く払い、見たことのない冷たい眼差しでギロリとメンチを切るサユ。
……何が起きているんだ?
何で? 何でそんな態度なの?
俺が何かしたか?
たしかに今のノリは多少ウザかったかもしれないが、サユなら笑って同調してくれると思っていた。
ヤバイ、もしかして完全にスベッたのか、俺は?
まだ混乱しているが、ここは得意技の土下座で解決を図るべきか……?
「何を間抜けな顔をしているのですか。離れてください、こっち見ないでください」
「え……ちょ、ちょっ…………え……?」
次々と浴びせられる冷徹な言葉。
一言一言に鋭いトゲがあり、俺の心を容赦なくえぐる。
ぐぉおぉぉぉおぉぉお……!!
「……勘違いしてるようなので言っておきますが……私はアユです。マユおねえちゃんでもサユおねえちゃんでもありません」
「え……? あ、アユ……? マユ……サユ、が……おねえちゃん……?」
…………。
……………………は?
「気安く名前を呼ばないでください、不愉快です」
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