第25話 俺、ファンクラブ会長になります。

「おお~……すげえな…………」


 変人コンビによって引きずられるように足を踏み入れた二層ベースを見渡し、口から驚嘆の声が無意識に漏れる。

 一層ベースでも思ったけど……とにかく広い!

 閉所恐怖症の人でも安心の親切設計だ。

 これっぽっちも閉塞感を抱かない。

 ベースに到着したというより、ダンジョンの外に出た気分になる。

 ここは夜の地上でーす、と言われたらアッサリ信じてしまうだろう。


「どーデースか、テンチー! マジパネーってカンジでショー!」


 まるで、自分がベースをビフォーアフターしましたと言わんばかりに、したり顔をイラっとするくらい見せつけるローニンさん。

 「なんでやねん」と、手にした鉈で頭を痛烈に叩きたくて仕方ないが、そんな衝動を今は行動に移せない。

 久しく触れてこなかった人間的な文化に目を奪われて、ツッコむ余裕がない。

 まず目に入るのが、入口からベースを真っ直ぐ切断するように伸びる、広大なメインストリート。

 その脇を固めるのは、懐かしき縁日を思い起こさせる、様々な商品をずらりと並べた露店。

 両サイドに佇むのは、よくぞここまでと賞賛するとともにスタンディングオベーションを送りたくなるほど築き上げられた建物。

 奥の方に整然と広がる緑の地、あれは……畑だろうか。

 篝火を受けてキラキラと輝く、遠目でも飲用が可能と分かる綺麗な湖もかすかに見える。

 そして、行き交う人、歓談する人、休憩する人、勤労に励む人、人、人。


「ふふふ、圧巻だろう? 一層ベースと比べると若干見劣りするが、それでも約八万平方メートルを誇る。君に分かりやすく例えると、甲子園球場二個分相当、かな。人口は二百八十人で、常駐しているのは百八十人弱といったところだね」


 ははあ、なるほどなるほど。

 通常だと右から左に虚しく吹き抜ける雨柳さんの抑揚に乏しい解説でさえも、超人気ラジオ番組のごとく熱心に聞き入ってしまうのは、ひとえに俺が抱く関心の高さゆえであろう。


「へぇ~、ここに二百八十人も……。ダンジョン全体で何人いるか知らないですけど、すごい数ですね」

「五年前における日本の収容囚人数が約五万人。その内、保釈や仮釈放が認められたのが六千人弱。国内のダンジョンが二十四箇所。追加で送られる受刑者を年間二百人と見積もって……初期の死亡率が七割、現在の死亡率が三割を超えることから、総人口は推定千二百人ってところかな。ちなみに――」


 あ、前言撤回。

 ちょっと何言ってるか分からない。

 まいったな、こりゃ。

 何がまいったって、黙ってくださいとはとても言えない、この人の真剣な眼差しには本当にまいったよ。


「メグルー、ドーでもイーハナシはそのクラーイにして、マズやらなーいといけないコトあるデスヨー」


 雨柳さんの念仏じみた解説を中断させるという、出会ってから初めてのファインプレーを見せてくれたローニンさんに、俺は心の中で「グッジョブ!」と叫ぶ。


「どうでもいいとは随分な言い草だね。……まあ、確かに最初の行き先は決まっているようだ」

「? 何か用事でもあるんですか?」


 これほどの集団生活……ルールもマナーも義務もあってしかるべきだ。

 しかし、今までマユと二人で好き勝手に暮らしてきた俺には、当然ながら知ろうはずもない。

 それゆえの純粋な質問だったが、なぜか二人は小馬鹿にしたような顔で俺を見る。

 「え~、分かんねーのコイツ、マジウケるw」って感じで。

 やばい、キレそう。


「オー、テンチー! キミのためーにイッテるデスヨー? そのフク……ブッチャケ、スゲーダセーしアリエネーのでヤメるがいいデース」

「ふふふ、どうやら服装に無頓着な性格のようだね。興味深くて大変結構だが、君がよくても残念ながら私達には羞恥心があるからね。共に行動するなら着替えてくれると助かるよ」


 あ…………。

 そういうことか。

 完全に盲点だった。

 なるほど……そう言われると、すれ違う人にギョッとされた挙句、ジロジロと不躾に見られているような気がする。

 そりゃそうだ。

 二層で囚人服だなんて、太陽が照りつける南国の浜辺にスーツでビシッと決めてるようなミスマッチだ。

 そう考えると、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。

 うわっ、これはキツいな……。


「ホラホラ、コッチデース。イチリューフォトグラファーのボクが、テンチにピッターリのヤツをサガしマスヨー!」


 『一流』にアクセントを置くウザいセリフも、今は天啓のように俺の心を打つ。

 別に、囚人服が死ぬほどイヤなわけじゃない。

 むしろ、ずっと着続けていたので妙に馴染んでるし、愛着が沸いている。

 とはいえ、だせぇし防御力が皆無なのは悲しいが否定のしようがない。

 危険なダンジョンで少しでも安全性を高めるためにも、何よりもマユにカッコつけるためにも、ここは是が非でもイケてる服に更新したいところだ。

 ……って言っても、こんなダンジョンじゃマユを惚れさせるような、有名ブランドも真っ青な一張羅なんてあるわけねえよなぁ……。


 メインストリートから小道に入ってすぐ目の前。

 言われるがままに連れられた建物の前には、商品と思われる大量の服が並べられていた。

 さして期待もせず、それを何気なく眺めた瞬間――。


「ぶはっっ! こ、これ、何でできてんだ……? てか、どうやって作ってんだ……ッ!?」


 思わず吹き出して、商品にツバを付けそうになった。

 一言で表現すると……ファッショナブル!

 生地には、多彩なカラーで極上な質感をした正体不明の素材。

 何をどうやって完成させたのか一切が謎だが、地上における現代技術を駆使した衣類と遜色のない出来栄え。

 しかも、決して見目が良いだけではない。

 要所をガードするために、美しくも頑丈に加工された金属を違和感なく備え付けており、機能美と形式美を見事に両立している。

 まさしく、漫画やアニメに出てきそうなファンタジー衣装を忠実に再現していると言えるだろう。

 マジか……。

 雨柳さんとローニンさんの服も、そう思ってじっくり見れば確かに良質な素材だけど、シンプルなデザインゆえに品質の高さに気付かなかった。


「ふふ、驚いたかい? 裁縫や金属加工、素材の品質向上、カラーリングなど多種のスキルを駆使した、ダンジョン謹製の防具は非常に魅力的だろう?」


 俺はまた、懲りずに侮っていた……!

 ダンジョンの生活は、想像を遥かに超えた高水準だ。

 おそらく、俺の調味料シーズニング のように、戦闘ではアホらしいまでに役に立たないものの、洋裁や料理で本領を発揮するスキルを持つ人間が沢山いるのだろう。

 設備や科学で地上に遠く及ばない分を、スキルで補ってるってことか。


「ウーーン……コレもイイデスねー。でも、コッチもステがたいし……オーコマった、キューキョクのセンタクデース!」


 頭を抱えて、実に大げさなジェスチャーを交えて騒ぐローニンさん。

 まあ、俺のために悩んでくれているなら悪くも……。

 ん? あれ? ちょっと待った!


「あ、あの~、今さらなんですが……俺、金持ってないんですけど……」


 当然の申告をする俺に、なぜか再び嘲笑を送ってきやがる二人。

 いや、何だよ、その顔はよ。

 金はねーよ、あったりまえじゃん。

 俺の記憶が確かなら、倒したらゲームのように必ず金を落とす親切で律儀な魔物は未だかつていなかったぞ。


「ふふふ、君の言うことはもっともだ。しかし、実はダンジョンに貨幣など存在しないのだよ、日比野君」

「へ? じゃ、じゃあタダってことですか? 何か店みたいなのがいっぱいありましたけど、まさか食べ物も服も、その他諸々も全部タダ?」


 あまりの驚きで裏声になって声を大にする俺の言葉に、雨柳さんは首を軽く縦に振った。


「最初の頃は物々交換だったんだけど、物の価値なんて流動的で曖昧だからスムーズにいかなくてね。貨幣の流通を試みたこともあったが、管理と製造に手間がかかるし、どうしても貧富の差が生じるから廃止になったのさ」

「なるほど……平たく言えばメンドクセーから共産主義にしたってことですか。くっそー、そうと知ってれば毎日ベースに通ったのに……」


 一分の隙もなくダンジョンの攻略知識は身につけたと自惚れていた。

 まさか、こんなに大事なことを見逃していたとは……。

 本気で悔やんでいると、ローニンさんは苦笑いしながら俺の肩をバンバン叩く。


「そんなユートピアってワケでもねーデスヨー。それと、サイテーゲンヒツヨーなブンだけデスからネー。ヨクバリはダメデース!」

「そうなんですか……。何はともあれ、それなら気兼ねしなくていいですね。よかった~」


 ……でも、それなら俺が自分で選びたかったなぁ…………。

 まあ、元々ファッションに気を遣ってなかった俺より、仮にも写真家のローニンさんの方がセンスがありそうだからいいか。

 悩みに悩み抜いた末にローニンさんが選んだのは、適所に金属の鋲を打ち込んだダークブラウンの薄い革服に、面積の小さい軽めのチェストプレートだった。

 防御力とファッション性のバランスを取った結果らしいが、雨柳さんからの評価は……。


「ふふふ、馬子にも衣装ってやつかな。ひょろひょろの君には多少不安が残る気もするが……おっと、失礼」

「ハハハハハ! チンチクリンでヒンソーなタイケーのメグルがいいマスかー。チャンチャラオカシ――――アウチッ!!」

「すまない、手が滑った」


 レベルに見合ったスピードで放たれた雨柳さんの容赦ない正拳突きをみぞおちに受けて悶絶するローニンさん。

 この二人、本当にウマが合わないなぁ……。



「そうだ、日比野君にはまだ護衛の報酬を支払っていなかったね」


 メインストリートに戻り、雨柳さんイチオシの『ストーンエスカルゴの蒸し焼き』とローニンさんオススメの『レイドマンティスの串焼き』を三人でムシャムシャと食べている最中。

 ふと思い出したように雨柳さんが俺に言った。

 にしても、結構うまいなこれ。

 味付けは、塩……だけかな。

 シンプルイズザベスト!

 天然の岩塩なのだろうか……今のところ、俺と同じスキルを持った料理人の存在は確認できない。

 いなければいいなぁと思ってしまうのは、オンリーワンを夢見る男子高校生の心理ゆえであろう。


「いや、いいですよ。服も手に入ったし、うまい物も食べられましたし」

「そうはいかないよ。私の気が済まないし……何より、君にピッタリの面白い品が、今まさに思い浮かんだからね、ふふふふふ……」

「は、はあ……」

「オー、なんデースかメグルー! チョータノシソーデスねー!」


 ……嫌な予感がしないと言えば嘘になる。

 が、もらえる物は何でももらっておこう。

 雨柳さんは「少し時間がかかるから入口で待っててくれないか」と言って、どこかへ小走りに駆けていった。

 何だか分からんが、合法の物でお願いしますよ?


 その後、新装備に包まれた俺にポーズを取らせて、興奮しながら撮影し続けるローニンさんに辟易していると、雨柳さんは相変わらずの不敵な笑みをたたえながら悠然とやって来た。


「やあ、待たせてすまない」

「オソーいデスよ、メグルー! モー、マちくたびれちゃったデース!」

「(そうは見えなかったけど……)」


 ツッコミを心にしまいこんで雨柳さんに目を向けると、その手には何かが握られている。

 カードの束……のようだ。


「それは……?」

「ふふふ、これが君への報酬さ。そうだね、名付けて……『凩マユファンクラブ会員証』と言ったところかな」

「「……ハ??」」


 珍しく、ローニンさんと完全にシンクロした。

 てか、マジで何言ってんの、この人。


「おや、泣いて喜ぶんじゃないかと思ったんだけどね。マユ君のことが気になってる君なら、ね。ふふふふふ……」

「んなっっ……!?」

「オーーウ! ソレ、ホントデスかー!?」


 バ、ババ、バ、ババババ、バレ、てる……!?


「ど、どどど、どど、ど、どーうどどーう、して……?」

「ふふ、君の態度を見てれば誰でも……いや、ローニン以外なら分かるさ。この手の隠し事には慣れてないみたいだね、君は」

「フォーーッ! コイツぁビッグニュースデース。テンチー、マユのどーこがスキなのデースか? やっぱワルいシュミデスねー!」

「な、ななななな…………!」


 俺、そんなにバレバレだった?

 一ヶ月前、エリート警察を相手に知的な攻防を繰り広げた俺が?

 別に意図的に隠そうとしたわけではないけど、そんなオーラは微塵も感じさせなかったはずなのに。

 くっ、俺はベースを過小評価していただけでなく、自分自身を過大評価していたようだ。


「そんなことより見てくれ、この素晴らしい作品を」


 激しく動揺しながら、差し出された金属製のカード――凩マユファンクラブ会員証を手にし、よく見てみる。

 表面には、丸っこくて可愛らしい文字で『凩マユファンクラブ』と刻まれ、手にした麺切り包丁から滴る血を舐めるマユの写真がデカデカと貼り付けられている。

 やべー、めっちゃイイ!

 何これ、最高じゃん!


「アーッ! コレ、ボクがトッたシャシンじゃないデースか。ナニにツカうオモッたら……ナールホドー!」

「ふふ、こうした加工スキルを持つ知人がいたものでね」


 一気にテンションが上がって、会員証を裏返す。

 真っ赤な裏面には、『ファンクラブ会員番号:No.1』『名前:日比野天地』と書かれていた。

 一番!

 何て甘美な響きなんだ。

 俺は一番が好きだ、ナンバーワンだ!


「イーナー、ボクもホシーデース。メグルー、ボクのはないのデースかー?」

「ふふふ、そう言うだろうと思って、私の分と一緒に作っておいたよ。ちなみに私が二番、君が三番だ」

「グーーッド! さっすがメグルー! ヒーハーーーー!!」


 レアカードをゲットした子供のように大はしゃぎするローニンさん。

 正直、同じ気持ちだが……そこまでガキになれない俺は、クールを装って問いかける。


「あの……雨柳さん、ありがとうございます。すげー嬉しいんですけど……でも、何でファンクラブなんて……」

「……私はね、常々考えていたんだよ。マユ君がダンジョンにいる全ての人々に恐れられている現状を、どうにかして変えられないかとね」


 雨柳さんは、微笑を消してゆっくりと答えた。


「彼女は普段、何ともないように笑って気丈に振舞っているが……心の奥では寂しさを感じてるんじゃないかと私は思うんだ」


 寂しい?

 マユが?

 そう……なのだろうか……?

 決して長い付き合いではないが、マユのことは父親の剛健さんと妹のサユの次に理解しているつもりだ。

 しかし、マユに人恋しい感情があるかと言えば、即答は出来かねない。

 確かに、あれだけ恐れられ避けられたら、俺なら凹む。

 首を吊るとまではいかなくても、三日はブルーになること間違いない。

 でも……。

 先輩囚人方とバッタリ出くわしたことは少なくないが、マユは普通だった。

 少なくとも俺には、傷ついてるようにも強がってるようにも見えなかった。


「……分かるんだよ、私には。女の勘と言ってもいいが、私とマユ君は似ているから余計に、ね」

「へ? ニてるってどこが? ムネがチーさなとこデス――――カボッ!?」

「すまない、足が滑った」


 みぞおちに見事な膝蹴りを食らったローニンさんが、腹を抑えてうずくまる。

 何かデジャブ。


「コホン……そこで君だ。マユ君がなぜ君という存在に気を許しているかは不明だが、君ならばマユ君とダンジョンに住む人々とを繋ぐことができるかもしれない」

「ソーデスネー……。ボクたちもナンとかしたいデスが、ダイジなおシゴトもあるデスから……」

「報酬と言いながら新たに依頼をするようで申し訳ないが……これで会員を増やし、マユ君が本当は良い子なんだと証明することができれば、皆の見る目が変わると思うんだ。……お目付け役として、ファンクラブ会長として、どうか私の願いを聞き入れてもらえないだろうか?」

「……ボクからもタノみマース、テンチ―!」


 俺なんかに、おもむろに頭を下げる雨柳さんとローニンさん。

 この二人を、頭のおかしい変人としか思っていなかったが……誤解だった。

 こんなに真剣に、マユのことを想ってくれている人がいたなんて……。

 何ていうか……嬉しいもんだな。

 俺は胸を張って、大きな声で答えた。


「任せてください! っていうか、言われずとも当然やりますよ! 俺はマユを……その……まあ、えっと……あ、愛してますからね!」


 あーーーー。

 言っちゃったーーーー……。

 何言ってんだ俺……。


「…………ふ、ふふふ……」

「…………プッ、ククク……」

「「アハハハハハハハハハハハハハッ」」


 はい、大爆笑ーー。

 これは仕方ないな、うん。

 二人は堪えきれずに高々と笑い出し、俺は赤くなってるか青くなってるか分からない顔を天に向けた。


「ふふ、ふふふ……久しぶりに、こんなに笑わせてもらったよ。そうだね……君なら大丈夫そうだ。ありがとう、頼んだよ」

「イヤー、テンチはサイッコーデース。ゼヒともボクとメグルのようにシアワセになってくだサーイ。グッドラック!」

「ええ、頑張ります。…………って、ん?」


 ……何か今、変なこと言わなかったか?


「えっ……と……ローニンさんと雨柳さんのように……っていうと……?」


 二人は顔を見合わせて、そして何かに気づいたように「あっ」と口にした。

 そして、雨柳さんは俺に向き直ると、こともなげにサラッと爆弾発言を放った。


「そういえば言ってなかったね。私達……夫婦なんだよ」


 ……………………え?


「えええええええええええええええええええええっっ!??」


 今日は、本当に色々なことがあった。

 すごく貴重な一日だった。

 でも、最後の一言で大体全部吹っ飛んだ。

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