第24話 16歳男子高校生はダンジョンで自由に生きた……かった。

 二層ベースまでの護衛をして欲しい。

 元々、そんな頼みを断る権限は俺にはない。

 なぜならば、俺はマユを絶対神として崇め奉り、『マユの言うことにはすべからく付き従うべし』、『マユの望みは余すことなく叶えるべし』という忠誠と服従の誓いを立てたからである。

 「キモッ! 頭沸いてんの?」と言われようとも、それが命の恩人に対するせめてもの感謝の意であり、惚れた弱みであるのだから、誰に何と言われようとも曲げるつもりはない。

 ゆえに、メンドくさい変人二人組のハタ迷惑な依頼をマユが即答で引き受けてしまっても、俺は嫌な顔一つせずに固い握手を交わしたのである。


 幸いなことに、暫定的パーティーの結成期間はわずか一時間足らずだった。

 と言っても、相対性理論を説くアインシュタインの正当性を証明するがごとく、体感時間は何倍にも感じられた。

 原因は、道中ずっと続いた雨柳さんの質問攻め。

 ダンジョンに送られた原因だとか、マユと出会った経緯だとか、今日までどういう出来事があっただとか……挙句の果てには、好きな食べ物は何だの、趣味は何だの、特技は何だの……。

 まるで、森羅万象を網羅せんとばかりである。

 あまりに鬱陶しいから七割テキトーに答えたのだが、雨柳さんは一言一句聞き漏らすまいとするように、熱心にメモを取っていた。

 そんなことを聞いても面白くもなければ一銭の得にもならないのだが……。


 一方、ローニンさんの方は、魔物をなぎ倒すマユの武勇を「ワーオ!」とか「グレートデスよコイツァ!」とか騒々しく叫びながら、ひたすら激写していた。

 ある時は壁をよじ登り俯瞰して客観的に、ある時は寝そべり仰ぎ見てダイナミックに、ある時は心臓に悪いくらい近寄り接写してド迫力に。

 死ぬんじゃないかと思った場面が五回ほどあった。

 これが全世界の戦場カメラマンに共通する生き様だとすると、なるほど、命知らずの馬鹿にしか務まらない仕事だ。

 並みの神経じゃない。

 見てるこっちがヒヤヒヤして、寿命が縮む。



「ここを直進すればベースに到着だ。助かったよ、マユ君、日比野君」

「マジサンキューデース! いいエもイッパイトれまーしたし、サイコーにラッキーなのデーシタ!」

「にゃははぁぁあぁあじゃぁあぁあじゃぁあぁあオレイぃぃいいぃいオぉレぇえぇえイイぃぃいぃいぃい♪」

「ふふふ、相変わらずだね。君のそういう素直で欲望に忠実なところは好感が持てるよ」


 ふう……ようやく解散か。 

 仲間がパーティーから外れるイベントって、普通はもっとセンチで心細い気持ちになるもんだけど……今の、この解放感はどうだ。

 最初の数日間こそ、二人だけのダンジョン生活に多少なりとも不安と心細さを感じていたが……今ではマユと二人っきりがベストメンバーだと思える。

 もっとも、増えた人材にも問題があったんだけどね。


「報酬は……これだ。三層で自生しているアダマントコナラの実を、四層のスイートラフレシアの蜜で漬けた甘味だ。君のお気に召すと思うんだが、どうかな?」

「わぁあぁぁあぁぁいぃぃいぃやぁったぁぁあぁぁぁあぁぁあ♡」


 な……なぬっっ!?

 バ、バカな……このダンジョンにスイーツが存在する……だと!?


「ふふ、どちらも個体数が少なく、採取、加工が困難で希少価値が非常に高い一品だ。具体的には、鉄でも切断できないアダマントコナラの外殻を魔法による急激な温度差で疲労破壊させて……」


 延々と解説を垂れ流す雨柳さんをドスルーして、マユは金属製の筒に手を突っ込み、熊のように根こそぎナッツをすくい取ってボリボリと頬張り始めた。

 実に、実においしそうに。

 悔しいが、俺の目にもナッツは普通においしそうにしか見えない。


 くっ……何ということだ!

 迂闊だった……これは驚愕の事実だ。

 俺は、数少ない趣味である料理――ひいては砂糖や蜂蜜を生み出すことができるスキルこそが、マユに必要とされる唯一のアイデンティティだと思っていた。

 そして、それがマユの心を惹きつけるたった一つの武器であり、勝算であり、アドバンテージであると確信していた。

 ところがどっこい、その持論の全ては、ダンジョンにマトモな食べ物が存在しない場合にのみ成り立つ。

 俺は今の今まで、こんな所にロクな食べ物なんぞあるはずがないと信じて疑わなかった。

 それがどうだ?

 ダンジョンに住む人達を完全に見くびっていたとしか言えない。

 釈明の余地がない。

 俺は何て愚かな無能野郎なんだ。


「はぁぁあぁあぁぁあぁぁ……オオぉぃイしかったぁぁあぁあぁぁあっ」

「――加えて、生命活動を止めると蜜の分泌も停止する特性から、極めて高度な技術と膨大な時間が……おっと、もう食べてしまったのか」

「イイたべっぷりデース! やぱりマユはサイコーのモデルデース!」


 さすがの食べっぷりを披露したマユは、ベタベタの手で俺の服の裾を引っ張り、満足した様子で雨柳さんとローニンさんに手を振った。

 ついさっきまでは……。

 このままマユの手を握り締めて、ダンジョン生活に戻りたいと心の底から願っていたのだが……。


「そぉれじゃぁぁあぁあぁげぇんきでぇネぇぇえぇえぇええっ✩」

「ああ。無用な心配だろうが、君達も達者でね」

「またアイましょー! オサラバデース、マユー、テンチー!」

「………………」


 ……特に必要性も感じなかったし、別に行く必要はないと思っていた。

 だが、俺の想像以上であるならば……知っておかねばならない。

 ベースがいかなる場所であるかを。

 ただ…………。


「なあ、マユ……。あの……さ、二層のベースって行ったことないから、ちょっと寄ってみたいなー……って思うんだけど……。ど、どう……かな……?」


 俺がそう言うと。

 マユは、目を細めて口を尖らせて眉をひそめて皺を寄せて……つまり、露骨に嫌そうな顔をした。

 いつも猟奇的な笑みを絶やすことのない、あのマユがだ。

 まあ、こういう反応をするんじゃないかとは薄々思っていた。

 何といっても、マユは世間一般で魔物以上にビビられている恐怖の権化である。

 いくら厚顔無恥で最強無敵といえど、年端のゆかない女の子。

 恐れられ、悲鳴を上げられ、威嚇され、石でも投げられかねない場所に行きたいなどと考えるはずがない。

 すまんマユ、配慮が足りない発言だった。

 俺のアホ! 死ね! 百回死ね!

 

 ……それにしても、滅多にお目にかかれない激レアな表情だな。

 おいローニン、カメラYO✩KO✩SE!!


「うぇぇえぇぇえぇ…………やぁだぁぁ」


 うん、じゃあやめよう!

 こんな顔をして、こんなに嫌がっているマユに対して、どうして無理強いなどという野卑なことができようか。

 ベースの生活がいかにハイレベルで、どれだけ得るものがあろうとも、代わりにマユの好感度を失ってしまっては本末転倒である。

 「考えがコロコロ変わるやつだな」と罵りたければ、どうぞご自由に。

 揺らぎかけた俺の決心は今、マユのおかげで再び強固なものとなった。

 よし、さらばベース――――。


「そっか、マユがそう言うなら――」

「オー! ソレじゃーテンチ、ボクらとイッショにイコー! すげーアンナイしますデスヨー!」

「ふむ……そうだね、君は一度ベースに顔を出した方がいいかもしれない。マユ君は一つ手前のセーブクリスタルで待っててくれないか? 日比野君は、私達が責任を持って送り届けるよ。武器を調達すれば私とローニンだけでも危険はないしね」

「……………………え?」


 え、そういう流れになっちゃうの?

 確かに、言いだしたのは俺だけどさ……。


「い、いやいや、別に用があるわけでもないし、やっぱりまた今度でいいかなー、なんて……」

「エンリョはいらないデース。スバラシートコだからイチドはミるがイイデース!」

「ふふふ、珍しくローニンの意見に賛成だ。いいだろう? マユ君」

「むぅぅうぅぅぅうぅ……わぁかったぁぁ…………」

「よし、決まりだ。さあ行こうか日比野君」

「レッツゴーデース!」

「え……え……ええ~~~~っ……………」


 新入社員をムリヤリ飲みに連れて行くように、肩を組んで意気揚々と俺を連行する雨柳さんとローニンさん。

 渋々といった様子で、拗ねるように足でグリグリ地面を削るマユ。

 ああ……なぜこんなことに…………。

 どうして俺の思惑とは真逆の方向に事が運んでしまうのだろうか。

 新生ネオ・日比野天地は、今までとは一味違う大胆さと積極性を発揮しているはずなのに……。


「さて、時間は有限で貴重だ。最も効率的かつ有意義なルートを辿るとしようか」

「モー、ゼーンブマワっちゃいマショー! ウェーーーーイ!!」

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