第10話 きょうはなんにもないすばらしい一日だった
陽芽へ
シャバでは爽やかな秋晴れが続いてるであろう今日この頃、元気にやってるか?
ちゃんとご飯は食べてるか?
風邪とか引いてないか?
適度に運動してるか?
俺の方は相変わらず、そこそこ元気にやって……る……よ、うん。
いやー、ダンジョンに来てからまだ一日だけど、お前に話したい奇想天外な出来事がウンザリするくらいあるぞ。
詳しくは語り尽くせないから割愛するけど、まあ総合的に鑑みて……思ったよりは悪くない労働環境って感じかな。
同僚の人もいっぱいいて、みんなハツラツと勤勉に働いててマジ驚いた。
しかも、逞しくて強くて優しくて頼りになるベテランばっかりでさぁ。
俺って職場に恵まれてるな~。
そして、何と!
初日から、とある人のお目付け役っていう超重要な案件を任されてるんだ。
正直なところ、俺にできるかどうか不安もメチャクチャあるけど、上司の期待に応えるために全力で頑張ろうと思う。
それと、とある人ってのが何だか陽芽にちょっと似てるような気がして……でも、そんなこと言ったら、いくらお前でもブチ切れそうな変人なんだ(笑)
でも、そいつを見てると早くもホームシックで、妙に地上が懐かしい気分だ。
いつになるか分かんないけど、お勤めを終えたら、くつろげる我が家で盛大にパーっと騒ごうな。
それじゃ、何か困ったこととか悩んでることがあったら連絡してくれ。
つっても、今の俺じゃ手紙でアドバイスくらいしかできないんだけどな。
俺はこの通り頑張ってるから、陽芽も体に気をつけて頑張れよ!
じゃあ、またな。
兄、天地より
なーんてね。
あまりにスプラッターな場面を目撃してしまったから、つい思考が飛んでた。
とりあえず、今考えた文面の手紙を後で書いておこう。
問題は郵便制度がダンジョンにはないってことだな。
あー、紙も筆記用具もないな。
さて、現実に戻ったところで振り返ってみよう。
つい先ほど、マユと一緒にうららかな気分でダンジョンを散策していたところ、ゴブリンが現れました。
それを、マユが一方的に圧倒的に残虐的に斬り殺しましたとさ。
あれ、何かデジャヴ。
最近、ものすごーく最近、同じようなことがあったっけ。
ただし、その時はとてつもなく巨大な二頭の暴犬で、いかにも魔物って感じだから殺っちゃっても抵抗の少ない奴だった。
だが、今回はどうだ?
ゴブリンは人型だ。
体色が灰緑色で顔は化物っぽいけど、それでも遠目にはほぼ人間っぽい。
しかも俺より小さいし、レベルが2に上がった俺より腕力も弱いはずだ。
そんなか弱い存在が、あんなふうに……と思うと、何かこう……罪悪感というか、精神的衝撃度も桁違いだ。
猟奇殺人の現場にバッタリ居合わせたような気分になる。
しかーーっし。
俺の心理状態は、すでに平常モードへと移行中である。
なぜならば、このような異常な状況にもすでに慣れつつあるからだ。
昨日、田辺さん達と一緒に相当数の魔物をデスクワークみたいに片付けてきたからだろうか。
心地よく眠って、気持ちが少し落ち着いたのもあるだろう。
まあ、マユの殺り方は流石に胃液が逆流しそうな後味の悪さが残るけどね。
ともあれ、ここに来てから魔物を狩る、ひいては生物を傷つける行為自体への抵抗感が徐々になくなってきているのかもしれない。
最終的には自分でも積極的に攻撃に加わっていたし。
効果はいまひとつだったけど。
……そう考えると、人間としてかなりヤバイ気がしてきた。
俺はダンジョンを攻略する冒険者という役割に心酔するあまり、ある意味では犠牲者ともいえる魔物に対して、必要以上に残酷になっているのではないだろうか。
ダンジョンから生還したはいいが、身も心も犯罪者に染まってました……なんてことになったら目も当てられねえ。
うーーーーむ……。
「てぇぇぇえんちゃぁん! いいいっくよぉぉぉぉおおぅ♪」
ゴブリンの肉片をいくつか無造作にリュックに詰め、愉快にスキップして先へと進んでいたマユは、手を振りながら顔をこちらに向けて、満面の笑みを浮かべた。
まるでピクニックにでも行ってるみたいだ。
こんなことをしておいて、何て楽しそうなんだアイツぁ。
……だが、まあ、ここではマユのような人間が正しいのかもしれない。
何せ、これは命のやり取りなんだ。
殺らなきゃ殺られるんだから、あんまり深く考えても仕方ない。
それでも俺は最低限、魔物に対して敬意を払うこととしよう。
マユの分までな。
そう思って、俺はゴブリンだった肉片に近寄って目を閉じ、軽く礼をして胸の前で十字を切った。
「とぉろとろだぁぁよおおお。はぁやくはぁぁやぁくぅぅぅぅう!」
「ああ、わりぃわりぃ」
その後は、ひたすら同じことの繰り返しだった。
敵発見→マユが瞬殺、敵発見→マユが瞬殺、という流れだ。
え? 俺は何をしてたかって?
もちろん、俺は何もしてない。
……というのは、半分本当で半分間違いだ。
俺は戦利品の回収と後方の警戒をしていた。
具体的には、ゴブリンから鉈をいただき、ちょっとばかし攻撃力がアップした。
剣よりも軽いし、いかにもな武器より扱いやすくていい。
で、防具に関しては、重いし身動きが取りづらくなるため不要と判断。
レベルも上がってるし、防具無しでもゴブリン程度ならサシでやっても遅れを取ることはあるまい……たぶん。
と言っても、出会った先からマユがバッタバッタと魔物を駆逐するから、俺が戦う機会そのものがないかもしれないが。
あと、オークやコボルト、ゴブリンが布や革でできた防具を身に付けていたので、それらを繋ぎ合わせたり結んだりして風呂敷(っぽいもの)を作った。
これで、戦利品の所持容量が増えた。
入れる物がほとんど魔物の肉ってのが悲しいところだが……。
てか、くっさ!
敬意は払っているものの、汚いし、くっさいマジで。
つーか、これ完全にマユの荷物持ちじゃん。
一応、あまりにもマユが無警戒なため後方の襲撃に備えてはいるが、それも今のところ杞憂だ。
考えてみると、こう見えて五年間も一人で生き抜いてきたんだから、危険はないのだろう。
いやー、カッコ悪いなー俺。
順調に狩りをして進みながら、この日は四度の食事休憩を挟んだ。
うまい具合に、ダンジョンでは所々に部屋があったので、そこで休んでいた。
時間は等間隔ではなかったように思うが、時計がないから不明だ。
時間が分かんねーってマジ不便。
どのみち、正午ちょうどに昼食にするとかいう概念がマユにはないんだけどね。
マユが食べたい時に食べ、休みたい時に休む、寝たい時に寝る、そんな感じだ。
ニートかってくらいフリーダムな生活スタイルだが、俺は特に異論はない。
俺も夏休みは似たようなもんだったし、役立たずの分際であれこれ主張するつもりもないしな。
メニューは、食材である肉が文字通り腐るほどあったので、数だけで考えれば選り取りみどりと言えなくもなかった。
……ラインナップの充実に反して、食べられそうなのはごくわずかなのが玉にキズだけど。
さらに問題を言えば、肉しかないけど。
別にベジタリアンを気取るつもりはさらさらないが、いくらなんでも毎食毎食、肉、肉、肉ってのは気が滅入る。
まあ、それは今後の課題としよう。
マユは、意外にも俺が調理するのを素直に待っていた。
待っていたといっても、ツマミにバジリスクを細く引きちぎってスルメのようにクッチャクッチャと噛みながらだから、厳密には違うかもしれない。
俺は、何とか食べられそうなスレッジボアという大きな猪みたいな魔物をチョイスした。
マユが食ってる蛇は見るからにヤバそうだが、まさか猪に毒はないだろう。
調子に乗って凝った料理を作ろうかと思ったが、材料的に無理があるので無難にハンバーグに決めた。
俺が包丁でトントン叩いてたんじゃ日が暮れそうだったのでマユに頼んだら、わずか数十秒で大量のミンチが出来上がった。
年下の女の子に力作業を頼む不甲斐なさに我ながら苦笑したが、マユは思いのほかノリノリだった。
後は形を整えて、今日の探索中に密かに自作した不細工なフライパンで焼き上げ、スキルを使って塩コショウをパッパッと振りかける。
つなぎを一切使用しない、猪肉百パーセントのハンバーグの完成だ。
味は文句なしにうまかった。
やはり多少の臭みは感じたが、オルトロスよりも脂が乗っていてコクがあった。
ただ焼いたのでは確実に硬かっただろうが、ハンバーグにしたことで適度な歯ごたえになっている。
脂身が濃厚ながらしつこくない絶妙な味であるため、ジューシーな赤身部分と見事に調和して素晴らしいハーモニーを奏でている。
おっと、しつこい感想はやめにしよう。
とにかくうまかった。
マユも同感であるらしく、今回も飛んだり跳ねたりして素晴らしいリアクションを提供してくれた。
何と作りがいのある奴だ。
陽芽の場合は、うまくてもまずくても反応が薄味だったから、何とかコイツをぎゃふんと言わせてやろうと躍起になったものだ。
なので、マユのように手放しに喜ばれるのは新鮮だ。
逆に「くっそまずい!」と言わせてみたいとすら思ってしまう。
そんな感じで、ダンジョン生活二日目を順調に終えようとしていた時。
もはやビクつくこともなくなった、薄暗い通路の曲がり角からの物音に違和感を覚える。
ガシャガシャという金属が擦れる音と……話し声。
まさか……。
「っ!」
「うおぁっ!?」
「ひっ!!」
角から出てきた途端に短い声を上げたのは、他の囚人パーティだった。
数は五人、武器も防具もバラバラだが、瞬時に陣形を組む連携の取れた無駄のない動きで、全員かなり戦い慣れていることが分かる。
俺はのんきに「あ、やっぱいるんだなぁ」と思うと同時に、魔物じゃないと分かったことでホッとして、肩の力を抜いた。
だが、彼らの反応はなぜかシビアなものだった。
普通、同僚を見かけたら「よお、頑張ってんなー」と挨拶の一つもするだろう。
てっきりそういう流れかと思って、俺は反射的に右手を上げかけていた。
しかし。
「お、おい、あいつ……」
「馬鹿! 目ぇ合わすな、ぶっ殺されっぞ!」
「は、早く行こうぜっ」
「気をつけろ、刺激すんなよ」
彼らは、あからさまに狼狽してコソコソと話し合い、マユへの警戒心を剥き出しにしながら壁際に張り付くと、そそくさと通り過ぎようとした。
……いや、いくらなんでもビビリすぎだろ。
気持ちは分からないでもないが、ここまで露骨に避けられると流石に傷つくぞ。
大体、目を合わせたら殺されるってんなら、俺は何回死んだ計算になるんだよ。
彼らは、マユの隣を歩く俺に目をやると、驚愕に目を見開いて顔を見合わせた。
……ふむ、おそらく彼らの考えはこうだ。
「こいつマジか、ガチで引いたわ」、「頭おかしいんじゃねえか、新手の自殺にしても笑えねえ」。
っていう感じだな。
「お、おい、お前。確かお目付け役として連れてかれた……日比野、だったか」
「お前のことは凩さんから聞いてる。無事だったんだな」
「よかった、心配してたんだぜ。見つけたら連れて帰って来いって言われてんだ。悪いことは言わねえから俺達と一緒に来いよ。その……そいつは、放っといて大丈夫だからよ」
彼らはマユの方を横目でチラチラと見ながら、俺に小声で話しかけてきた。
どうやら、凩さんはダンジョン探索組に俺のことを伝えていたらしい。
一旦俺を連れて帰って、それから改めてお目付け役を選出した上、派遣するという方針のようだ。
まあ、そうだよな、凩さんは最初からそう言ってたんだし。
さて、どうすればいいのか……。
普通に考えれば、囚人達のリーダーでありマユの親でもある凩さんの言うことを素直に聞くべきだろう。
大体、俺がマユと一緒にいたところで戦力になどならない。
お目付け役ってのは、いざって時に魔法道具で危険を知らせるだけでいいわけじゃないんだ。
知らせた後に、凩さんが精鋭を連れて援護に来るまでの間、協力して持ちこたえるなり逃げるなりしないといけないのだから。
それができなきゃ、単に死体となったマユの場所を教えるだけという虚しい役職にすぎない。
だから、俺はここでベースに戻り、俺なんかより優秀で屈強でまともな魔法が使えるベテランと交代するのがベストなんだ。
そう、分かってはいるんだけど……。
迷う必要なんてない、はずなんだけど……。
ちらっ、とマユの方へ目を向けると、マユは何一つ気にする素振りもなく、振り向くこともなく、というか足を止めることすらなく、ふらふらゆらゆらと酔っ払ったオッサンの千鳥足をマスターしたみたいな足取りで、すでに先へと進んでいた。
うおおおおい、チョッ、待てよっ!
まるで誰とも出会わなかったかのような無反応!
というか、俺が戻るかどうかには興味なしですか。
まあ、元よりマユが俺を連れてきたことに理由なんてなかっただろうしな。
話の最中にたまたま俺がいたから突発的かつ衝動的に拉致っただけだろうしな。
ちょっと仲良くなったような気がしたのは、俺のイタい妄想だったんだ。
「ほら、行こうぜ。アイツだってお前のことなんかほったらかしじゃねえか」
「大変だったろう、戻ったらしばらく休め」
ホント、そうなのかもしれないな。
まったく、上等だよマユ。
よーし、決めたぜ。
俺は今、キッパリと決めた。
「すみません……俺、大丈夫なんで! せっかくなんですけど、もう少しあいつに付き合ってみます」
「「「…………はあっ!?」」」
「えーっと……それじゃ、お疲れ様でーすっ!」
そう言って、俺はマユの元へと走った。
呆然とする彼らに最敬礼をして、その後は振り返ることなく走った。
……いやー、なぜ俺はこんな行動を取ったのか。
問われれば答えに窮する。
どう考えても合理的じゃないのは自覚している。
メリットとデメリットを箇条書きにして分かりやすく比べようものなら、俺の足取りはみるみる重くなるはずだ。
強いて理由を挙げるとすれば、気の迷いとしか言いようがない。
だけど、その、何というか……。
孤立してるマユが、ちょっと気になっただけだ。
別に、そんなマユを助けたいとか、俺もそうだったから何とかしてやりたいとか、そんな感傷的で「何様のつもり? 自分に酔ってんの?」とツッコミたくなる理由じゃない……はずだ。
大体、ハブられるに値する言動をしてるのはコイツだし。
初日に腕を噛みちぎられた時は、本気で恐かった。
オルトロスを喜々として惨殺した時は、本気で関わりたくないと思った。
だが、少なくとも今日。
この一日は、そんなでもなかった。
この一日は、割と悪くなかった。
だから、もうちょっと今のままで頑張ろうと思っただけだ。
マユと一緒にいれば、俺もすぐにレベルが上がってガンガン強くなって超絶スキルも覚えて、お目付け役なんてチョロい仕事になるかもしれないしな。
そうだ、そういうことだ、うん。
自己完結して勝手にスッキリした俺は、マユの横まで来て歩を緩める。
破滅的な音程の鼻歌を歌うマユを一瞥すると、いつものニマニマした気持ち悪い顔がいつも以上に楽しげに歪んでた気がするのは、おそらく俺の気のせいだろう。
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