第10.5話 男はつらいよ ~囚人リーダーの憂鬱~
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ! やっちまったあああ! ちくしょうッ!!」
ダンジョンで初めて形成された人間の集落、ベース。
その中央、最初に建てられた不格好な木造建築物――ダンジョン第一層拠点本部の中で、俺は拳で机を叩きつけて叫んだ。
盛大な音を立てて真っ二つに割れた机を、鬱憤を晴らすように何度も何度も踏みつけて粉々にする。
「くそっ、くそっ! 心配だ……心配だっ……! こっちがマジで心配してるっつーのにマユのヤツ、一体何を考えて……があ゛あ゛あ゛あ゛! ぬぐぐぐぐぐ……ッ!」
「……またやってるんですか、ゴウさん……。気持ちは分かりますけど、毎度毎度ぶっ壊すのは勘弁してくださいよ。こんなボロ机でも作るの手間なんですから」
荒ぶる俺とは対照的に、玄関から冷ややかな声がかけられる。
「彰人か。毎度毎度わりぃとは思ってっけどよぉ……。でもお前、最近この辺の魔物がやべえってことは知ってるだろ。それをアイツは……よりにもよって、新入りで見るからに弱っちくて頼りなくて度胸がなくて軟弱でなよなよした最近の弛んだ若者って感じの日比野を拉致って……」
「いや、言いすぎですよゴウさん。アイツはあれでなかなか根性あるし、責任感もある男ですよ。まあ、確かに戦闘経験はまだ全然ですし、レベルも低いですけど」
穏やかに言い返す彰人が、水の入った木製のコップを差し出す。
俺はそれを受け取って一気に飲み干し、ストレスを吐き出すように深々と息をついて何とか気持ちを鎮める。
「ああ……そうだな。悪い、ちょっと熱くなって言いすぎた。一番の被害者は日比野だからな……。あいつ、今頃どうしてっかな……死んでねえといいが……」
「羅針盤は動いてますし大丈夫ですよ。それに、娘さんはダンジョンで間違いなく最強の女の子なんですから、むしろここにいるより安全じゃないですか?」
彰人はあくまで優しく冷静に、小さな子供をあやすように言って笑った。
今更、そして毎回のことながら、暴れたことに遅まきながら気恥ずかしさを感じ、咳払いをして誤魔化しながらも俺は愚痴を垂れ続ける。
「でもよぉ、ここらでオルトロスだぜ、オルトロス。ぜってーおかしいっつの。コブラソルジャーとか、数が少なかったヤベーのも増えてるし……」
「ですね……。二層駐屯組からの報告はありませんが、危険度が増してるのは確かですよね。ダンジョンの生態系の究明は置いといて、とにかく防衛を強化しないと……」
「そうなんだよな、どうすっかな……。行動範囲は狭まるが、チームの編成人数を十人以上、リーダーはレベル15以上、安全確保と索敵を最優先にする……ってのが万全の体制なんだが……」
三日前のオルトロス出現はベースに大きな衝撃をもたらした。
ベースに常駐している大半は住居の建築、日用品の作成、食用や薬用となる植物の栽培といった、生活基盤を固めるための非戦闘員だ。
普段は魔物の恐ろしさを肌で感じることのない彼らの恐慌と言ったら、それはもう筆舌に尽くしがたい。
何せ、あまりに距離が近かったため、天井が崩壊するような地響きと咆哮がここまで伝わってきたのだ。
パニック状態に陥った人々を落ち着かせるのは一苦労だった。
まあ、おかげで彰人の元へ速やかに駆けつけることができたわけだが……。
「確かに、それだと死者や負傷者は激減するとは思いますけど、代わりに討伐数まで減って魔物の総数が右肩上がり。食料の供給にも若干の不安が……となりかねませんよね」
「とりあえず全パーティに招集かけてっから、その件は会議で話し合って早めに決めねえとな……あ~~~~ちくしょう! 胃が痛え……」
「ははっ、お疲れ様です」
完全に他人事のように彰人が社交辞令的なねぎらいの言葉をかけるが、その顔にはよく見ると疲労の色がにじんでいる。
それもそのはず、この男は仲間を惨殺されて自身も怪我を負って気絶した次の日から、他の連中と何ら変わらず……むしろ人一倍魔物の討伐に尽力しているのだ。
……気絶はうちの娘のせいらしいが。
「さて……それじゃあ俺は戻りますんで、もう暴れて物を壊さないでくださいよ」
「お前……もちっと休んだらどうだ? 働きすぎだぞ。何なら俺が代わりに……」
「ははは、気持ちは嬉しいですけど俺は大丈夫ですよ。それに、ゴウさんの代理の方がよっぽど荷が重いですって。娘さんと日比野を見つけたらすぐ連絡しますから待っててください。ではっ」
最後まで気を遣う彰人を見送って、俺はコカトリスの羽毛を詰め込んだ布団に勢いよく腰を下ろす。
ったく……よくできた野郎だぜ、彰人は。
ここに来て半年ちょいしか経ってねえからレベルこそ7と低いものの、サバサバとした明るい人柄に加えて、社交性に長けて判断力にも優れ、戦闘においても物怖じしない。
強い魔物がいなかったからとはいえ、ベース近辺の防衛リーダーを任されていただけある。
犯罪者になったってのも、会社で横領やらパワハラやらセクハラやらをやりたい放題やってたクソ上司をぶん殴ったら、腹いせに罪を全部被せられたからっつー理由だからなぁ。
補助系のスキルが充実していれば、マユのお目付け役にしてもいいくらいだ。
そ・れ・に・く・ら・べ・て。
日比野……天地……。
アイツは、一体どんな野郎なんだ。
全く知らねえ……つーか、そもそもダンジョン初日だったからロクに話してもねえ。
彰人がああ言うからには悪いヤツじゃねえんだろうが……。
いやいや待て待て、彰人はどんな極悪人に対しても悪く言わねえ、性善説を体現したようなイイ子ちゃんだから、あんまり当てにならねえ。
くそっ、こんなことなら本人にもっと根掘り葉掘り話を聞いときゃよかった。
大事な娘の命を守る重要な役目を、あんな素性も知らねえレベル1の若造に託すことになるなんて、気が気じゃねえ。
本人の意思にそぐわないことだから申し訳ねえ気持ちもあるが、それはそれ、これはこれ。
足を引っ張るだけならまだ許そう。
うちのマユは世界一強いからな。
だが……ひょっとして、もしかしたら、マユによからぬ感情を抱いて襲いかかるってことも有り得るんじゃねえか……?
むしろ、可能性としては大いに有り得る。
うちのマユは世界一可愛いからな。
今までは、マユのたっての希望と俺の立場と他の連中との折り合いがあって仕方なく、本当にやむを得ず、涙を飲んで不承不承に苦渋の決断で好きにさせていた。
実際には、最初は何人か護衛……っていうかサポートを付けていたが、すぐにマユがぶっ飛ばしちまったわけだが……。
全く、うちのマユは内気で恥ずかしがり屋で人見知りすぎる史上最高の娘だな、こんちくしょう。
とはいえ、最近はマジでやべえ。
いくらマユでも一人は危険すぎる。
以前、攻略最前線の五層にマユが単身で突っ込んでいったのを見たって報告もあったしなぁ。
全く、うちのマユは豪胆で恐れ知らずで勇ましすぎる史上最高の娘だな、こんちくしょう。
何はともあれ、こうなった以上はもう彰人達に任せるしかねえ。
つっても、マユを力尽くで連れて帰れとも言えねえし、その前に不可能だし。
ひとまず、日比野を連れて帰るのが先決か……。
マユがベース近くまで来るなんて奇跡はもう起こらねえだろうしなぁ。
本当なら俺が自らマッハでぶっ飛んで行きたい。
だが、俺はみんなをまとめるリーダーとして、絶対に勝手な行動を取るわけにはいかねえ。
いっそ、誰かに立場も何もかもブン投げて俺がマユと一緒にいたいと思っちまうが、そんなクズみてえに無責任なこと死んでもできねえ。
しかし、マユが……俺の最愛の娘が、万が一、未知の凶悪な魔物に……。
いや、大丈夫、大丈夫だ。
……でも……いや……だが……ううむ…………。
「うがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!」
「すみません、遅くなりましたーーっ!」
「おお、彰人。お前無理しなくていいのに。……ところで、ゴウさんの様子はどうだった?」
「あー……っと……」
探索の準備を終えて集まっている集団に小走りで駆け寄った彰人は、何気ない問いかけに言葉を詰まらせて頬を掻く。
「まあ……相変わらず、でした。ははは」
「そうか~……今回はなまじ会っちまった分、長引きそうだな」
「そうですね……。もちろん、仕事は誰よりもやってるんですけど……」
「そこは俺らの大将だな。こじらせちまってるけど、やっぱ頼りになるぜ」
「あははっ、それじゃあ俺達は早く娘さんを見つけて安心してもらいましょうかっ」
「だな、いつまでもアレじゃあ敵わねえからな。んじゃ……行くか、お前ら!」
「「「オーーーーッ!」」」
ダンジョンが出現して五年。
凩剛健率いる第一層駐屯組は、今日もダンジョンの平和を守っている。
……そして、凩剛健の苦悩はこれからも続く。
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