第8話 この世の全ての食材に感謝を込めて……いただきます!

「ふぉおおおおおおおおおおっ!!」


 意識を取り戻し、俺は叫んだ。

 やべえええええええっ、寝てた!

 完っ璧に寝てた!

 何で寝れるの? 馬鹿なの俺!? つーか大馬鹿だよ俺!!

 でも、だって、仕方ねーじゃん。

 どうせ、ずっと寝ずに過ごすのは不可能だし。

 疲れたし、あったかいし、目の前ですっごい気持ちよさそうに寝られたら、もう……もう……。

 もしかして死んだ? 俺死んだ?

 一気に覚醒して堂々と言い訳をし、瞬時に周りを見渡す。


 ……うん、天国でも地獄でもない。

 寝る前と変わらず、美しい泉に囲まれた謎の水晶のそばだ。

 ……ただし、凩がいない。

 サーーッと顔が青ざめるのが自分でも分かった。

 ああぁぁ……神よ、我を救いたまえ。

 呑気に寝ていた分際で言いにくいけど、置き去りとは何とむごいことを。

 そうだ、この魔法道具、番い結びの羅針盤を壊して凩組長に知らせれば……。

 間違いない、二百パーセント呆れられて怒鳴られて殴られる。

 だが……だが……背に腹は代えられない……。


「にゃっはははぁあ! ふぉぉおってふぉぉおって、オモシロぉぉぉいいっ」


 あ。

 凩がいた。

 普通に、俺の背後であぐらをかいて座ってた。

 なんてこった……コイツがいることで、こんなにホッとするとはな。

 まさか、精神不安定な少女のおかげで精神が安定するなんて思わなかった。

 心なしか、最初に会った時の数倍は可愛く見えなくもない。

 欲を言えば、血の滴る生肉にかぶりついてなければもっと可愛い。


「うにゅぅぅぅうう? タベるぅぅうぅ??」

「あ、いや……。そ、それ、ひょっとして、昨日のオルトロスの……?」

「そぉぉそぉぉお。おテテぇにぃぃおアシぃにぃぃ、いいいっぱいだからぁオイシぃぃぃだからぁぁあ、はぁいアアアアアーぁンっ」

「え? い、いやいや、えーっと、その……」


 言葉が通じた。

 しかも、食べ物を分けてくれるみたいだ。

 相変わらずニマニマと楽しそうに笑いながら、あーんして両手に持ったドデカイ肉を食べさせようと俺の口に突き出してくる。

 これが手作りのお弁当で、彼女の手や口の周りが血だらけでなく、小さなフォークに刺したタコさんウインナーだったら、俺は「あーん」と言って素直に大口を開けたかもしれない。

 でも、これは無理だ。

 初めて会話らしい会話をして、おそらく大切であろう食べ物をくれる少女に対して失礼かもしれない。

 でも、これ生肉だし。

 明らかに、食べたらヤバイだろ。

 すげー臭いし。

 置き去りにされなかった嬉しさや、人間らしいコミュニケーションができるありがたさも吹っ飛ぶくらい、この生肉からは危険な匂いがする。

 コイツが食べてるから大丈夫か、と安易な判断を下せないインパクトがある。

 しかし、腹は減った。

 思えば、ダンジョンに来てから何も食べてない。

 ベースに食べ物らしき物があったから、狩りの前に食べとけばよかったなぁ。


「…………あ~~……ありがと……」

「どぉぉぉいたしまぁぁしたぁぁぁぁあぁあぁぁあ♪」


 とりあえず、俺は肉を受け取った。

 女の子のあーんを断る日が来ようとは、人生何があるか分からんな。

 凩は全く気にする様子もなく、再び肉をかじりだした。

 てか……うへぇー、何だこれ、気持ちわるっっ。

 素手でコレはきっついわぁー。

 にわか料理人の俺でも、顔をしかめざるを得ない。

 ちゃんと血抜きしてキレイに捌いた鶏肉や牛肉とは一線を画するえげつなさだ。

 せめて洗って焼かないと無理だな、こりゃ。

 とはいえ……焼こうにも、ガスコンロもIHクッキングヒーターも鍋もフライパンもない。

 当たり前だけど。


「な、なあ凩。これ、焼いて食べたいなーとか思うんだけど、火とかって起こせたり……する、わけない、よなぁ……」

「ん~~~~ぅんん?」


 そんな都合よく火が使えりゃ苦労しないか、と思いつつダメ元で聞いてみる。

 すると、凩はきょとんとした顔をして首をかしげた後、小さく「ぁぁ~」と呟いて前方を指さした。

 その方向……ちょうど入口の脇の壁際に、よく見ると薪のような物が大量に積まれていた。


「おおっ! あんなもんがあるとはラッキー。ありがとう、凩」


 何であるのか分からんが、神よ、感謝します。

 小走りで近寄ってみると、薪だけじゃなくナイフと火打石まで置いてあった。

 至れり尽せりとはまさにこのことだ。

 もしかしたら、先輩囚人様方がここを中継地点とか休憩場所とかにしているのかもしれない。

 水もあるし暖房器具もあるし、ここは聖地であったか。


「よーーっし、いっちょ料理でもしてみるか!」


 田辺さんから、魔物の肉が食えるという情報は聞いている。

 というか、それがダンジョンでの主食らしい。

 一応、そこかしこにキノコやら植物は生えているし、ベースでは野菜の栽培もしているらしいのだが、基本的には魔物を食べるとのことだ。

 それを聞いた俺は、食文化の違いでホームシックに陥る外国人の気持ちを一瞬で理解してしまったわけだが、一方で「ちょっと食ってみたいなぁ」という気にもなっていた。

 なあに、イナゴの佃煮や蜂の子の延長線上だと思えば、さほど敬遠することもないさ。

 オークとかスライムはごめんだけどな。


 慣れない手つきで散々格闘した末、ようやく火を点け、肉を泉で丹念に洗う。

 その間、凩はポケーっとした顔で興味深そうにこちらをじっと見つめていた。

 生で食っちゃう凩にとっては、「何やってんの、マジウケるんですけど(笑)」って感じなのだろうか。

 さて、食材オーケー、火もオーケー。

 後はフライパンでもあればいいんだが……。

 と思ったら、あった。

 薪のすぐ近くに、フライパンが。

 かゆいところに手が届くラインナップ、いやあ感激の極みだ。

 流石に某有名メーカーの高級品ではなく、魔物が身につけていた金属防具の破片を叩いて曲げて組み合わせて、それっぽい感じにしただけのお粗末な物だが、十分に使えそうだ。

 早速、肉を細かく切って焼いてみた。

 この時点で、もはや完全に見た目はうまそうな熊肉だ。

 何人も惨殺したオルトロスの足とはとても思えない。

 いや、うん、そうだ、これは熊肉だ、そういえばそうだった、失念してた。

 ……そう思って食べよう。

 

 懸命に暗示をかけたところでミディアムに焼き上がったので、いよいよ実食。

 ナイフを突き刺して豪快にかぶりつく。

 …………ふむ……これは……。

 うまいっ!!

 ちょいと硬くて臭みはあるが、思いのほかジューシーな肉汁がたっぷりで、濃厚な旨味がガツンと感じられる。

 何とも野性味あふれる肉質で、噛めば噛むほどパワーがみなぎってくる。

 こいつぁ悪くない。

 いや、最高だ! トレッビアーーン!

 ダンジョンでこんな上等な肉を食えるとは夢にも思わなかった。

 そうして、俺が舌鼓をガンガンと軽快に打ち鳴らしながら至福の時を過ごしていると……。

 いつの間にか、凩が俺の隣にちょこんと座って肉を覗き込んでいた。

 目を輝かせて、穴が空きそうなくらい。


「ふぉぉおあああああっ! ナニナニナぁぁニそれぇぇええっ、すっごぉぉぉいすっごおおおおおおいぃぃっ!!」


 凩はめちゃくちゃテンションが上がっていた。

 オルトロスを切り刻んでいた時と同じくらい。


「ねぇえねぇぇええええ、ちょーだいちょーだぁぁあああいぃぃっ! アーンアアぁぁぁあぁンっっ」

「……お、おう…………」


 雛のように口をパクパクさせる凩。

 あまりの勢いに気圧されながら、肉をふーっと冷まして凩の口にシュート。

 女の子にあーんをする日が来ようとは。


「んんんんぅぅぅううんんっ、オイっシぃぃぃいいいいいいっっ♡」


 凩は両手を頬に当てて大げさにもぐもぐと咀嚼し、ぷるぷると体を震わせると、天を仰いで歓喜の声を上げた。

 ……いやいや、どんだけ!?

 ただ焼いただけなんですけど。

 この子には調理するっていう概念がねえの?

 それもう、原始人以下じゃねーか。

 調味料とかも使ってねーし、そんなに喜ぶほどのことじゃ……。


 ――――あっ。

 そういえば俺のスキルって……。

 俺は、ふと思いついて、肉に手を近づけて、とある単語を口に出してみる。

 そう、覚えたてのスキルの名前を。


「……Seasoningシーズニング!」


 すると、驚くべきことに、俺の手から白と黒の粉がふわりと舞い降りた。

 もしかして……と指に当てて舐めてみると……。

 塩とコショウだった。

 何このスキル、便利! 素敵!

 やっぱり戦闘の役には立たないが、使えねーとかディスってマジごめんなさい。

 ……ただ、魔法というにはカッコ悪いっつかショボイけど。

 塩コショウに感動する俺を見ていた凩は、我慢できなくなったのか、ナイフをひったくると大きく口を開けて肉を頬張った。


「――――!!」


 瞬間、凩は雷に打たれたような顔をしてビクッと背筋を伸ばし――。


「ふにゃぁぁぁぁああ~~~~ぁあぁぁ……♡」


 力が抜けるような声を吐き出して、とろんとした目を中空に向けながら、仰向けにバタンと倒れた。

 なんちゅうリアクションだ。

 料理漫画じゃねーんだぞ。

 確かにうまいけども、ただ焼いて塩コショウかけただけなんだけどなぁ。


 でも、まあ……。

 あの残虐非道、冷酷無比、理解不能で猟奇的な凩マユが、俺が焼いた肉でこんなに喜んでくれるってのは、何というか……単純に嬉しい気もする。

 ドヤァって感じだ。

 思わずニヤついてしまう。

 俺は少し得意げな笑みを浮かべて、フライパンに残った肉を口に運ぶ。


 それにしても……。

 こうして見ると……コイツがオルトロスを喜々としてブッた斬った人間とは到底思えないな。

 相変わらず表情はアレだけど、年相応の、普通に可愛い女の子だ。

 ……って、何歳か知らないんだけどね。

 顔は似てないのに、なぜか陽芽を思い出す。

 背格好が似てるからだろうか。


 少し……。

 ほんの少しだけ、傍らで横たわる少女に親しみを感じながら、俺はオルトロスの肉を完食した。

 ごちそうさまでした。

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