第6話 俺がキチ少女に「お目付け役」として拉致られた件

 え……?

 今、何て言った?

 パパ……って聞こえたんだけど。

 ちょっと待って、えっと……つまり、すなわち、ようするに、だ。

 ここにいる頭のイカれた猟奇的少女と、ここにいる極悪人面した犯罪者集団のトップは、親子だと。

 そういうことか。

 はいはい、なるほどね、了解了解、わっかりましたー。

 ……冗談だろ?


「おい、お前ら。先に戻ってこいつらを埋葬してやってくれ。彰人も連れて帰ってヒーリング頼む。俺はちょっとバカ娘と話があっからよ」

「にゃっハハハぁぁあぁあ! ばかってぇイうのぉがばぁかなぁぁんダぁヨぉぉお、パぁぁ~パぁぁぁあっ」


 男達は散らばった遺体を悲痛な面持ちで袋に入れ、田辺さんを抱えてベースまで戻ることにした。

 俺はと言うと、ヒーリングによって体はすっかり元通りになった。

 全治一ヶ月レベルの重傷が一分で完治とか、魔法の偉大さには感服だ。

 打撲による内出血も擦り傷も、キレイさっぱりなくなった。

 折れた骨もくっついたのか、激痛は嘘のように消え去り、余裕で飛んだり跳ねたり走ったりもできそうだ。

 ついでに、そこのキチ女に噛みちぎられた腕も治った。

 ……っていうか、ヒーリングなんて便利な魔法があるなら、この腕は最初に治してくれてもよかったんじゃね?

 ともあれ、おかげさまで完全復活できた俺は、魔法をかけてくれた人にお礼を言って一緒にベースへ戻ろうとした、のだが……。


「っと、日比野はちょっと残ってくれねぇか? 必要ねえと思ってたが、いい機会だからお前にはコイツのことをちゃんと説明しておこう。それに治癒魔法も万能じぇねえから、しばらく動かねえ方がいい。じっとしてろ」

「えっ!? は、はい……」


 凩さんに言われ、素直にその場に座り込む。

 おいおい、そういうことは早く言ってくれ。

 下手に動いて、またポッキリいったら目も当てられない。

 キチ女のことも、一応は命の恩人だから気にならないわけでもない。

 最初に受けた仕打ちと、その他クレイジーな言動を差し引いても感謝している。

 ……ギリギリね。

 何かもう、ありがたい気持ちとか関わりたくない気持ちとか気味が悪いとか可愛いとか恐いとか強いとかがごちゃまぜになって、非常に複雑な心境だ。

 とりあえず、言葉が通じるかどうか分からないが感謝を述べるべきだろうか?

 ……いや、この女には俺達を助けたという認識はこれっぽっちもないだろう。

 美味そうな肉の前に群がっていたハエ程度の存在だったはずだ。

 事実、田辺さんは無情にも容赦なく蹴り飛ばされた。

 なら、俺からは特に何も言うまい。

 というか、何か言ったらまた噛みつかれるかもしれない。

 触らぬ神に祟りなし、だ。


「さてと、何から話すか……。そうだな、まず俺とバカ娘、マユがここにぶち込まれたのは五年前……ダンジョンが現れて間もない頃だ。あん時ゃ、他にも大勢のやつらが一斉にここへ送られた」


 五年前、か……。

 当時のことはニュースでも大々的に報じられた。

 そりゃそうだ。

 何せ、いきなり謎のダンジョンが出現して、そこから得体の知れない魔物がわさわさと出てきたんだからな。

 と言っても、魔物は一般に公開されることなく、自衛隊が何とか駆逐したらしいから「何それ見たい」と思っていたものだが。

 それから数ヶ月も経たない内に、日本の刑法はガラリと変わった。

 刑務所は全廃され、代わりに犯罪者はダンジョンに詰め込まれた。

 簡単に言えば、『刑務所での懲役』が『ダンジョンの攻略』になったのだ。

 罪に応じた期間だけ、犯罪者は魑魅魍魎が蔓延る過酷な環境で暮らすことを強いられたのだ。

 その頃の俺は「むしろちょっと行ってみたいなぁ」とへらへら笑っていた。

 今では全く笑えない。

 ちなみに死刑はなくなり、最も重い刑罰は無期攻略になった。

 殺すくらいなら、死ぬまでお国のために魔物と戦わせようということだろう。

 ますます笑えない。

 眉唾物だが、ダンジョンで歴史的な大発見――例えば、病気や怪我を治す特効薬を発見したり、生物の進化やらダンジョンの成り立ちに関する重大事実を解き明かしたり――をした場合には、減刑あるいは免罪されるらしい。

 もちろん、実例は聞いたことがない。


「俺はリーダーとして荒くれ野郎共をまとめ上げ、今日まで全員で協力して生活の基盤を築いてきた。死なねえように慎重に、慎重にな。それに比べて、このバカ娘は初日から早々にバックレやがって、ずーっと一人で好き勝手やってきやがった。まあ、その生き方を今さら責めるつもりはねえし、それで生きてるってのぁすげえことだし、安心もしてる」

「だぁぁぁあってってぇメンドぉぉうなぁンだぁもンっ。マユわぁマユわぁあ、ふりーぃいにオイシく! ぶらぶらぁぁぱくぱくぅがぁあイイいいのぉぉぉデっスよぉお。にゃハハははッ♪」


 ……翻訳すると、「だって団体行動とか面倒臭い。私は自由気ままに美味しいものを食べて過ごせればそれでいいのよ、あはははは♪」ということだろうか。

 すげえな俺、分かっちゃったよ。

 この喋り方に早くも若干慣れつつある自分が恐ろしい。

 と、思いながらキチ女を見てみると、いつの間にかオルトロスの頭の上でだらりと寝転んでいた。

 非常にリラックスした状態で、自らえぐり取った血の滴る目玉をペロペロと舐めている。

 うん、本当に恐ろしい。


「だが! だがな、俺はこのバカ娘、マユが心配だ。性格にちょっと難はあるが、可愛い自慢の娘だから当然だ。確かにお前はつええし、俺としても束縛はしたくねえ。そう思って今までは好きにさせてきた」


 性格にちょっと難がある?

 ちょっと??

 ハハハ、面白いことを言いなさるな、この親バカは。

 ダンジョンに来て一番ウケた。


「しかし、それももう限界だ! そのオルトロスを見ろ。ベースの近くにこれだけ強力な魔物が出たことは今まで一度もねえ。最近変だとは思ってたが、こいつぁ本格的にやばくなってきた。となると、お前を一人にしとくのも危ねえんだ」


 真剣に娘を案じる父親の姿に、俺はガラにもなく静かに感動した。

 いい親だ……。

 見た目と違って。

 カタギの顔じゃねえと思って怯えてしまって本当に申し訳ない。

 ……しかし、親の心子知らず。

 当の娘は素知らぬ顔でグロテスクな目玉をくちゃくちゃと頬張っている。

 実に幸せそうな顔で。

 ダメだこりゃ。


「そこでだ。お前には今後お目付け役を側に置くことにする。これを持たせてな」


 そう言って、凩さんは懐から何かを取り出した。

 細いチェーンに繋がれた、手のひらに収まるサイズの銀色の円盤。

 懐中時計のように見える。

 それが二つある。

 しかし、精緻な模様が施された盤面には、針もなければ時刻を示す文字もない。

 代わりに、黄緑色の小さな炎が中央でゆらゆらと揺れている。


「こいつぁ、二階層の探索の時に手に入れた『つがい結びの羅針盤』っつー魔法道具でな。二つセットになってて、互いの位置を炎で指し示してくれる優れもんだ」


 魔法道具!?

 そんな物まであるのかよ。

 いや、まあ、魔法があるんだから、そういう物があっても不思議じゃないのか?

 いやいや、不思議でしかない、不思議でしかないよ。

 魔物やらステータスやら魔法やらのせいで常識が分からなくなってきた。


「例えば……ほれっ、日比野、パス」

「へっ? ぉわっ、とっ、っとと」


 凩さんがこちらを向き、魔法道具をこちらに放る。

 慌てて二度ほどお手玉しながら受け取ると、円盤上に浮かぶ炎が端の方へ静かに滑る。

 炎が指し示す先には、同じ物を手にした凩さんがいる。

 試しに羅針盤を右へ左へ動かすと、炎は北を示す方位磁針のように凩さんの方向へスライドする。

 おお、地味にすごい。


「んで、この羅針盤にはもう一つすげえ機能がある。一方がぶっ壊れた時、もう片方の炎が炭みてえな黒色に変わんだ。これで俺の言いてえことは分かんだろ?」


 なるほど。

 つまり、これを持っていれば、お互いの位置が分かるようになるわけだ。

 そして、危険が迫った時に壊せば、それを相手に知らせることができる、と。

 でも、これならお目付け役なんて必要ない気がする。

 キチ女に直接持たせればいいんじゃないだろうか?


「最初はお前にやるだけでいいと思ったが……お前のことだ、邪魔になって粉々にしたり、うっかり踏み潰したり、気づかず落としたり、いつの間にか失くしたりすることが十分あり得る。つーか、そんな予感しかしねえ」


 ……確かに。

 仰る通りだ。

 色眼鏡で娘を見てるかと思いきや、ちゃんと理解できているらしい。


「つーわけで、俺は立場上ベースから離れるわけにはいかねえが、腕の立つ奴を目付けにすっからな。今日明日中にはお前に――」

「にゃっハハははぁぁぁ! もぉぉっちろぉんヤぁぁぁぁぁあっっだっデスですぅぅう!」


 食い気味に即答でした。

 デスヨネー。

 コイツが、そんな鬱陶しい存在を許すわけがない。

 そんなことは、今日会ったばかりで赤の他人の俺にだって予想できた。

 万が一、「キャー嬉しいパパ! ありがとう、愛してる♡」とでも言おうものなら恐怖しか感じない。

 今、ほんのちょっと想像しただけで身の毛がよだつ思いだった。

 そもそも、何をしでかすか分からないキチ女にずっと付いていける超人がいるとは到底思えない。

 少なくとも、付いていきたい奴はいない。

 最悪、切り刻まれるぞ。

 最悪、噛み殺されるぞ。

 それは凩さんだって、残念ながら重々承知のはずだろう。


「へっ、お前ならそう言うだろうと思ってたぜ。だが、こればかりは譲れねえ。どんだけ嫌だっつっても、勝手に付きまとわせてもらうからな」

「ぇええぇぇぇ~~ぇ、パぁパうざあああぁぁぁいぃぶぅーぶーーぅぅ」

「何とでも言え、お前のためなんだ。今から戻ってベテランを選んでやっから大人しく待ってろよ? ……そうだなぁ、回復魔法か補助魔法を使える高レベルの奴がいいな、うん」

「どぉぉぉっせむさむさクルすぃぃいオジさぁんだぁぁぁもン、ヤぁぁだヤぁだああああ!」

「駄々をこねるな!」

 

 腕を組み、胸を反らし、断固たる決意を持って言い聞かせようとする父。

 手足をばたつかせ、返り血を撒き散らし、包丁を振り回し幼子のように喚く娘。

 何なの、この凶悪な二人が織り成す幼稚な親子ゲンカは。

 先刻のオルトロス騒動からのギャップがひどい。

 どうでもいいから早くしてくれないかなぁ。

 俺、もう戻っていいかなぁ。

 でも一人じゃ無理だなぁ。


「うにゅぅぅぅにゅうにゅうう……ショーーがなぁいなああぁパーパぁ」

「マユ……! 分かってくれたかっ!?」


 おや、キチ女が折れたか。

 どうせ自分に付いていける人間なんていないと思っているのかもしれない。

 イグザクトリー、その通りでございます。

 俺だったら半日も頑張れないだろう。

 誰になるかは知らないが、選ばれし者にはお悔やみを申し上げよう。

 強く生きてくれ。

 などと完全に他人事として考えていたら……。


「よぉぉぉぉいっしょぉおぉぉおっっ」


 キチ女はふらりと立ち上がり。

 なぜか俺に向かって猛然と突っ込んできた。

 そして、顔がくっつきそうなくらい近くに来てピタリと止まる。 

 なんだなんだなんだ!?

 近い近い、近いって!

 抜けるように白くてハリのある滑らかな肌、長い睫毛が縁取るくりくりした丸くて大きな目、細くて小さな手。

 改めて間近で見ると、悔しいがマジで可愛いと認めざるを得ない。

 ……そのニタニタとした不気味な表情と、鼻を突く死臭と、背筋が凍る大量の返り血がなければなあ!


「でぇわでわぁぁ……このコぉおいっただいてぇぇいっきまぁぁあっっす♪」

「「へ?」」


 俺と凩さんから、同時に間の抜けた声が出る。

 呆気に取られる二人を完全スルーして、キチ女は俺の手をギュッと握ると、引きちぎらんばかりに引っ張って、一目散に駆け出した。


「いっってててててててて!!

「ちょ……えっ、ま、ちょまっ、おお、おいっ、マユッ!?」

「じゃぁぁぁあネぇぇえパーパぁぁ! ばぁいばぁぁいきぃぃぃぃいいン✩」


 とっさの出来事に慌てふためく父。

 パチッと片目をつぶり、ペロッと舌を出して、振り向きながら走り去る娘。

 腕がもげそうな俺。

 あまりの速さに両足が宙を浮く俺。

 全ての抵抗を諦めた俺。



 こうして始まってしまった。

 不本意ながら、遺憾ながら、唐突に、無計画に、強制的に。

 俺と、キチ女…………凩マユのダンジョン生活が始まってしまった。

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