2 - 10 「大精霊との契約」
突然の出来事に、大歓声で溢れていた会場が突如静まり返る。
「どういうことだ…… 奴は一体何をした……」
ジーディスが疑問を投げかけるも、その問いに答えられる者は誰もいない。
本来であれば、そこで
歯車が狂い始めたのは、ジョーカーが動き始めてからだ。
逃げ場のないステージでミーニャを煽り、ステージの側面を追い回す。
ジーディスの目には、恐怖でその場から動けなくなったミーニャがその場に留まることがないように、ジョーカーが追い立てている様にも見えていた。
何故そんなことをするのかまでは理解できなかったが。
そして、
なんと、
ジョーカーの挑発を受け、
今思えば、ジョーカーはこれが狙いだったのかもしれない。
何故ならば、
それだけでもジーディスには信じ難い展開だったが、問題は更にその後に起きた。
大歓声の中、
そしてジョーカーが
正確には、
誰もが目の前の光景を疑った。
すると今度は、ジョーカーの身体に異変が起きた。
ジョーカーの周辺を赤い火花が舞い踊ると、ジョーカーの身体の一部が変化したのだ。
それは、
「なんだ…… あの角は……」
静まり返った会場に、ジーディスの呟きだけが響き渡る。
ジョーカーの頭部には、マグマのように真っ赤な血脈を張り巡らせた漆黒の角が、時折火花を散らしながら、その存在感を周囲に示していた。
漆黒のローブに、見るものに畏怖を感じさせる不気味な仮面、そしてマグマのように煮え滾る大角。
もはや人間とは程遠い見た目へと変化した囚人――ジョーカー。
そしてそのジョーカーを前に、誰もが絶対的な勝利を確信して止まなかった二体の怪物が沈んだ。
その事実に、会場はまるで火山が噴火したかのような大歓声をあげた。
「……馬鹿な」
いつの間にか前のめりになり、腰を椅子から浮かしながら、目の前の光景に見入っていたジーディスは、溜息とともにそう呟くと、椅子へ力なく腰を下ろした。
そして目の前で起きた現実をゆっくりと咀嚼していく――
この怪物達――
そのくらいの犠牲を払わなければ捕獲できない極上の魔獣なのだ。
実際に稼働させたのは一個大隊――約1000人程の人間を投入してようやく捕獲できたのだが、これは紛れもなく第一線級の魔獣である証明に他ならない。
つまり、そんな強力な魔獣が、たかが一人の新人囚人に勝ちを譲るなどあってはならないのだ。
ましては二体同時に負けるなど……
「……ふざけるな」
ジーディスの呟きは次第に大きくなっていく。
「ふざけるなッ! そんな事が許されるはずがないッ!!」
ついには叫びとなって会場に轟いた。
「
ジーディスの罵声ともとれる叫びに応えるかのように、焦げ茶色に変色した鎧の塊が、その場にゆっくりと立ち上がり始める。
◇◇◇
(お、おいおい、あのデカブツ焼け死んだんじゃなかったのかよ!)
ゆっくりとその巨体を持ち上げる
その叫びに
『
(ちょ、勝手に心の声拾うなよ! なにこれ!? これから心の声筒抜けになんの!?)
『気にするな。ワシのような大精霊は、人族の邪な心の声が聞こえたところで何も思わん』
(いやいやいや、俺が気になるの!)
最初に
だが、実際にテレパシーみたいなもので会話してみると、これが中々話の分かるおっちゃん?で――見た目は炎を身に纏った馬鹿でかい牛だが――この身体の元の持ち主であるハイデルトにも恩があるとのことで、互いに協力してここから出ようということになった。
力の源である
(頭になんか違和感が…… 絶対何か生えてるよね…… 正直怖くて触りたくない)
『ワシ自慢の勇ましい大角が生えておるぞ』
(やはり角か…… なぜ生えた)
『本当にお主はハイデルトではないらしいな。そんなことも知らないとは……』
人族と大精霊が契約を結び、人族の身体を依り代として憑依する場合、一つだけ大きな問題が生じる。
それは大精霊の持つ莫大な
限界を超えた状態では、人族の身体が崩壊してしまう。
そうならない為に、大精霊はその膨大な
それは大精霊によって数多の形が存在し、こと
そもそも、大精霊との契約自体、あり得ないことではあるのだが……
『それよりも、早く奴に止めを刺さなければ完全に再生されてしまうぞ? いいのか?』
(そ、そんなこと言われてもどうすればいいのか…… あ、何か強力な魔法とか使えないの!?)
『お主の身体だろう。なぜワシに聞く。少なくとも身体はハイデルトのものであるのは確かだ。であればハイデルトが使える魔法は全て使えるはずだが』
(し、知らないんだって…… 記憶や知識は共有されてないんだよ…… だから
『あるにはあるが…… 奴に火属性の攻撃は有効打にならないぞ?』
(な、なんでもいいから! それを教えて!)
『ふむ、ではイメージを送ろう』
頭の中に直接映像が流れ込んでくる。
それは目を開けながら夢を見ているような、幻覚を見ているような感覚だった。
(す、すげぇ…… これマジで使えんの……)
『では頼んだぞ』
(えっ? いやいや、フォローしてくれるんでしょ? さっきみたいに
『それは無理だ。暫く具現化できそうにない』
(な、なんで!?)
『そもそもが既に限界だったのだ。お主と契約していなければ、
(マ、マジか……)
『アドバイスくらいならできよう。本来なら
(くっ…… やるしかないのか…… な、なら回復される前に!)
未だにヨロヨロとフラついている
角からは火花が溢れ、ハルトの通り過ぎた空間は熱により陽炎となってもやもやと揺らめいている。
ハルトが右手をお椀を持つかのように空へと向けると、その掌から一瞬だけ紅蓮の炎が溢れ出した。
(あれ…… 消えた)
『この場所は、魔封じの結界により常に
(お、おう)
イメージ通りに再び手に意識集中すると、再び紅蓮の炎が溢れ出した。
◇◇◇
「馬鹿なッ!?」
ジーディスの叫びが再び響き渡る。
「なぜここで魔法が使える!? メイリン! 結界は正常に機能しているのか!?」
「せ、正常に機能しています!」
「ではあれはなんだッ!?」
「か、考え難いですが、結界の力を超える
「そんな馬鹿げた人族がこの世に居て……」
途中で言葉を止めるジーディス。
その瞳は驚きのあまり限界まで大きく見開かれ、瞳孔はまるで目の前の事を否定するかのように小刻みに揺れていた。
「まさか…… いや…… そんなはずは」
ジーディスは特等席となった観覧場所の端まで走り寄ると、手摺に手をつき、前かがみになるように身を乗り出した。
その突然の行動に、メイリンとカーンが驚き、ジーディスへと駆け寄る。
「ジーディス様!?」
「館長!?」
ジーディスが転落しないよう、二人がジーディスの身体を抑える。
「ジーディス…… 様?」
メイリンがジーディスの異変に気が付き、言葉を失う。
ジーディスの目線は、依然としてステージにいるジョーカーへ釘付けになっている。
そしてその身体は、何かに怯えるように小刻みに震えていた。
ステージでは、紅蓮の炎を身に纏ったジョーカーが、その右手から魔法詠唱とは思えぬ程の灼熱の業火を放ち、
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