2 - 9 「アンダーブル」
「で、
人族にとって脅威となる魔族の登場に、メイリンが驚きの声を上げた。
その声に、ジーディスが振り返る。
「ああ、メイリン。そうか。
微笑みを浮かべながら饒舌に話すジーディス。
その様子は、まるで新しい
「少々勿体無くはあるが、
「し、しかし、良かったのですか?
「そうだね。
「そ、そうですか…… では何故ジョーカーを……?」
その言葉に、ジーディスの表情が僅かだか一瞬止まる。
そして口元に浮かべた笑みをより強くすると、メイリンの瞳をジッと見つめた。
メイリンを見つめるその瞳は蒼く澄んでおり、大抵の者であればその瞳に見つめられて悪い気持ちはしなかっただろう。
だが、今のメイリンには、ジーディスのその宝石の様な瞳が、見た者の心を見透かし、嘲笑う――不気味さを感じさせる何か異質な別のものの様に見えた。
ジーディスの目を直視する形となってしまったメイリンが、その動揺を表情に出さぬまいと腹に力を入れて耐える。
だが、ジーディスにその手の小細工は通用しなかったのかもしれない。
「ああ、そうか。ジョーカー君は君のお気に入りの
お気に入りの
「
「そう。あの魔族の怪物が、だよ。ジョーカー君が
ジーディスの視線の先には、
既に観客の関心は、
司会がベルを鳴らし、会場が再び静寂に包まれる。
「只今、オッズが確定いたしましたーッ! 注目のオッズは……」
観客が固唾を呑んで見守る。
「泥棒猫ミーニャ、99倍。強姦殺人ジョーカー、5.1倍。
――オオオオオッ!!
沸く会場。
そのオッズに、ジーディスは意外そうな顔をして「ほう」と呟いた。
「
そう話すジーディスに心配の色は見えない。
少なくともメイリンにはそう見えた。
どうせ暴動が起きたところで、捕まえて新たな労働力とするだけだろう。
そうなれば得をするのはジーディスであり、そこまで織り込み済みで計画を進めるのもまたジーディスである。
不気味な呪いの仮面を付けた男が、二体の怪物の登場に臆することなく堂々と立っている。
死の権化を目の前にしても物怖じしないその姿に、メイリンは違和感を感じていた。
(あの男…… 何故平然としていられる……
人族房での一件――舎房に出来た大きなクレーターは、看守達の中ではキングの仕業という事で落ち着いていた。
囚人達の話では、ジョーカーとキングの戦いで出来たという話だったが、ジョーカーにそこまでの筋力はなく、魔力やあらゆる加護の封じられた
そんな奴が、鋼鉄製の床にクレーターを作れる訳がない。
だが、キングであれば可能だろう。
メイリンもまた、その見解に至っていた。
(まさか…… 人族房の鋼鉄製の床にクレーターを作ったのは、キングではない? ……本当は、奴が? 奴にそんな力が?)
ふと、メイリンがその違和感の正体に気付く――
「あの仮面…… 見覚えが…… 」
ジーディスが「今頃気付いたのかい?」と話しながら、目線だけをメイリンへと動かした。
「古代遺跡で発掘された呪いの仮面だよ。付けたら最後、殺戮の衝動が増幅されて
突如、会場からドッと歓声があがる。
「いよいよか。今日も楽しませてくれよ」
再び会場へと目を向け微笑むジーディス。
そのジーディスにつられ、メイリンも会場へと視線を移す。
もやもやとした違和感が、メイリンは気になって仕方がなかった。
その原因と思わしき、呪いの仮面を付けたハルトを見つめる。
(呪いの仮面…… 確か前回あれを付けた囚人は、それだけで暴れ狂ったはず…… だが、奴にその様子は見られない…… どういうことだ? なんだこの違和感は……)
司会による戦闘開始のアナウンスと同時に、会場の四隅から閃光弾が打ち上がる。
「さぁショーの始まりだ」
ジーディスの言葉とともに、会場は一際大きな歓声に包まれた。
◇◇◇
光の玉が空高く打ち上げられた直後、
鎖から解き放たれた二体の怪物は、左右にいるハルトとミーニャには一瞥もくれず、まるでお互い示し合わせたかのように突進を始める。
どうやらハルトとミーニャのことは眼中にないらしい。
怪物同士で潰し合ってくれるのは、二人にとってはとてもありがたいことだ。
むしろ相打ちになれとさえ願っている。
ミーニャに関しては、ハルトを含めた三つ巴になって皆自滅しろと願っていたが。
二体の怪物の突進が加速する。
舞い上がる砂煙。
どちらも全速力で躊躇なく突き進んでいく。
そして中央まで来ると、その勢いそのままに、
会場を揺るがす衝撃。
迸る火花。
そして遅れて鳴り響く金属音。
どちらかが吹き飛ぶ訳でもなく、二体の怪物はステージ中央で動かなくなった。
どうやら力の強さは拮抗しているらしい。
すると、二体の怪物は、その巨体を押し込むように傾けながら、大剣と大角で激しい鍔迫り合いを始めた。
「会場を揺るがす程の凄まじい衝突だァーッ! 果たしてこの力比べはどちらに軍配があがるのかァーッ!?」
司会が
観客も二体の怪物の攻防に釘付けだ。
(ど、どうしよう。取り敢えず、見守るしかないのか……?)
隠れようにも隠れる場所がない。
あるのは多少砂の載った岩の地面と、円形に周囲を囲んでいる石壁、それと東西南北にそれぞれ見える通路口だけだ。
ステージと通路口の間には、極太の鉄格子が何本も並び、人間が通れる隙間すらない。
ハルトが周囲をキョロキョロと見渡していると、ふいに何かがぶつかる金属音が鳴り響いた。
遅れて沸き上がる大歓声。
(……えっ?)
ハルトが目の前に視線を向けると、巨大な牛――
地面に打ち付けられ、横倒しになりながらも地面を滑ってくる
地面との摩擦により勢いがなくなり、丁度ハルトと目の先――ハルトと
(お、おおう……)
ハルトがどうしたらいいのか分からず、ただ呆然と立ち尽くしていると、
(む、無視か…… 助かった)
大歓声とともに、再び
その後ろ姿を見届けながら、ハルトは何かしなければと思考を巡らせた。
(そ、そうだ! せめて猫耳と協力し合おう!)
怪物達が戦っている間に、せめて言葉の通じる人間(猫耳だが)と休戦を結び、あわよくば協力して策を練ろうと思い至る。
猫耳の姿を探すと、最初と変わらない場所に震えながら立っていた。
その腰は引けており、顔は青白い。
ハルトは猫耳のいる場所へと走り出す。
勿論、怪物達が戦っているステージ中央を避けるため、壁伝いに走る。
かなり遠回りになるが、あの二体の戦いの巻き添えになるよりは断然マシだ。
だが、誤算はあった。
自分目掛けて走ってくるハルトに気付いたミーニャが、反対方向へ全力で逃げ始めたのだ。
「ニャゃあああ!? こっち来るニャゃああ!!」
(げっ!? あ、そ、そうか。この見た目じゃ仕方ないか…… く、くそ)
ハルトは走りながらも、ミーニャへ向けて両手をあげる。
そして危害を加えないことをアピールするため、その両手を左右に振りながらこう叫んだ。
「泣け! 叫べ! そして逃げ惑ぇええ! 捕まえてお前を喰ってやるぅう! (待って! 止まって! 逃げないで! 危害は加えないから!)」
「ヒィィイイ!? い、嫌だニャぁああ! 助けてニャぁああ!!」
……あれ?
話そうとした言葉と、口から出た言葉に違和感を感じる。
だが、気のせいかも知れないと無視して呼び掛けた。
「貴様らまとめて皆殺しだぁああ!! (せめて俺たちだけでも共闘しようー!!」
「ぎニャぁあああ!」
……えっ?
(今、俺なんか違う言葉発しなかった?)
ハルトが違和感を強めるも、その思考を邪魔するかのように大歓声が巻き起こる。
ステージ中央には、
だが、先程とは違い、
「おおおっとォーッ! ついに
司会が実況に、会場が沸く。
ダウンした
その凄まじい光景を見たハルトが思わず独り言を呟く。
「弱小の牛虐めてドヤ顔かッ! お寒い奴めッ! この薄のろがぁあああッ!! (ま、マジか…… なんだあれ…… 強過ぎるだろ……)」
ボソっとこぼれ出たはずの言葉は、ハルトの意思とは無関係に、大音量の罵声となって会場へ響いた。
目を見開き、まさかの自分の行動に焦るハルト。
その声の大きさで、流石に自分が意図しない発言をしていることに気が付いた。
だが、自分の意思とは無関係の言葉が口を出るなんて経験は、これまで一度もなかったのだ。
焦って繰り返し発言してしまっても、それは仕方のないことだったのかもしれない。
「聞こえてんのか鈍まがぁッ!? そこでアホ丸出しで突っ立ってる貴様だボケカスぅうううッ!! (ば、ばか何言ってんの!? 何で勝手に挑発してんの!?)」
ハルトの罵声に、ゆっくりと振り向く
そして更に焦るハルト。
「死に晒せやデブ野郎ぉおおおッ!! (阿保かぁあああ!!)」
「オオオオオッ! ここへきてジョーカーがまさかの挑発だァーッ!!」
まさかの展開に、司会がすかさず煽る。
ジョーカーの行動に観客がより一層盛り上がり、その挑発をきっかけに、
(ば、ばか来た来た来た!? 逃げろ逃げろ逃げろ!!)
逃げるハルト、追う
そしてハルトが逃げる先にはミーニャが――大粒の涙を流しながら、なりふり構わず全力で逃げていた。
「こ、こっち来るニャぁあああ!? あっち行けニャぁあああ!?」
後方で微かな振動を捉えたハルトは、走りながらも器用に後ろを振り向いた。
すると、
(ま、まじか!?)
凄まじい勢いで回転しながら迫ってくる大剣。
それを躱すために急ブレーキをかけ、頭を下げてなんとかやり過ごす。
飛び道具となった大剣は、ハルトの頭上を掠めるように通過し、地面へと突き刺さった。
「どこ狙ってんだぼんくらがぁッ! もっと良く狙えぇえええッ!!(あ、危ねぇええ!? 掠ったぁ!?)」
繰り返される挑発に、
どうやら怒らせてしまったようだ。
今のハルトにとってはとても不幸なことに、人族の言葉を理解しているらしかった。
だが次の瞬間――
再び走りだそうと身を屈めた
――
――ブモォオオオオオ!!
そして突き刺さった大角からは、灼熱の炎が濁流の如く
鎧のあらゆる隙間から吹き出る炎。
だが、壁と
そしてその鎧は、
同時に肉の焼ける臭いが漂い、その臭いに吐く観客も出始めた。
まさかの展開に、息を呑む観客達。
そしてこの展開に憤るたった一人の男――ジーディス。
「馬鹿なっ!
ジーディスの声援虚しく、
動かなくなった
(お、おお…… 巨人死んだみたいだけど…… この炎の牛さんどうすんの……)
呆然と立ち尽くすハルトに、
突如、直接頭へ何かが語りかけてくるような、不思議な感覚に襲われた。
『ハイデルトよ…… 久しいな。またお主に助けられたようだ』
ふと目線を上げると、そこには
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